残念美少女ツブテ異世界をゆく

空知音

プロローグ 壁ドン、ドーン!

 夕日が校舎を赤く染めていた。

 五月の終わり、雨上がりの午後。高校の中庭は紫陽花あじさいが咲きみだれ、湿った植え込みの香りが体にまとわりついた。


 ドンッ


 サッカー部のエース、三年の牧野先輩が、私の顔をかすめるように校舎の壁に手をついた。

 もう片方の手で、茶色に染めた自分の前髪に触れながら話しかけてくる。 

 

「俺、中学二年の時からずっと好きだったんだ、お前の事が」 


 壁に着いた腕を震わせながら、彼はそう言った。


「他に?」


「へっ?」


 私の問いかけに、牧野が間抜けな声を出す。

 

「他に言いたいことは?」


「あ、ああ、小柄だがスラリとしたお前の体も、つぶらな黒い瞳も、桜貝のような唇も、長く綺麗な黒髪も全部好きだよ」


「げっ!」


「えっ?」


「だから、『げっ!』って言ったのよ。なに、あんた? 中学二年から? その時、こっちは小六だぜ。お前、ロリコンだろっ、いや、間違いなくそうだな!」


「ど、どうしたの?」


「どうしたのも何も、あんたみたいなナンパ野郎、私が好きになるわけないじゃん」


「ね、熱でもあるの?」


 牧野は、私の額に手を伸ばしてくる。

 その動きを利用してヤツを校舎の壁に叩きつけてやった。


 ドゴンッ


「ぐべっ!」


「誰がお前なんかと付き合うか! 気色悪い!」


 古武術で鍛えた私の掌底がヤツの頬をかすめ、木造校舎の板壁にぶち当たる。


 ドーン! ベキンっ


 あれ、これ、ヤバくね? 壁板が割れちゃってるぜ。


「ひ、ひいい……」


 震える牧野の足元に、水たまりが広がる。

 こいつ、漏らしたな……。


「では牧野先輩、ごきげんよう」


 黒髪をかき上げ、いつも通り優雅な礼をすると、その場を離れかける。

 

「おいっ、お前らっ! 今の事、黙っとけ。いいか、壁ドンで校舎を壊したのは牧野だぞ!」


 植え込みに向かって声を掛けておく。

 サッカー部の男子数人、あと牧野のファンクラブを自称する女子数人が、紫陽花の陰からこちらを覗いているのは分かっていた。

 幼い頃から古武術を叩きこまれた私は、人の気配が読めるのだ。

 とりあえず隠れているヤツらに釘を刺しておいたってこと。

 

「返事は?」


「「「ひ、ひゃいっ!」」」


 数人のギャラリーが腰を抜かしたようだが、イライラしている私にはどうでもよかった。


「では、皆さま、ごきげんよう」


 いつもの挨拶をしてその場を去った。

 私、宮本ツブテ、十五歳の春だった。

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