第一話 廃止の日、大沼と長岡

長岡車両区長が車庫の建屋で感慨に耽っていた頃、一人の「鉄っちゃん」が敷地の外で名残を惜しんでいた。


彼の名は大沼高志。この路線をこよなく愛し、表立ってはいなかったものの、廃止反対運動の活動にも参加していた。

彼自身は、この会社に就職して…なんて淡い夢を抱いていたこともあったようだが、運悪く丁度就職の時期に募集していたのはバスの運転手のみ…という状況で、泣く泣く諦めた経緯がある。


元来、大沼は人付き合いが不得手で人ごみが苦手…ということもあり、所謂「お別れ行事」にはほとんど顔を出さず、一人で自分なりのお別れをしようとしていた。

尤も、自分の仕事のとき以外はなんだかんだで港町線の電車に乗っていたりはしていたのだが。


長岡区長をはじめ、この鉄道の現場の面々とは見知った仲ではあるので、仮に敷地に入って眺めていても見咎められることはないだろうが、大沼はちらりと見かけた長岡の心中を慮ってさすがにそこまでは出来なかった。




…最新鋭の電車がビュンビュン行き交うJRの幹線とは違い、この路線の電車は時代に取り残されたか、あるいはタイムスリップでもしたのか??というくらい「昭和」の面影が漂う。

どうにか鉄道を維持しようと、知恵を振り絞り全国各地の私鉄からかき集めた古い電車、口悪く言ってしまえば走る骨董品…とも言えるような車輌までいたりもする。


レールの幅こそ、起点の倉武くらたけ駅で接続しているJRと同じではあるものの、開業したころはそれこそ当時の路面電車とほぼ同じくらいの小さな電車を使っていただけあって、線路をはじめとしたインフラの規格は低く、第三セクターに転換された路線を含んだ旧国鉄のローカル線や、蒸気機関車で開業して後にディーゼルカーやディーゼル機関車を使うようになった非電化私鉄のようにはいかない事情があった。



最新鋭の電車を自力で新車として導入できるのであれば、それに越したことはない。

メンテナンスは楽になるし、電力消費量も少ない。

中には、その鉄道会社の自力、もしくは国や沿線自治体などの補助などで少しずつでも自社オリジナルの新車を導入して、体質改善を図っている地方の私鉄もあるにはあるが、他方、かつて「私鉄王国」と言われていた関西の大手私鉄でさえ、要因は違うとはいえ1960年代の電車に手を入れて使い続けなくてはならない…という、厳しい経営環境的な側面もある。


「せめて、JRや東京の大手私鉄と同じサイズの電車が使うことが出来ればなあ…」


そんな愚痴を長岡区長がついこぼしたのを、たまたま大沼は聞いてしまったことがある。


大沼は部外者ではあったが、その気持ちは痛いほど判る部分もあるし、実際、長岡区長をはじめとするメンテナンスに携わる面々が苦労している場面も、少しではあるけれども目の当たりにしている。いうまでもなく、旅客サービスという視点で見れば、点検や整備がきちんとしているとはいえ、全国屈指の古い電車の博物館…などという異名を頂戴するこの路線は、大沼のような愛好者には居心地のよい空間かもしれない。しかし、そんなことはどうでもいい一般の利用客にとっては、せめてクーラーの付いた電車くらいにはして欲しいと思うのは当然のことで…路線バスにクーラーが搭載され始めた1970年代後半に、当時の主要バス路線に同じ地域の同業他社に先んじて大量の冷房車を導入して気を吐いた会社…とは思えないくらい、冷遇されていたとも言える。


そんな取り残され感…みたいなものも含めて気に入っていた大沼にとっては、心中複雑な部分はあったものの、彼にとってのある意味パラダイスを一利用者として満喫していた。


そこに降って湧いたのが、会社の経営危機が囁かれての突然の鉄道の廃止発表…であった。



…あまりよろしくない表現ではあるが、廃止が決まってからはお約束のように廃線を惜しむ地元の人々、鉄道マニア、何をどう調べたのかは兎も角、数はそう多くないものの外国人の姿もちらほら見える文字通りの「廃止特需」となり、増結や増発でごった返す客を捌く…という本末転倒な様相を呈していた。


大沼は自身の勤務先の了解を取った上で、休みの日には港町線の駅や添乗アテンダントのサポートとして働き、皮肉な巡り会わせだと思いつつ、最初で最後であろう鉄道の現場を満喫していた。




最終日…という異様な雰囲気のドタバタも終わり、港町みなとまち駅でのやることを終わらせた大沼は、駅裏の駐車場に止めてある自分の車に向かおうと構内の線路を横切り、くらの横を過ぎようとしたとき、ふと、長岡の姿が目に入っていた。


しばしその姿を見つめてはいたものの、流石に疲れたのか車に向かおうとした刹那…謎の光に包まれて、その中で大沼は気を失った。

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