第3話 葉月乱入

 イチゴは麦茶をゴクゴクと飲む。

 大変良い飲みっぷりだ。カレーと麦茶の相性は抜群に良いと思う。


「うわー。冷たい。それに良い香りがします。何ていうお茶ですか?」

「これは麦茶。お茶の仲間なんだけど、お茶の葉っぱは使ってないんだ」

「そうなんですね。麦茶って言うくらいだから、麦を使ってるんですか?」

「そう。焙煎した大麦を煮出したものだね。イチゴさんの世界には無いの?」


 そう言いながら、イチゴのグラスに麦茶を注いでやる。

 彼女は一口飲んでから俺の質問に答えてくれた。


「はい。ありますよ。でも、麦をお茶に使うのはもったいないので、お金持ちの家しか飲まれてないのです。他にもお米や豆などのお茶もあると聞いていますが、私は見た事がありません」

「へえ。そうなんだ」

「そうなんです。葉っぱのお茶も高級品なので、庶民ではなかなか飲むことができません」


 なるほど。イチゴの世界では、お茶の類は庶民にとっては手が出ない高級品なのだ。そしてイチゴ自身も、なかなかお茶が飲めない庶民であるらしい。


 ガチャリ。


 突然部屋の鍵が回ってドアが開く。


 ノックもせず声もかけず、傍若無人な態度で部屋にずけずけと入り込んで来たそいつは、俺とイチゴが二人で麦茶を飲んでいる構図を見て固まってしまった。そして両手に持っていた、中身の詰まったコンビニ袋をぎこちなく床に置く。


「あんた誰? 誰よ! 何勝手に人様の部屋に入り込んでるの? 泥棒猫なの?」


 イチゴを指さして叫ぶ。勝手に人様の部屋に入り込んでいる自分の事は棚に上げ、わめき散らすのもどうかと思う。とりあえず紹介せねばと思ったのだが、イチゴは進んで自己紹介を始めた。


「あの~はじめまして。私、勇者見習いのイチゴと申します。この度は壮太様よりの召喚にお応えし、壮太様のお手伝いをして経験値を上げるべく参上いたしました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 正座をし、三つ指をついて頭を下げるイチゴだった。三つ指は丁寧な作法だと言われているらしいが、俺はお目にかかったことがない。しかし、イチゴの世界ではそれが当然なのだろう。


「勇者イチゴって何よ! いや見習いって言ってなかった? 何しに来たの? それにその恰好は何? えっ? どんだけぇ~なおっぱいなの? それにノーブラ? マジでそのサイズなの? まさかここで乳繰り合ってたの? そうなの?!」


 まるで女房気取りでわめき立てているこの、胸元の薄い女の名は新井葉月あらいはづきという。同い年で幼馴染で同じ大学に通い、隣の部屋に住んでいる世話好きで口うるさい奴だ。

 

「まあまあ、そうまくしたてるなよ。こちらは異世界から来られた勇者見習いのイチゴさんだ。今、カレーを食べてたところだよ」


 葉月はテーブルの上にあるカレーの大皿と俺といちごを交互に眺め、先ほどの発言が勘違いだったと納得したようだ。


「イチゴさん。大声を出してごめんなさいね。だって、壮太の部屋に女の子がいるなんてありえないからびっくりしちゃったのよ。本当にごめんなさい」

「いえ、どういたしまして」


 イチゴの方もどうやら鷹揚な性格をしているらしく、あの程度で腹を立てることはなかった。


「それでな葉月。いちごさんはカレー一杯では足りなかったようで、どうしようかと思ってたんだよ。ご飯はなくなっちゃったしな」

「なるほどなるほど。今日は大量ゲットしたからね。たくさんあるわよ。正直こんだけ持って帰るのは恥ずかしいんだけど、ちょうど良かったね」


 そんなことを言いながら、コンビニ袋の中身を広げる葉月だった。彼女は近所のコンビニでバイトをしている。明るくて積極的なところがオーナーに気に入られたようで、廃棄処分となった哀れな消費期限切れの食品を、毎日のように持って帰ってくる。これは俺にとって、重要な食糧となっているのだ。


「たくさんあるよ」


 俺がテーブルの大皿を片付けたところに葉月が弁当類を並べていく。幕の内弁当二つにのり弁当と焼き肉弁当。広島風お好み焼きにスパゲッティペペロンチーノ。それにハンバーガーが二つとおにぎりが五つ。メロンパンとぶどうパン、ハーフサイズの食パンにポテトサラダとマカロニサラダ。確かに大漁だ。


「なあ葉月。こんなに持って帰って大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ちゃんと廃棄伝票は切ったし、どうせ捨てるんだから」


 イチゴがじいーっと見つめている。これらが食べ物だと気づいているのは間違いない。


「イチゴちゃんだっけ。何か食べたいものある? お好み焼きは私が貰うから、他のにしてね」


 葉月はさっさとお好み焼きのパッケージをレンジに入れ温めはじめた。


 俺はメロンパンを取って勧める。


「食べていいんですか?」

「ああどうぞ、透明な袋を破って中だけ食べるんだぞ」

「ハイ。いただきます」


 イチゴは透明なビニール袋を珍しそうに眺めた後、おもむろに破ってメロンパンを取り出す。そしてパクリとかぶりつく。


「甘いです。こんなに砂糖使ってるの? すごい甘い。美味しい!」


 気に入ったようだ。

 葉月も温めたお好み焼きを食べ始める。


「あんたは食べないの?」

「さっきカレー食ったからいいや」

「そう、麦茶もらうね」


 俺の飲みかけのコップを手に取りゴクゴクと飲み干した。ペットボトルからさらに注ぐ。


「あの。葉月さんと壮太さんはご夫婦なのでしょうか? 先ほどの葉月さんの態度からそのような印象を受けたのですが」


 ブッ!

 葉月が麦茶を吹き出してしまう。


「あ、ただの幼馴染だから、夫婦とかじゃないから」


 慌てて否定する姿が可愛らしかったりする。


「そういえば紹介してなかったな。こっちは新井葉月あらいはづき、俺の幼馴染で大学二年生だ。近所のコンビニでバイトしてる。コンビニっていうのは食料品を扱っている雑貨屋さんの事だ。ところでイチゴさん。君、どこから来たの?」


 イチゴは食べかけのメロンパンをほおばりながら麦茶で飲み込んだ。


「私はグラスダースという国からやって来ました。そこで勇者見習いをしていました」


 彼女の身の上話が始まった。

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