第9話 闇の人形

 葉月とイチゴの前に立つ黒い影。

 それは概ね人の形状をしているが、本当に黒い影のような姿で正体は何だかわからない。


「葉月! イチゴ!」


 俺は咄嗟に彼女達の名を叫んでいた。二人は振り向いて俺の方を見る。顔面は蒼白で怯え切っている。

 ヘイゼルさんが右手を前に出し、「はあ!」と気合いを入れた。すると、彼の手のひらから見えない何かが放出されたようで、給水タンクの上に立つ黒い影に命中した。

 その黒い影は何かの衝撃を受けたようで、タンクの上から数メートル弾き飛ばされた。そのまま空中に静止している。


「どうした。大丈夫か?」


 俺の姿を見て心が緩んだのだろうか、葉月はその場に座り込んでしまった。


「私たちは無事です。しかし、何人かの人が犠牲になりました」


 比較的落ち着いているイチゴが返事をした。


「犠牲者が出たのか」

「はい。この、ショッピングモール内で、あの影の攻撃を受けました。何か細い棘を連射する能力があります」

「棘だって?」

「何かの毒を持つ棘です。私が〝勇者の盾〟を使ったので、かろうじて防ぐことができたのですが、盾の範囲より外にいた人が倒れてしまいました」


 毒針攻撃なのか。ショッピングモール内で襲われた二人は、イチゴの使う〝勇者の盾〟で何とかやり過ごし屋上へと逃げて来た。しかし、イチゴは手に何も持っていないので、これは勇者が使う魔法か何かか?


「見習いといえども勇者ですね。防御魔法が使える」

「はい。できるのはこれだけなんですけど、これ、お師匠様に褒められた魔法です」


 ヘイゼルの言葉にイチゴが答えている。出来が悪いと言いながら、全部だめだったという訳ではないらしい。


 空中に浮かぶ黒い影がぶわっと膨らんでから竜巻のように渦を巻く。そして、その中心から幾つもの黒い何かが飛び出してくる。


「勇者の盾!」


 イチゴが叫ぶと、俺たち四人は光り輝く半球状のドームに包まれた。

 黒い影の放った何かはこの光のドームに阻まれて空中に静止した。十数本のそれは、黒くて細長い棘のようなものだった。


「ほう。優秀だ。お嬢さんお二人と壮太はここを動くな。アレは私が始末する」


 ヘイゼルは数歩前に出て、光のドーム、勇者の盾から外へ出た。そして両手を重ね合掌したあと、手のひらを下げて床に向けた。ヘイゼルの手のひらが光った瞬間に、彼は空中へと浮かび上がっていた。そして、両掌を黒い影に向ける。


小龍閃しょうりゅうせん!」

 

 ヘイゼルが叫んだ。同時に、彼の両掌から小さな光の弾が十数個ほど放たれた。それは黒い影に当たってから、爆発したように閃光を放つ。

 その光はあの黒い影を全て吹き飛ばし、中にいた何かを晒した。それはまるで、ロボットのようなパペット人形のような、雑な造形の人型をした何かだった。


 黒い影を吹き飛ばされた人形はヘイゼルに向け、黒い棘を放った。ヘイゼルは手のひらから再び光の弾を飛ばし、十数本あろうかという黒い棘を全て消し去った。その人形は空中を驚異的なスピードで間を詰め、ヘイゼルの懐に入る。そして、その右腕が外れて中から飛び出してきた細長い剣でヘイゼルを突く。ヘイゼルの方も、目にもとまらぬ素早い動きでその攻撃をかわして人形の背後に回っていた。そしてその背に、いくつもの光の弾を叩き込んだ。

 人形はシューっと音を立てて黒い蒸気を吹き出しながら、屋上の床へと墜落した。そして右腕と左脚が胴体から外れて転がった。


 その人形のようなロボットのようなものに興味をひかれた俺は、光のドームから出たのだが、ヘイゼルに厳しく注意された。


「動くな壮太。まだ術者がいる。終わっていないぞ」 


 俺はビクリとして立ち止まり、そろりそろりとイチゴたちの方へと戻る。光のドームに入った時点で、黒い矢がコンクリートの床へ突き刺さった。それはイチゴの魔法、〝勇者の盾〟を難なく突き破っていた。

 

「あ、危ねえな」


 ビックリした俺はその場で尻もちをついた。その矢には紙が結わえられていた。矢文ってやつだ。

 

 ヘイゼルは屋上の床に降りてきて、周囲を見渡している。そして、ニヤリと笑った。


「人形を操っていた術者は退散したようですね。その、矢文を届ける事で、今回は目的を達成したのでしょう」


 ヘイゼルが黒い矢を指さしている。その矢の射線は、イチゴの魔法〝勇者の盾〟から出てしまった俺をあからさまに狙っていた。


「俺、狙われてたの?」

「そうだな。人に刺されば、必ず文を見つけるからな」


 なんてこった。手紙を届けるための郵便受け替わりにされそうになったって事なのか。この人たちと一緒にいるときは、迂闊な行動は出来ないと自分自身に言い聞かせる。


「その文はイチゴさん宛てでしょう。さあ確認してください」

「はい。貴方は?」


 そうだった。イチゴも葉月もヘイゼルさんとは初対面なんだ。俺は立ち上がってお互いの紹介を始めた。


「この人はラグナリアのヘイゼルさんです。そっちの座ってる胸の薄い方が葉月、こっちのふっくらしている方がイチゴさんです」


 俺の紹介に満足した笑みを浮かべるヘイゼルさんは、腰が抜けて座っている葉月の手を取って立たせた。そしてイチゴとも握手を交わす。


 紹介が済んだところで、イチゴは黒い矢から結んであった手紙をほどいて手に取った。それを広げて読み始めた。

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