第7話 残念美少女、虎と戦う
虎は私の隣に立つおじさんに近づくと、やはり一声咆える。
そのおじさんも、気を失い倒れてしまった。
どうやら、虎は私たち全員の気を失わせておいてから、ゆっくり食べるつもりらしい。
一人だけ意識のある魔術師のおじさんが、木の棒を虎へ向ける。
手がものすごく震えているから、魔術を唱えても当たらないだろう。
近づいてきた虎を見て、恐怖のためか呪文さえ唱えられず、おじさんは気を失った。
少し離れて立っている私と、すでに腰を抜かし、地面に倒れているヌンチを目にした虎が、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
ヤツは私たちから一メートルくらいの所で一度立ちどまると、再び咆えた。
グゥオゥッ
パタリと音を立て、気を失ったヌンチが倒れる。
虎は優美な動きで、こちらへ近づいてきた。
私のことなど全く警戒していない。
きっと、虎は森の王者なのだろう。
目の前まで来た虎が、その口を大きく開け、再び咆えようとした。
ガポンッ
そんな音がした。
大きく開いた虎の口に、私がナイフを突きこんだのだ。
上あごを貫いたナイフは、脳まで達したはずだ。
虎は白目を剥き、一瞬でその生を終えた。
「私を脅そうなんて、百年早いわ」
そう言ってみたが、虎は死んでいるし、おじさんたちとヌンチは気を失っているから、誰も聞いてくれる人はいなかった。
なんか寂しいぞ。
倒れた五人に活を入れ、目を覚まさせた。
「フォ、フォレストタイガーはどうしたっ!?」
目が覚めたグラントさんが叫ぶ。
「ああ、虎ならそこに死んでますよ」
「「「ええっ!?」」」
信じられないものを見る目で、四人のおじさんが横たわる虎を眺めている。
「ど、どうなってる?」
「ああ、私がそいつの口にナイフをぶっこんだんです」
「ぶ、ぶっこんだ……」
「さあ、みなさん、帰りますよ! さっさと立って立って!」
私が手を鳴らすと、おじさんたちがのろのろ立ちあがる。
ヌンチは腰が抜けて立てないようだ。
四人のおじさんは少しもたついていたが、細い木を切ってソリのようなものを三つ作り、その上に草を敷き、虎と二頭のシカを一体ずつ載せる。ソリにはロープがくくりつけられており、おじさん三人がそれぞれそれを引く。
腰が抜けたヌンチは、グラントさんが背負った。
◇
街に戻ると大変な騒ぎとなった。
おじさんが引くソリにくくりつけられた虎の死体を、みんながおっかなびっくり見ている。
虎を指さし何か叫んでいる人もいるが、指輪が無い私には聞きとれない。
私たちは膨れあがった集団に囲まれたまま、ギルドの前まで来た。
ギルドの入り口から、ギルマスのトリーシュさんが出てくる。
ソリの上に載った獲物を見て、彼は目を丸くした。
「おいおい、マジかよ! フォレストタイガーだぜ!」
ギルマスはしばらく固まっていたが、それが解けると建物の中に駆けこんだ。
まもなく、お揃いの作業服っぽいものを着た若者が二人、おじさんが一人、中から出てきてシカと虎をギルド内に運びこんだ。
◇
「もう一度、話してくれるか?」
一人だけ個室に連れこまれた私は、どうやって虎を倒したか、三度も説明させられるはめになった。
「うーん、いまだに信じられんな」
トリーシュさんが呆れ顔で首を左右に振る。
「とにかく、少し待合室で待っていてくれるか?」
「待合室?」
「ああ、入った所にある、二つ丸テーブルがある部屋だよ」
「分かりました」
「あと、ギルド章持ってるなら、受付に出しておいてくれ」
「はい、わかりました」
私が待合室へ出ていくと、歓声が上がった。
「嬢ちゃん、ありがとう!」
「ありがとう! あんたは命の恩人だぜ!」
「ああ、その通りだ!」
「俺たちの女神様だ!」
グラントさんをはじめ、おじさんたちが口々にお礼を言う。
だけど、「女神」はやめて欲しい。
せめて「大将」って言ってくれ。
ふと見ると、なぜかヌンチがニコニコしている。
「おい、なんで笑ってる?」
「だって、すごい儲けですよ! フォレストタイガーは、毛皮も牙も超一級品です」
それで住民が騒いでたのか。
とりあえず、これで当面の生活費は何とかなりそうだな。
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