お隣の吸血鬼くん 2

無月弟(無月蒼)

season2

皐月side

プロローク 水城皐月と水城八雲

 日曜日の朝。私は台所に立ちながら、食器の用意をしている弟に目を向ける。


「八雲、卵は目玉焼きとスクランブルエッグ、どっちがいい?」

「それじゃあスクランブルで。今日のコーヒーは砂糖入れる?それともブラック?」

「それじゃあ、砂糖入りで。ちょっと濃い目の味でお願いするわ」

「了解」


 私達は手分けして朝食の準備を進めて行く。

 水城皐月みずしろさつき、十五歳。水城八雲みずしろやくも、十歳。高校一年生と小学五年生の私達姉弟は、いつもこんな感じで朝を過ごしている。


 ここは八福荘という、2DKのアパート。築三十年を超えている少々古めのアパートで、私達は先々月の末からこの部屋で暮らしているのだ。私の高校進学を期にここに引っ越してきたけれど、新しい生活にもだいぶ慣れてきた。

 私は毎日バイト三昧。八雲もいつも遊ぶ時間を削って家の事を手伝ってくれている。そんな忙しい毎日だけど、私達に弱音を吐いている暇なんて無い。二人で力を合わせて、生きていかなきゃいけないのだから。


 私達の父さんはもうだいぶ前に病気で、母さんは去年の末に事故でこの世を去った。残された私達は周りの人に支えられながら、何とか生活できているのが現状だ。

 大変なことも多いけどこの子がいるから、私は今日も頑張れる。コーヒーを淹れる八雲を見ながら、そんな事を考える。

 程なくして出来上がった朝食をテーブルに運ぶと、テレビをつけ、二人して食べ始めた。


「八雲、今日は何か予定はあるの?」

「特にないかな。宿題も昨夜のうちに終わらせたし。何か用事?おひとり様一つまでの商品があるとか?」

「ううん、聞いてみただけ。けどたまの休みなんだから、友達とどこかに遊びにいったりはしないの?」

「生憎今日はみんな都合が悪いみたい」


 そう答えてくれたけど、本当だろうか。八雲のことだから、私が家事やバイトで忙しいのに、自分だけ遊ぶわけにはいかないって思っているのではないだろうか。そんな不安に襲われていると。


「言っておくけど、本当に今日はみんな都合が悪いんだからね。的外れな心配をしなくていいから」


 おお、まるで私の心を読んだかのような返しだ。この子は勘が鋭いなあ。どうやらこの様子だと、本当に私の思い過ごしだったみたい。


「僕のことより、姉さんはどうなの?今日はバイトが休みなんだから、誰かを誘ってみようとは思わないの?例えば、基山さんとか」

「どうしてそこで基山が出てくるかなあ?」


 基山…基山太陽きやまたいよう。私の高校のクラスメイトで、男子の中では比較的仲の良い奴だ。おまけに実は同じアパートのすぐ隣の部屋で一人暮らしをしているご近所さん。

 面倒見のいい基山はバイトで家を開ける事の多い私に代わって、よく八雲の面倒を見てくれている良い奴なのである。だけど。


「別に基山と行きたい所なんて無いしねえ。だいたいアイツは、女子と出かけても楽しめないんじゃないの?」


 こんな言い方をしているけど、別に基山にアブノーマルな趣味があると言うわけでは無い。この基山と言う奴、実は極度の女子アレルギーで、女の子とは目を合わせる事も出来ないのだ。

 それなのにわざわざ休みの日に遊びに誘うなんて、下手をすれば嫌がらせにしかならない。そんなことは八雲だって分かっているだろうけど、私の話を聞いた八雲は何故だか苦笑する。


「相手が姉さんならきっと喜ぶと思うんだけどなあ。基山さんには同情するよ」

「どういう意味?」


 八雲が言っている事がさっぱりわからずに首をかしげる。するとその時、テレビに映っているニュースのアナウンサーの声が耳に飛び込んできた。


『次に、先日市内で起きた吸血鬼による連続強盗事件。及び立てこもり誘拐事件に関するニュースです』


 聞こえてきたその声に、私達は会話を中断させ姉弟そろってテレビに注目する。


『犯人の赤坂容疑者は依然取り調べに対し黙秘を続けているとの事です。この事件に対して、町の人からは様々な声が上がっています』


 画面が切り替わり、この事件をどう思っているかの街頭インタビューが映し出される。だけど私はそれを聞くことなく、リモコンでチャンネルを変えた。すると八雲は、心配そうな目で私を見てくる。


「やっぱり、事件のことはまだ気にしてる?」

「そう言うわけじゃないんだけどね。チャンネルを変えたのは、当事者でも無い人の意見を聞いても仕方が無いって思っただけよ」


 そう言って笑って見せる。

 吸血鬼。一昔前までは架空の存在とされていた、常人よりも身体能力が高く、様々な術を使い、それでいて人間の血を吸うと言われている、伝説の怪物。

 だけど今から二十年ほど前に、その存在は政府公認のもと公表され、一気に身近なものとなった。


 血を吸うと言っても、一度に吸う量はほんの献血程度のもので、相手も合意の上でしか吸血行為に及ばないというのが、現代の吸血鬼たちのルール。彼等は決して人間を傷つける存在ではないという事をアピールしていき、今ではすっかり社会に受け入れられていた。


 しかしここに来て吸血鬼が起こした凶悪な事件。コンビニ強盗を繰り返していた吸血鬼が五月の大型連休に喫茶店に立てこもり、更には人質を連れてその場から逃走。人質の血を吸って力を得た犯人は捕まえようとする警察をものともせず、大きな被害を出していた。


 犯人は何とかその日のうちに捕まりはしたけど、この事件が世間に与えた衝撃は大きい。とりわけ私は、人一倍思い入れがある。何せこの時人質にされて血まで吸われたのは、他ならぬ私なのだから。


 無理やり町から離れた山の中まで連れ回され、まるで美味しいワインでも飲むような感覚で血を吸われて、あの時は本当に怖かった。

 もう二度と家にも帰れないのではないか。八雲に会えなくなるんじゃないかと、気が気じゃなかった。それでも今はこうして、無事に元の生活に戻れている。これもひとえに……


(基山のおかげ、かな)


 先ほど話題に上がっていた、クラスメイトであり隣人でもある基山太陽。彼もまた吸血鬼なのだ。

 ニュースで事件の事を知った基山は警察に協力して私を助けに来てくれて、犯人を叩きのめしてくれたのだ。

 まあそこに至るまでは何度か犯人にやられてケガをしたり、私の血を吸って力を得たりと色々あったのだけど、とにかく助けてくれた基山には、今も感謝している。


 何だか事件以降、基山は前にも増して八雲の面倒を見てくれたり、私にかまったりしてくれているけど。これもアイツなりの気づかいなのだろうか。


「そう言えば基山が、事件に巻き込まれた経緯について説明するよう、親がしつこく電話してくるって言っていたっけ」

「そうなんだ。そう言えば基山さんの実家って、どこにあるんだろう」

「知らないけど、列車で一時間半か二時間くらいかかるって聞いたわ。部屋を借りて一人暮らしする気持ちも分かるわ。実家から学校までの往復だと、毎日通学に何時間もかかるからね」


 だけど大事な我が子が凶悪な事件に巻き込まれたのだから、ご両親の気持ちも分かる。親のいない私達と違って、ちゃんと心配してくれる人がいるのだから、たまには実家に顔を出しても良いんじゃないかなあ……


「ああ、そう言えば。週末に里帰りするって言っていたような気も。という事は、今頃は隣じゃなくて実家にいるのかもね」

「そうだったんだ。それじゃどのみち、今日誘うのは無理だったんだね」

「そういう事。って、何だかやけに基山を誘う事に拘るわね。そんなに基山が好きなの?」


 八雲が基山に懐いている事はよく分かっている。遊び相手をしてもらったり、勉強を教えてもらったり。八雲にしてみれば、お兄さんができたような感覚なのかもしれない。

 ただこれだと、何だか八雲をとられたような気がして。姉としては複雑な気持ちにならざる負えない。しかし…


「別に僕が基山さんと遊びたいって訳じゃないんだけどね。どちらかといえば、姉さんともっと仲良くなってほしいかな」

「どういう事?私は別に基山と仲が悪いわけじゃないけど」


 それとも八雲は、私が基山をイジメているとでも思っているのだろうか。自覚は無いのだけど私は昔から、男子に対して当たりがキツイとか攻撃的だとか言われているから、ありえない話ではない。

 しかし、本当に基山をイジメていると思っているのなら酷い誤解だ、アイツが嫌がるような事なんてしたこと……無いわけじゃないけど。

 すると八雲は、呆れたようにため息をつく。


「姉さんは鈍感だから、訳を話したところできっと理解してくれないよ。自分でじっくり考えてみて」


 鈍感とは何よ。そう言いたかったけど、八雲のこの様子。きっと怒ったところで肝心の疑問の答については何も教えてくれないだろう。だったら言う通り、少し自分で考えてみよう。


「基山は今頃実家かあ…」


 壁一枚を隔てた先にある、主がいないであろう隣の部屋に目を向けながら、私はコーヒーを口に運んだ。

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