第75話 残念美少女、遠足に行く17 

 空を舞うワイバーンの一匹が、こちらに気づいたようだ。

 一度、高度を上げた後、そいつは私目がけ急降下してきた。

 すかさず呪文を唱える。


『あたしが欲しいのね♡』


「えっ!?」


 背後でハイエク先輩の声が上がったが、今はそんなこと気にしていられない。

 ワイバーンは、まさにその鋭い爪で私をひき裂こうとした。


 バシュッ


 広げたワイバーンの翼に穴が空く。

 私が投げた石つぶてが命中したのだ。

 バランスを崩したそれは、凄い勢いで地面に激突した。


 ドコッ


 力なく横たわったワイバーンが首をもたげようとする。


「せいっ!」


 その側頭部を私の掌底がとらえる。


 ゴキッ


 ワイバーンの首が不自然な角度に曲がった。


「レイチェル! 次がくるぞっ!」


 ハイエク先輩の声を聞き、前方に跳びこみくるりと前転する。

 

 ガリッ


 さっきまで私がいた地面が深くえぐれてる。

 二匹目のワイバーンが爪を立てたのだろう。

 ばふっという風音がした方を向くと、ワイバーンが再び爪で攻撃してくるところだった。

 私はすかさず石つぶてを投げる。


 バシュッ


 そいつも翼に穴が空くと、バランスを失って地面に落ちてくる。


 ザッ


 たまたまなのか、能力が高いのか、そのワイバーンは爪を地面に食いこませ激突を免れた。

 しかし、落下のダメージは大きく、意識がはっきりしないようだ、

 

「せいっ!」


 私の掌底が、その胸の辺りを捕らえた。


「ギャウッ!」


 ふっ飛びながら、ワイバーンはそんな声を上げた。

 弱々しく翼を地面に打ちつけるその姿からは、戦う意欲を感じなかった。

 私は顔を上げ、三匹目に備えた。


 先の二匹がやられたのを見て、ワイバーンは少し慎重になっているようだ。

 十メートルくらい上空で、滞空している。

 こちらの隙を伺っているのだろう。 

 お生憎さま、あんたらのペースに合わせてなんてあげないわよ!


「え~、そんな~、あたし困りますぅ~♡」


「レ、レイチェル……さん?」


 背後でうろたえたようなハイエク先輩の声がする。

 私の身体をとり巻く青い光が強くなる。


「いけーっ!」


 掛け声とともに、地面を蹴った私の身体は、自分で思った以上のスピードで空へ上がった。

 一瞬で、ワイバーンとの距離が無くなる。

 首筋に掌底をぶつけると、ワイバーンがぐらりと傾く。

 しかし、落ちるまでには至らなかった。

 恐らく、私の足が地面に着いていないから、掌底の威力が十分ではなかったのだろう。 

 私は回転しかけた身体の動きにまかせ、前転しながらワイバーンの背中に飛びのった。

 

「ギギェエ!?」


 明らかに嫌がる声を上げ、ワイバーンが私をふり落そうとする。

 その後頭部から出ている二つの突起物を、左右の手でそれぞれ握りしめる。首のつけ根を足で挟み、首の方向をコントロールする。

 どうやら、ワイバーンは、顔が向いている方向にしか飛べないようだ。


 自分が乗ったワイバーンを、四匹目の少し上へもっていく。

 タイミングを見計らい、目の前にあるワイバーンの首筋に掌底を打ちこむ。

 

「ギャウ!」


 そんな声をあげ落ちていくワイバーンから離れ、私は四匹目の背中に降りたった。


「ギャギャウ!」


 おっ、嫌がってる嫌がってる。

 

 そのワイバーンも、私を振りおとそうと複雑な軌跡を描き宙を飛ぶ。

 

「いや~ん、こんなところでぇ♡」


「な、なんでワイバーンと!?」


 いや、先輩、何を考えてるの!?

 確かに、地上からは私とワイバーンが、くんずほつれずしているように見えたかもしれないけど……相手はワイバーンだよ!


 地上に降りたいのを我慢して、次のワイバーンに飛びうつる。

 この五匹目は、今までのワイバーンより二回りは大きく、色も黒かった。もしかしたら、猪の群れにいたような、特殊個体なのかもしれない。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し♡」


「レ、レイチェル……なぜ、ワイバーンと!」


 だから、ワイバーンだよ!

 よく見てよ!

 おティンティンがどこにあるかも分からないじゃん!


 ポチ(かに)『いや、ツッコミどころちがうから!』  


 はっと見上げると、すぐ近くにドンが浮いている。

 彼の腰には、ポチ(かに)たちを入れたポーチがあった。 


「お姉ちゃん、その子たち、魔術に掛かってるみたいだよ!」


「魔術?」


「うん、魔獣を操る魔術だね」


「そうなんだ。この子、どうしようか」


 私が首の付け根にまたがった、大きなワイバーンは、なぜかじっとその場で羽ばたいている。

 ドンが何かしたのかもしれないわね、


「今から魔術を解くよ」


 ドンが突きだした手のひらから灰色の雲が噴きだすと、私が乗っているワイバーンの頭部を覆った。

 間もなくそれが消えると、ワイバーンが私の方を見た。

 キラキラ光るその目からは、はっきりと知性が感じられる。

 ワイバーンは何か言いたそうな目をしていた。


「そのワイバーン、お姉ちゃんとお話ししたいみたいだね」


「うーん、どうやって?」 


「お姉ちゃんとその子の間に、念話のチャンネルを開けばいいんだよ。今からやってみるからね」


 私がそうするか悩む前に、ドンの両手から出た白い光が、それぞれ私とワイバーンを包んだ。ただ、私を包む青い光に触れた白い光は、すぐに消えてしまった。

 

「あれ? お姉ちゃんに魔術が届かない」


 結局、ドンの魔術が成功したのは、私が地上に降り、魔闘士の青い光が消えてからだった。

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