第11話 お鍋は美味しいのです。

 その日の夕食は豪勢なちゃんこ鍋だった。とは言うものの、高価な食材はない。ぶつ切りの鶏肉と豆腐と白菜は余るほど用意されていたのは助かる。大食いのイチゴとヘイゼルがいるから、値段が安くて量が多いものを選んだと見える。葉月のやりくり上手な面が存分に発揮されたようだ。


「うむ。これは美味いぞ。葉月殿は良い妻になれるな」

「なかなか絶妙な味付けです。私もお料理はかなりやりましたが、ここまでの味は出せません」

「あはは。それはね、出来あいの鍋スープがあるのよ。プロの味が家庭で楽しめるってやつが」


 ヘイゼルとイチゴに褒められた葉月が照れながら説明した。確かに、一から味付けをするのは大変なのだろう。レトルト製品は便利である。


「しかし、皆で鍋を囲んで食事をするのは楽しいものだな。そして、そのせいか料理の味わいが増す」

「はい、ヘイゼルさんのおっしゃる通りです。家族団らんですよね。懐かしいな」


 俺も高校時代までは家族団らんが普通だった。しかし、ヘイゼルさんもイチゴも、家族団らんでの食事はしていないのだろうか。疑問に思った俺はそのことを質問してみた。


「ヘイゼルさんは家族で食事はされないのですか? イチゴもそうなの?」


 ヘイゼルさんは頷きながら答えてくれた。


「うむ。私は基本的には一人で食事をする。食べ物は毒見が済んだものばかりでな。大抵は冷めていて、あまり美味くないのだよ」

「ヘイゼルさんは王族だからですか?」

「そうだな。会食がある場合は、殆どが政治的な意味合いを持つし、貴族連中の遊興には付き合わん事にしている。いつ毒を盛られるか分かったものではないからな」


 なるほど、皇太子も大変だ。続けてイチゴが話してくれた。


「私はですね。まかないがあったんですけど、いつも殺伐としてて、とても和やかな雰囲気ではなかったので自室で食べてました」

「それは、ライバル同士だから?」


 俺の質問にイチゴが頷く。


「何ていうのかな。食事に変なものを入れられたりしたんです。虫とかトカゲとか雑草とか。それで、調理長に許可をいただいて、自分で用意したお弁当を自室で食べるようになったのです」

「それはいじめでは?」

「うむ。由々しき問題だな」

「私ならガツンと言ってやるんだけど」


 俺とヘイゼルさん、葉月の三人はあからさまに不快感を現していた。しかし、当のイチゴはあっけらかんとしていた。


「うーん。私がいっぱい失敗してたからだと思います。自己責任?」

「そういう問題じゃないよ。嫌がらせだよ」


 葉月の指摘にもキョトンとしているイチゴだった。彼女は本当に、鷹揚な精神性を持っているようだ。


「まあ、そんな話は後にしよう。今は鍋を平らげような」


 俺の提案に皆が頷いた。そして、一目散に鍋を片付けてしまった。


 その後、俺とヘイゼルさんは俺の部屋へと戻った。片付けを手伝おうという申し出は、イチゴに断られてしまったのだ。


「ヘイゼルさん。イチゴって、色々難儀な環境だったんですね」

「そのようだな。本人の知らない本人の素性が、周囲に知れているのかもしれない。特定の個人を攻撃する事で、周囲の者が快感を得ているのは間違いない」

「では、イチゴをこっちの世界に寄越したのはイチゴの為だったのですか」

「そうだろうな、壮太。イチゴの師匠もアレコレ考えているのだ」

「でも彼女、嫌がらせを嫌がらせだと思っていないようですね」

「ふむ。天然なのかどうなのか分からないが、強い精神を持っている事は確かなようだ」


 なるほど、強い精神か。最初は鈍感な天然娘だと思っていたがそうでもないようだ。ヘイゼルさんの、竜神の国との婚姻候補に挙がっているのも頷ける話だった。


「さて壮太。少し出かけようか」

「どうしたんですか」

「ふふふ」


 ヘイゼルさんは含み笑いをするだけで何も答えてくれない。これは何かあると感じた。俺は押し入れに仕舞っていた木刀を取り出した。これは松下村塾と彫ってある名刀だ。


「ほう、壮太。やる気になったのか」

「自分が役に立つかどうかわかりませんが、やれるだけやってみます」


 俺とヘイゼルさんは部屋を出た。そして、赤く染まった空の下を河川敷へと向かって歩き始めた。



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