第3部 残念美少女、覚醒する
第8話 残念美少女、魔術を知る
「いや~、儲かりましたね~、ツブテさん」
私とヌンチは、宿の食堂で夕食を食べていた。
目の前には、様々な料理が並んでいる。
フォレストタイガーは、毛皮に傷が一つも無いという事で、思いがけない高値で売れた。
金貨五枚だから、五百万円くらいか。
あと、私の冒険者ランクも、いきなり鉄から銅に上がった。
テーブルの上にある料理をつつきながら、体重のことを考え、そろそろ食べるのをやめようかと考えていると、ヌンチが話しかけてきた。
「そういえば、ツブテさんって職業は何です?」
「職業? 学生だが。むぐ」
「ああ、そっちの職業ではなくて、覚醒する方の職業ですよ」
「なんだ、その『カクセイ』って? むぐむぐ」
「えーっと、十五歳になると教会に行って『水盤の儀』をおこなうんですが、それで、何かの職業に覚醒できます」
「ふ~ん、で、お前は、何にカクセイしたんだ? むぐむぐむぐ」
「魔術師です」
「おおっ、魔術師ったら、魔法が唱えられるのか? むぐむぐ」
「えーっと、マホウが何か分かりませんが、魔術なら使えますよ」
「おおっ! いいなっ。私も魔法少女になれるのか! だけど、魔術師ってレアな職業じゃないのか?」
「いいえ、最も多い職業の一つですね」
「おい、すぐ教会へ行くぞ!」
「分かりました。でも、この時間、教会はもう閉まってますから。明日にしましょう」
「よし、朝一で教会へ行こう。魔法少女か~、一度なってみたかったんだよな~。こう、魔法の杖でキラキラキラって感じか? むぐむぐむぐ」
「だけど、ツブテさん」
「なんだ、ヌンチ?」
「あなたの世界では、みなさん、たくさん召しあがるのですか?」
「何をだ? むぐむぐむぐ」
「いえ、よく食べるなーっと思って」
テーブルの上を見ると、さっきまで山のようにあった料理がほとんど残っていない。
「お前が食ったのか?」
私は空になったお皿を指さした。
「いいえ、全部ツブテさんが」
「……ふ、太るーっ!!」
夜の街に私の絶叫が響きわたった。
◇
次の朝、ヌンチに案内され、教会を訪れた。
教会の建物は石造りで、十字架が無いだけで、あとは地球の教会とそっくりだった。
「おや、ヌンチではありませんか。あなたがここに来るとは珍しいですね? やっと信仰心に目覚めましたか?」
白いローブを着た初老の上品な女性が、私たちを出むかえた。
「お久しぶりです、コーティス様。こちらのツブテさんが、『水盤の儀』を受けたいそうです」
「ああ、そうですか。準備に少し時間が掛かりますよ。お布施の方は大丈夫ですか?」
「はい、臨時収入がありましたから。では、後ほどうかがいます」
「そうですね。お昼頃には準備できているでしょう。それまで法話を聞きますか?」
「い、いえ、結構です」
◇
ヌンチは私を連れ、教会近くにあるカフェらしきお店に入った。
香草茶とケーキで有名なお店だそうだ。
「ケーキは、何になさいますか?」
花柄のエプロンを着けたお姉さんが持ってきたのは、ワゴンの上に並んだ、様々なケーキだった。
「うーん、どれにしよう。悩むな~」
カロリー的に、食べられるは一つだけだろう。
色とりどりのケーキに、私はどれにするか決めかねていた。
「では、お決まりになったらお呼びください」
娘さんはワゴンを置き、そのままカウンターへ戻っていった。
私はお茶を飲みながら、ヌンチから魔術の事を聞きだすことにした。
「魔術の事を教えてくれるか?」
「ええと、魔術は大気中にあるマナを利用する術です」
「マナ?」
「ええ、私たちには見えませんが、この大気中にはマナと言うエネルギーがあるそうなんです」
「見えないのに、どうやってそんなものがあると分かった? もぐ」
「その昔、ヴォーモーンという偉大な魔術師がいまして、彼にはマナが見えたんですよ」
「なるほど、そいつが魔術の仕組みを調べたんだな。もぐもぐ」
「そうです。彼が書いたものは、そのほとんどが禁書となっていますが、現在書かれている魔術についての本は、全て彼の研究が元になっていると言われています」
「魔術には種類があるって話だったよな? ぱくぱく」
「ええ、水、土、風、火、それに聖や闇という属性がありますね」
「そういえば、おじさんがシカに水の玉を飛ばしてたな。むきゅむきゅむきゅ」
「あれは、水属性の『ウオーターボール』っていう魔術ですね」
「なるほど。ふぐふぐふぐ」
ウオーターボールって、水の玉そのままじゃん。
魔道具の指輪で翻訳されてるから、本当は何て言ってるかわかんないけど。
「じゃ、そろそろ教会へ行きますか? お姉さん、お勘定お願いします」
ヌンチの言葉に、カウンターからエプロンのお姉さんが出てくる。
お姉さんは、なぜかすごく驚いた顔をしている。
「あのー……全部で銀貨二枚になります」
えっ!?
銀貨一枚が一万円くらいだから、二万円!
異世界の物価って――
「高っ!」
おっと、心の声が
お姉さんが、咎めるような視線をこちらへ送ってくる。
「香草茶二杯にケーキ十九個で、銀貨二枚です」
えっ!?
ワゴンの上を見ると、並んでいたケーキが綺麗さっぱり消えている。
「ヌンチ、お前が食べたのか?」
「いえ、ツブテさんです」
「ぎゃーっ!! 太る~!」
私の叫び声が街中に響いた。
――――――――――――――――
ツブテ「今回は美味しいケーキが食べられて、少し納得したかな」
作者「フフフ」
ツブテ「な、なに、その不気味な笑い?」
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