第8話夜に紛れし鋼の檻

さほど日にちを空けず、それから5日後、サトルは職場近くの飲み屋で飲んでいた。

梨奈に話したいと思うことがあった。

そんな事を考えていていつも以上に酔っ払い、その勢いで、「コルク」の扉をくぐることになった。

サトルはかなりの酔っ払いぶりだったのだが、梨奈は胃炎のあと、風邪をひいてここのところ不調であった。


「あ、今朝のLINEで風邪治ったようだったけど、まだひといきだね。」

「うん。でも、もう大丈夫そうだよ。あ、小説読んだよ。面白かった。」

実はこの小説を梨奈に贈っていたのであった。

サトルは話したい事をこのタイミングと小説という題材を切り口にして話し始めた。

「ほんと?ありがとう。でもさ、いま書いている小説はさ、エピソードだけであって。うーん、小説ってもっと内面が書いてあると良いんだよなぁ、って思うの。」

「内面?」

「内面っていうか、背景とか。背景って、その時に実はこういう事があって、とか。例えば、おれに彼女がいて、ここに来ているとか、或いは、梨奈に彼氏がいて、ここに来るお客さんの話ししているとか。」

「あ、私は正直彼氏いないんだ。」

梨奈は"彼氏"という言葉を聞いて、すぐさま否定した。

まるでその質問がいつ来ても良いように、準備してあったかのように。

「2月つくらいまではいたんだけど。そのあと、ダイビングやろうかなって。」

「そうなんだ。」

「うん。」

タバコの煙でモクモクする。


サトルは漸く切り出す。

「おれには奥さんがいて、」

「あ、最初の頃、そんなような事言っていたから、そうかもしれないと思ってた。」

さすが、察しがいい。

「最初にこのお店に来たきっかけは、仕事が急激に増えて不安だった時期だったんだよね。」

他の卓での笑い声が聞こえる。

「そしたら、この店にピアノがあった。しかも誉めてもらった。」

「私だって何気にピアノ弾いてもらうの楽しみにしているんだよ。」

「一見さんで終わる予定だったんだけどなぁ。」

梨奈がもう一杯作ってくれる。マドラーが反時計回りに回る。


「あ、そういえばさ、梨奈は男女の友情ってあると思う?」

「自分ら次第なんじゃない?あると思うな。違うと思ったら違うって言うし。」

それから、サトルを酔いの波が押し寄せた。その波には店内の人々の話し声と、BGMと、薄明るい光が混ざってハッシュドポテトみたい。


「今度外で普通に飲もうよ。」

そういうと、

「それが、鋼の檻なんだって。」

こういう質問を予期していたかのようにすぐに答えた。


梨奈のいう「鋼の檻」という意味はよく分からなかった。ただ、その比喩が、「千本桜」の歌詞である事はわかった。


あの旋律ー。


千本桜 夜に紛れ 君の声も キコエナイヨ

此処は宴 鋼の檻 その断頭台で見下ろして。

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