スパイダー

 ある深夜、男は尿意に目が覚めた。よたよたした足取りでトイレを済ませると、水を一口飲もうとキッチンの灯りをつけた。気配を感じて上を見ると、天井の隅に何か人の形をした生き物が蜘蛛のように張りついていた。全身が影のように黒く、顔までもそうだった。大きさも人並みだった。男は驚きと恐怖のあまり身動きが取れなかったが、同時にどこか見覚えがあるような気もした。

「夢の中で会いましたね」

 蜘蛛のような影はニタニタ笑うように言った。

 男は半分まどろんでいる頭を巡らせ、とすると夢の中で見たのかと納得したような気持ちになった。尿意で遮られた夢のことはうろ覚えだった。

「続きは夢の中で」

 蜘蛛のような影は何かを企むかのように含み笑いをした。

 男は、どんな夢を見ていたのだったか、こいつの狙いは何だと気になったが、眠気に重く沈んだ思考は少しも回らなかった。ただ薄鈍のように口を半開きにして天井を見上げていた。そのまま時間が過ぎた。何秒も過ぎた。

「寝ないの?」

 蜘蛛のような影はいくらか気まずそうに言うと、天井につけている手足の位置を不安げに動かした。男は重そうな目蓋をゆっくりまたたかせるだけだった。

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