第76話 残念美少女、遠足に行く18

『助けてもらい感謝する』 


 地上に降りたワイバーンとの念話は、まるで普通に人と話しているかのようだった。


「ええと、何匹か殺しちゃったかも」


「お姉ちゃん、ワイバーンだけど、なんとか全員治癒魔術で回復させたよ。首の骨が折れてる子が、ちょっと危なかったけど」


「あ、そうなの? ドン、ありがとう!」


『あなたを襲ってすまない。魔術で操られていたのだ』


 黒いワーバーンの念話は、ドンが言っていたことを裏づけるものだった。


「どんなヤツに操られていたの?」


『ローブを着け顔は隠していたが、一度だけ見えたことがある』


 頭の中に、映像が流れこんでくる。

 そこに写っていたのは、仮面を地面から拾いあげる、灰色のローブを着た痩せた男で、猫背が特徴的だった。

 こいつがスタンピードを引きおこした犯人か。


「こいつがどこにいるか分かる、バーンちゃん?」


『バ、バーンちゃん!?』

 

「名前が無いと不便だから、あんたは『バーン』よ」


『そ、それは構わぬが――』


「バーンちゃん、とにかくさっきの男、居所は分かるの?」


『最後に見た場所なら分かるぞ』


「じゃ、私たちをそこへ連れていってちょうだい」


『分かった』


「あ、その前に、この塀の中に運んでくれる? とりあえずお風呂に入ってちょっと休みたいの」


 ポチ(カニ)『なぜか、ここでお風呂!?』

 

『良かろう。背中に乗ってくれ』


 え? ハイエク先輩はどうしたかって?

 たまたまバーンちゃんが彼のすぐ近くに降りたから、先輩、気を失っちゃったんだよね。 

 ドンと私、そして意識の無い先輩を背にしたバーンは、一度高度を上げ、宿泊地の中へ舞いおりた。 


 ◇


「ぎゃーっ!」

「助けてーっ!」

「ひいいいっー!」


 宿泊地では、空から降りてくるワイバーンを目にした先生や生徒が、とんでもない悲鳴を上げている。

 気を失っている人もいるわね。


 ハイエク先輩を背負ったドンに続き、私が黒いワイバーンの背中から降りると、それに気づいた人たちが、目を大きく見開いてこちらを見ている。


「ワイバーンから人が! ど、どういうことだっ?!」

「ワイバーンに乗ってたのか?」

「テイムしたのかしら?」


 あ、メタリが白目をむいて倒れてる。

 彼女に預けていたミーちゃんが、心配そうに彼女の顔を覗きこんでるわ。


「ドン、彼女を助けてあげて」


「うん、分かった!」


 メタリはスカートが濡れているから、いろいろ大変だ。

 ドンならきっと魔術で綺麗にしてくれるだろう。


「お兄ちゃん!」


 広場には丸太を並べただけのベンチが置いてあるのだが、その上に横たわるハイエク先輩に、ラサナがすがりつく。

 

「あー、先輩、気を失ってるだけだから」


 私が声を掛けても、ラサナは先輩の胸から離れなかった。

 まあ、リア充は放っておきましょうか。


「レ、レイチェルさん、本当に無事だったの!」


 顔中を涙で汚したシシン先生が私に抱きつく。

 嫌だなあ、流れたお化粧で私の服が汚れそう。 


「安心してください。とりあえず、ワイバーンたちは大丈夫です」


「違う! あなたが大丈夫かってことよ!」


「え? ええ、私は大丈夫ですよ」


「よ、よかったー!」


 シシン先生は、なかなか私から離れてくれなかった。


 ◇


 ひとっ風呂浴びた私は、無理やり先生たちのロッジで開かれた会議に参加させられた。

 風呂上がりの一杯(ミルク)が台無しよ!

 それに、ちょっと昼寝したいのに。


 ポチ(カニ)『ツブテ、やっぱり、おっさん!?』


 分厚い自然木のテーブルはかなりの大きさで、全員がそれと壁との隙間に体を押しこんで座っている。何を考えて部屋をこんな造りにしたんだろう。

 膝の上に十分なスペースがないから、私はミーちゃんを胸に抱えている。左隣にはドンが、右隣にはハイエク先輩がいる。

 カニたちは、テーブルの上に置いたポーチから外に出て、お菓子をつついたり、女性教師に悲鳴を上げさせたりしている。


「それで、レイチェルさん。このスタンピードは人為的に引きおこされたっていうことで間違いないわね?」


 私を見るシシン先生の目には、明らかに疑いの色があった。


「ええ、バーンが言ってることが正しければ。それに、私がその人に会えば分かりますよ」


「バーン……そんな生徒いたかしら?」


「ああ、『バーン』っていうのは、私が黒いワイバーンにつけた名前ですよ」


「……」


 先生たちは、私をそっちのけで議論を始めた。


「ワイバーンと話をした? 魔獣と話なんかできるのか?」

「スタンピードを人が引きおこすなぞ、できるはずがない!」

「あのワイバーンたちはどうして大人しくしてるんだ?」


 これは議論と言うより、口々に好きな事を言ってるだけね。


「平民の話なぞ、あてにできませんよ! 全部嘘っぱちに決まってます!」 


 大声で叫んだのは、魔術実技の教官であるカリンガ先生だ。

 キザな感じに垂らした前髪からは、大きなタンコブがのぞいていた。

 気を失った彼を私が防御壁の中へ投げこんだとき、額を打ったのだろう。

 

「お姉ちゃんを疑うのか?」


 ドンがいつになく強い口調で言う。


「そんな生徒が信用できるか! それに、お前はなんだ? 副教官が生意気な口を利くんじゃない!」


「ほう、お前、死にたいのか?」


 魔宮の底で初めて会って以来、ずっと聞いていなかった口調で、ドンがそう言った。

 それと同時に、針のように細い氷柱つららが、数えきれないほどカリンガ先生の周囲に浮いた。

 そのうち数本は、カカカと音を立て、分厚い木のテーブルに深く突きささった。


「ひ、ひぃぃ!」


 ドンの口調と氷柱、どちらに怯えたのか知らないが、カリンガ先生が白目をむいた。

 私は用意しておいた紙をテーブルにばしんと置いた。


「とにかく、その男と一緒に、こんな建物が見えました」


 バーンと念話したとき見えたものを描いておいたのだ。

 それは、凸を崩したような形をしていた。


「あら? これ、森の中にある遺跡じゃない」


 シシン先生は、その建物が何か知っているようだ。

 

「確かに、試験の目的地にしていた遺跡みたいですね」


 紙を手にしたハイエク先輩が頷いている。

 

「ハイエク先輩、それがどこか知ってるんですか?」


「ああ、実習試験では、毎年ここに行くからな」


「へえ、そうなんですね」


「レイチェルは、昨日遺跡に行っていません。彼女がこの絵を描いたというなら、ワイバーンとの念話も信じないわけにはいきません」


 ハイエク先輩が素早く私にウインクをする。

 どうやら先輩は私を信じてくれているようだ。


「こうなると遺跡を調べる必要がありそうね」


 腕組みをして、形のいいあごに指先で触れたシシン先生がそう言った。 

 しかし、この肝心な時に、トゥルースじいさんは何してるんだろう?

 その後、目を覚ましたカリンガ先生が、ポチのビリビリ攻撃を股間に受け、再び気を失ったなんてのは、どうでもいいよね。

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