第69話 残念美少女、遠足に行く11

 魔術学園の生徒によって木々が切りはらわれた、宿泊所の周囲は、ゴブリンと呼ばれる生きものがとり囲んでいた。

 腰の周りにボロ布を巻いたゴブリンたちは、血走った目をして、ゆっくりこちらへ近づいてくる。 

 一番前に出ていたハイエク先輩の身体が青く光る。恐らく自分に身体強化の魔術を掛けたのだろう。

 

「レ、レイチェルさん、前に出て戦いなさい!」


 声をした方を見ると、まっ青な顔をしたカリンガ先生が、ガタガタ震えていた。

 とりあえず彼は無視して、魔闘士レベル1の呪文を唱える。


「あたしが欲しいのね♡」


「レ、レイチェルさん、こんな時に何をっ!?」


 右の方から、そんな声が聞こえたが、私は気にしなかった。

 なぜなら、森から大きな何かが現れたからだ。

 身長一メートルちょいくらいのゴブリンたちと較べると、それは優にその二倍、つまり二メートルほどあった。

 そいつは剣を腰に差し、軍服のようなものまで身に着けている。

 ただ、顔はやはりゴブリンで、緑がかった肌に、離れた目、大きな口をしていた。大きな鼻が上を向いているため、鼻の穴が黒いのが目だった。


「ゴ、ゴブリンジェネラル……」


 右の方でどさりと音がしたのは、カリンガ先生が腰を抜かしたのだろう。全く役に立たない先生だ。


 私は前に出て、ハイエク先輩と肩を並べた。


「レイチェル、落ちついてるな」


「先輩もね」


 私たちは視線を交わし、互いの右握り拳を軽く当てた。

 ゴブリンジェネラルが腰の剣を抜き、それを天に突きあげ何か叫ぶ。

 

「来るぞ!」


 ハイエク先輩の声が聞こえた時には、襲いくるゴブリンの群れが目と鼻の先に迫っていた。

 

 ◇


「水の力、我に従え!」


 ハイエク先輩の左手に持つワンドから、ゴブリンの群れに水が噴射される。一瞬、立ち止まったゴブリンが、ニヤリと笑い棍棒を振りかぶる。

 

 ピシリ


 そんな音がすると、水が掛かったゴブリンたちが、白い氷の柱となった。

 魔術、凄い!

 うらやましー!

 

「キーッ、キキッ!」

「キキキッ!」

「キキッキッ!」


 後に続くゴブリンは、警戒したような声を出したが、停まる気配はなかった。


「ぬんっ!」


 先輩の右手に握られた光る長剣が、青い弧を描く。

 その範囲にいたゴブリンは全て、身体が二つになった。


 私?

 私は、自分に向かってきた群れを全部倒し、次を待ってるところ。

 あっ、腰を抜かし、地面に倒れているカリンガ先生が、ゴブリンに囲まれているわね。

 ちょっとまずいかも。


 ◇


「キッキキッ!」(こいつ、弱そうだな!)

「キッ、キキキッ!」(殺して食っちまおうぜ!)

「キキキッ!」(そりゃいい!)


「く、来るな! 焼き殺すぞ! ファ、ファイアボール!」


 焦りから魔術を失敗したのか、カリンガ先生のワンドからは、ぷすんと白い煙が出ただけだった。


「ひ、ひいいいっ!」


 三匹のゴブリンが、先生に棍棒を打ちおろす。


 ボボボッ


 私の回し蹴りで、そいつらの頭部が弾けとんだ。

 

「先生、だいじょうぶですか!?」


「ふぇ、ふぇ、ふぇ~」


 カリンガ先生は、そんな声を出すと気を失った。

 しょうがないわね。

 

 私は彼の両足をつかむと、ジャイアントスイングの要領で、彼の身体をぶん回した。

 カリンガ先生の身体は放物線を描き、防御壁の中へ消えていった。

 まったく、手間をかけさせてくれるわ。


「レイチェル、お前……」


 振りかえると、ドン引きしたハイエク先輩の顔があった。

 あれ? 

 ゴブリンは?


 ゴブリンは、停まってなにやら隊列を整えているようだ。

 一際身体の大きなゴブリンが、何か叫びながら剣を振りまわしている。

 やがて、隊列を組んだゴブリンがこちらに向かってきた。


「まずいぞ、これは」


 すぐにはハイエク先輩が言った言葉が理解できなかったが、ゴブリンの隊列後方から、火の玉が打ちだされるのを見て「まずい」の意味が分かった。

 どうやら、ゴブリンは、闇雲に突進するのをやめ、戦術を使う事にしたらしい。

 私は魔闘士レベル2の呪文を唱えることにした。


「え~、そんな~、あたし困りますぅ~♡」


 私の周囲を覆う青い光が強くなる。


「レ、レイチェル! こ、こんなときに、一体何を!?」


 ハイエク先輩がそんなことを言っている間にも、火の玉が爆発音をあげ、私の近くに着弾しはじめた。


「先輩! 私の後ろにくっついて!」


「えっ? 後ろからどうしろと!?」


「とにかく、後ろに来てください!」

 

 隊列を組み前進してくるゴブリンと、私が向かいあった。

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