Ⅳ よりによって、このタイミングで。
日本に到着してから一週間が経った。
その一週間、熾子は心が落ち着かなかった。
日本へ来る前から、熾子には二つの懸念事が存在していた。
一つは、髪の毛と瞳が紅くなったことである。最初は徐々に色が抜けてきた程度であったが、やがて鮮血のような色に染まった。慌てて両親に相談しても、だから何だという程度の反応しかなかった。それは友人や知人、あるいは見知らぬ第三者でも同じであった。
どういうわけか、誰からも何も気に留められなかったのだ。
髪と瞳の色を気にして、髪を黒く染めてみたり、カラーコンタクトレンズをはめてみたりもした。しかし、どういうわけかそれらも紅く変わってしまったのだ。もはや諦めるしかなかった。
第二の懸念事は、日韓関係の悪化だ。
元独立運動家が起こした裁判について、熾子はネットを通じて日本人の反応を観察していた。当然、韓国に対する痛烈な罵倒が書き込まれていた。不安より怒りが勝った。熾子にとって、日本人は現実から目を逸らしているようにしか思えなかった。
しかし、自分はそんな国で生活をしなければならないのだ。日本人が過去を反省しないことは許してはならない。それでも、できれば騒いでほしくないという気持ちもあった。
空港で母親と泣き別れ、飛行機に乗った。
狭い飛行機の中では、不安と緊張が常に隣接していた。
空港へ着くと、ターミナルに据えられているテレビが、都内で起きたという爆発事件について報じていた。
それから空港を離れ、新しく暮らすこととなる学生寮へとバスで向かった。窓の外に拡がる空が、どんよりと曇っていたのを覚えている。
学生寮へ着き、入居手続きを済ませた。
ネットを通じ、爆弾事件について様々な情報が入ってきた。当然、韓国語で書かれた犯行声明文についても知った。犯人が捕まったわけではない。だが、これでは韓国人がやったと言っているようなものだ。
――
それから何日かのあいだ、熾子は神経質にならざるを得なかった。韓国人である上に、髪や瞳の色が奇抜ともなれば、余計に偏見の目で見られかねない。できるだけ外出を控え、人目を避けて暮らしていた。
日本へ来てから天候が少し崩れた。
「つかさ」と会うその日まで、熾子は孤独に過ごした。何しろ、今まで縁もゆかりもなかった異国の地での生活である。自分が韓国人だと知られることを恐れ、日本人と会話をすることもほぼなかった。
夜を覆う虚空は、自分と世界との隔たりを示していた。
(窓の外で
(六畳部屋は
(私は何を望んで)
(私はただ、独りで沈み込んでいるのか?)
日帝時代、日本に留学していた詩人・
孤独を埋めるように、夜はネットに接続する時間が増えた。
パソコンは持って来ていない――ただスマートフォンのみが自分と世界とをつなげていた。明るい硝子板に向かって「つかさ」と言葉を交わしたり、勧められた音楽を聴いたりした。
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