嘘つき達の決闘 2

 さあ、俺は言う通りにしたぞ。これでもう満足か?

 本当はお前ら全員を今すぐにぶちのめしてやりたい。そんな怒りを必死に堪えながら、下げていた頭を上げる。


「これで気がすんだだろ。いい加減俺も帰――」


 瞬間、眼前に勢いよく靴が迫ってきた。


「―――ッ⁉」


 とっさに頭を横に逸らしたため直撃は逃れたけど、頬には当たったようで痛みが走る。

 不格好な体制のまま後ずさり、足を上げている古賀を目にしたところで、蹴りを入れられたのだとようやく理解できた。


 まるでサッカーボールを蹴るかのように、躊躇いが見られなかった。とっさに体が反応したから良かったものの、そうでなければ今頃俺の顔は鼻血で赤く染まっていただろう。


「お、避けられた」

「残念。顔にみっともない怪我でもしたら、『モデルを続けられない―』って泣くかと思ったのに」


 誰の物マネだよと突っ込みたくなる箱崎にイラっときたけど、それよりもいきなり蹴飛ばしてきた事だ。立ち上がった俺は古賀を、古賀達を睨めつける。


「見逃してくれるんじゃなかったのか?」

「悪いな。そのつもりだったんだけど、気が変わったんだ」


 嘘つけ。最初からそんな気なかったくせに。

 薄々そんな気はいていたけど。そもそもこいつ等は、初めから常識と言うものが無かった。いきなり血を吸わせろだのネットに拡散するだの、土下座を強要してくるだの。

 見逃すつもりが無いなら仕方が無い。俺だってここまでされて黙っていられるほどお人好しじゃないんだ。

 拳を握り、間合いを計りながら構えを取る。


「何だ、やる気か?やめとけよ、俺だってお前と同じ吸血鬼だぜ。身体能力で優位には立てねえよ。それにこっちには仲間もいるしな」

 

 確かに。古賀の後ろには喧嘩慣れしてそうな奴等が五人もいる。けど、だからと言ってここでひるんだりはしない。


「関係ねえよ。どの道そっちはやる気なんだろ。おいお前ら、人数で勝ってるからってなめるなよ」

「へえ、どうするつもりだよ?」

「確かに勝てねえかもしれねーけど、一人や二人くらいは骨をへし折る。古賀、お前だったら分かるだろ。俺達が本気を出せば、後ろの奴等のアバラを折るくらいわけねえって事が。てめえら、そうなる覚悟はできてんだろうな!」

 

 視線を後ろにいる不良どもに移して睨みつけると、さっきまで余裕な態度をとっていた奴等から笑みが消える。どうやら分かってない訳じゃないみたいだな。吸血鬼の恐ろしさを。

 

「骨を折られたいのはそっちの髪を染めてるやつか?それともピアスを開けてるお前か?誰でもいい、病院送りされたい奴からかかってこい!」


 俺の物言いに、明らかに奴等は動揺している。それはどうやら箱崎も同じようで、心配そうに古賀に目をやっている。もっともコイツの場合仲間の心配をしているのでは無く、自分に被害が及ばないかを案じているのだろうけど。

 しかしただ一人、古賀だけは余裕の態度を崩さない。


「まあまあ、そう怒るなって。それじゃあこうしよう。魔力体質の女、皐月ちゃんだっけ?そいつを呼んでくれたらお前は見逃してやるよ」


 いったい何を言い出すのか。そんな条件飲むわけないだろう。

 しかも……しかもサラッとちゃん付で名前呼びしているし!その態度がとても癪に障り、イライラがますます募っていく。


「で、どうするんだ?皐月ちゃんを呼んでくれるのか?」

「誰が呼ぶかよ!あと馴れ馴れしくちゃん付けするな、殺すぞ!」

「それは残念。だったらお前をボコって写メでも送りつけるか。彼氏が顔を腫らして泣いているのを見たら、慌てて駆けつけてくるだろう。おいお前ら、やるぞ」


 古賀はそう指示を出したけど、さっきの脅しが効いているのか、他の奴等は戸惑っているようす。


「おい、本当に大丈夫かよ?そいつ危ねーぞ」

「お前は血を吸えて良いかもしれねーけど、俺達にメリットはねーんだよ」


 依然向こうの優位に変わりは無いものの、あまり乗り気では無い様子。しょせんこいつ等の結束なんてこんなものだ。


「うーん、そうだなあ。なあ箱崎、その皐月って女は可愛いのか?」

「何よいきなり?あんな奴全然可愛くないわよ。あんな地味でメガネで、ダサい女」


 不機嫌そうに皐月をディスる箱崎。けど、それを聞いた俺はもっと腹が立った。


「おい!そいつは聞き捨てならねーな。皐月はお前みたいな性格がそのまま顔に出ちまってるようなブスとは比べ物にならないくらい可愛いだろうが!」

「なっ?アタシがあんな奴に負けてるって言うの?」

「当たり前だ!この自分は可愛いとか思いこんでる勘違い女!本気であいつが可愛くないと思っているのなら、目が死んでるんじゃねーのか?お前、気に食わない相手は色眼鏡で見るだろ。あんないい女、そうそういるかよ!」

「あ、あんたねえ―ッ!」

 

 皐月より劣っていると言われたのがよほど気に障ったのか、怒りを露わにする箱崎。けど仕方が無いだろ、本当の事なんだから。


「おい、それは本当か?皐月って奴はそんなに良い女なのか?」

「ちょっと古賀、ブスだって言ってるじゃない」

「悪い、お前が自意識過剰で色眼鏡をかけてるってのはアイツと同意見なんだ」

「アンタまでアタシをバカにする気⁉」


 箱崎は眉間にシワを寄せているけど、どうやら自意識過剰と思っているのは俺と古賀だけではないようだ。他の奴らも顔を見合わせて頷き合っている。


「何だ、分かってるじゃないか。皐月はいい女だぞ。少なくともそこにいる箱崎の百倍は可愛い」

「マジかよ?おいお前ら!」


 仲間を集め出す古賀。しかし何をする気かと様子を窺っていると、こいつはとんでもない事を言い出した。


「どうやら皐月ってのはよほどの美人らしい。そこでだ、俺が血を吸った後はその女、お前ら好きにして良いからよ。協力してくれねーか。悪い話じゃないだろ」

「てめえ!」

 

 何勝手な事をぬかしてるんだコイツは?だいたいお前の仲間だって、女をちらつかせたくらいでホイホイ言う事をきいたりは…


「マジか?やるやる!」

「あの笹原って奴、モデルやってるなら目が肥えてるはずだろ。それがあそこまで絶賛するだなんて、どんな女だよ」

「ああーっ、楽しみだ―!」


 きくのかよっ!


「おい、このケダモノども!お前らには理性って物が無いのか!だいたい、皐月がお前らのタイプかどうかも分かんねーだろ」

「そんなの会ってみれば分かる。それとも、今言ったことは嘘だったのか?」

「なわけねーだろ!俺は皐月より可愛い女を見た事が無い!」

「おおーっ!やっぱり本当なんだな!」


 しまった。せっかく奴らのやる気がそげていたのに、どうやら火をつけてしまったようだ。ここはそんな美人じゃないと言っておくべきだったか?いや、でも事実皐月は可愛いしなあ。

 嘘も方便か、それともどんな理由があっても好きな女の事を悪く言うべきではないか。悩んでいると箱崎が呆れた顔で俺を見る。


「笹原君って意外とバカ?」

「うるせえっ!」


 しかしやっちまった感はある。古賀は再び仲間たちに指示を出し、そいつらは腕を巻くりながらジリジリと近づいて来た。

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