回廊(413字)

男は職場のエレベーター回りの廊下をぐるりと一周すると、自分の歩幅でちょうど百歩であることを発見した。刺激に乏しい日々の業務の中で、この発見は大きな喜びをもたらした。


その日以来、男はちょっとした隙間時間を見つけると、いそいそ席を立ってエレベーター回りを歩きに行くようになった。ただ歩くためだけに、業務を中断して離席することもあった。


いち、に、さん、し――。


男は歩きながら頭の中で唱えるように数えた。一周して百まで数えると、仕事では感じたことのないような充足感を得るのだった。


まもなく、あのいつも廊下をぐるぐる歩き回っているやつは誰だと噂がたちはじめた。男は、他の社員たちから不躾な視線を向けられるようになった。ある女性社員など、すれ違うときにまるで汚物を避けるように男を遠巻きにした。


男はあっという間に居場所を失い、仕事をやめざるをえなくなった。最後の出勤日、男は廊下を続けざまに三周して三百まで数えた。気持ちは満ち足りていた。

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