a life

つぐお

第1話

梅雨の季節が近づくころ、京都の親友を訪ねるために、僕は決まって京都を訪れる。

親友はとある寺の敷地内にいつも通りいる。寺の山門を抜けて突き当たりを曲がると木々に囲まれた墓園が見えてくる。

彼女がここで眠るようになってからもう5年が過ぎた。

彼女はガンだった。若くして患い、気づいたときにはもう末期だった。

彼女に会うときは決まってスーツで来るようにしている。特に理由はないが、なんとなく、ここの匂いの記憶が僕をそういう気分にさせていた。

墓園の懐かしい匂いを嗅ぎ取りながら、来る途中で買った供花を片手に、水を汲み彼女の元へと足を運んだ。

ふと、彼女の墓石の方に視線を向けると、先客がいた。しゃがんでいて遠くからはよく見えなかったが、そこにいたのは大学生活を共にした、もう一人の親友だった。

僕と同じようにスーツを身にまとった彼は、彼女の墓石を静かにじっと見つめていた。

墓石に着くと、

「意外だな。今まで一度も、葬式にも来なかった君がここにいるなんて。」

と、僕は言いながら、手に持っていた花を供えた。水は新しくなっていたので変える必要がなかった。

彼は一瞬だけこちらを見て、ああ、と答えたっきり、それ以上何も話さずにしゃがんだまま墓石を見つめていた。

しゃがんで蝋燭と線香に火をつけ、数珠を手に目を閉じて合掌をした。

合掌を終えて目を開けても、僕は隣にいるもう一人の親友に視線を移さなかった。

僕はそのまま立ち上がり、彼女の墓石を見つめ、いつものようにあの頃を懐古をしていた。今年は視界の片隅にもう一人の親友が見えているせいか、例年とは違ったことを思い出していた。

「君はかつて、命は金で買えると言っていた。」

彼女の墓石に視線を向けたまま僕が話しかけると、彼も視線を動かさずに私の会話に答えた。

「そうだ。私はそう言った。その言葉に間違いはない。金があれば、誰かの命は買えるだろう。」

金で買えるのは、と、彼は空に目を向け嗚咽をもらしながら続けた。

「買えるのはここにいない、誰かの命だ。買えないのは目の前にある、誰かではない命だ。」

僕は彼の横顔に一瞬だけ視線を向けた。彼の目から溢れていた涙は、濁りが無く美しかった。

「だから彼女がガンだと分かったときも、葬式のときも来なかったのか?」

そう問いかけると、彼は、そうだ、と涙を拭いながら答えた。

しばらく沈黙が続いた後、彼は息を整えてから、

「私は彼女を愛してた。」

と力強く言った。

「知ってるよ。」

僕が即座にそう答えると、会話中に交わらなかった僕と彼の視線が、ようやく交わった。彼は息を呑み、強張っていた表情がゆっくりと解けていった。

彼女も知ってた、と僕が墓石に顔を向けると、彼は、そうか、と言い彼女を見つめた。

僕は空を見上げ、

「そろそろ行くよ。」

また来年、と残し、彼女の墓標を離れていった。

背中に彼の情愛と悔恨を感じたが、僕は振り返らなかった。

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