すしプロ:涙と慰めで交わす最初の握手。

千石杏香

プロローグ 咲き誇る桜の中で

一緒にお花見記念――ですね!

一面の桜があおい空をおおっていた。


花びらの雨が降りそそいでいる。


武骨な黒いみきは、間近で見ればび付いた銀である。苔生し、ひび割れ、岩肌のようにごつごつしている。普段なら歯牙にもかけられないこの樹々が、今日は無数の花々を咲かせていた。


桜竝木さくらなみきは隅田川に沿って伸びていた。河川敷は花見に来た人々で溢れている。桜に眼を遣り、会話を交わし、各々おのおのたのに往き交う。


雑踏に混じり、一際大きな樹の下に立つ二人の女性の姿があった。


二人は手をつないでいる。


一人は十代半ばの少女だ。髪は長く、醤油のように黒い。頭の上には、寿司に使われるような海老えびが載せられていた。海老は布巾ふきんのように大きく、尾っぽが少女の耳のあたりまで垂れている。


「散らなくてよかったですね――桜。」


目先にあるこずえを覗き込み、少女は言う。


「昨日は雨が降っていたので、少し心配でしたけど。」


「私も心配しておりました。」隣の彼女も同意する。


「けれど、満開になって本当によかったんです。」


少女と手をつないでいるのは、大学生ほどの大人であった。タンバルモリという韓国式のおかっぱ頭をしており、緑色の服を着ている。その髪や瞳は、まるで鮮血のように紅かった。


ほんと満開になりましたよね――と髪の長い少女は言う。


「むしろ、水を与えられて元気になってるみたいです。温かいお湯をかけたら、寒くなくてもっと元気になるかも。」


「それはどうかな?」


「だって、朝方はまだ寒いじゃないですか。」


「いや、そういう話でもないと思うんです。」


「あっ、そっか――よく考えたらお湯ってすぐ冷えますね。」


「うーん。」


女の困ったような顔に、少女は気づかなかった。


少女はスマートフォンを取り出し、枝先を写真に収める。珠のような雫を滴らせる花房はなふさが、小さな硝子ガラス板の中に切り取られた。画面を見せ、どうでしょうかと問うてみる。


「わあ――」女の紅い瞳が明るくなった。「綺麗に撮れましたね! まるでアニメみたいなんです!」


少女は画面を見返す。自分でも納得の出来だ。


「これ――待ち受けにしよっかな。」


「あ、だったら私にも送って頂けませんか? 私も、司さんと一緒の待ち受けにしたいんです。そうしたら、お揃いになりますし。」


突拍子もない考えつきだが、悪くはないと思った。


「ですね――せっかくの記念ですし。」


少女はスマートフォンを操作し、画像をメッセージで送信した。


それから、自分のスマートフォンの待ち受けを桜の画像にする。


同じ画像の写るスマートフォンを見せ合い、そして女は微笑む。


「一緒にお花見記念――ですね!」


少女は静かにうなづいた。


「記念写真って、こういうのをいうんでしょうね。」


「それもまた違うと思いますよ?」


女の微笑みは、再び困惑したようなものに変わった。


今、二人の周りは穏やかである。争いも諍いもない。


二人が出会ったのは、冬の冷たさが尾を引く春のことである。遥か西の彼方にある日本海は、まだまだ荒々しい波涛を立てていた。

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