第45話

 マタオとカオルは周りの全てがスローモーションになったと同時に、ダッシュで嫌悪の神具に迫った。最短距離を全力で走って右手で触れる。シンプルイズベストである。


「オラァー!! スナズ君を返しやがれー!!」


 マタオは待ち構えている嫌悪けんおの神具の長い触覚に触れようとして右手を伸ばした。それに触れるのが最も早く、嫌悪の神具も予想していない部分だと判断したからである。しかし次の瞬間触覚はグルンと丸まって素早く収納された。


「なに!? かわしやがった!?」


「十倍速でも反応できますの!? 回避の仕方が気持ち悪いですわ!」


 マタオとカオルは驚きつつも、諦めずにそのまま嫌悪の神具の身体の方に触れに行く。


「これならどうだぁー!!」


 マタオは右手を懸命に伸ばして突進した。しかしこれも嫌悪の神具は流れるような動きでヒラリと避ける。


「はぁー!? なんで!? クソォー! まだまだぁー!!」


 そしてマタオとカオルは諦めずに嫌悪の神具を攻め続けたが、まるでこちらの動きが最初から分かっているような動きで回避される。


「嘘だろ!? なんでこんなに避けられる!? おい加速の神具、これ本当に十倍速で間違いないんだろうな!?」


 マタオは自分たちの攻撃を全て避けながら、ゴキブリ特有のカサカサダッシュで再び距離をを取った嫌悪の神具を確認すると、たまらずカオルの足元に視線を向けて言った。


「うん、間違いなく十倍速だよ。ハハッ、夢でも見ているみたいだね」


 加速の神具はそう言って呆れたように笑った。


「マジかよ、どうする白州さん?」


「そうですわね、では私たちも一旦キラユイさんのところまで下がって加速を解除しましょう。こんな状況でセクス存在エネルギー切れになったら目も当てられませんわ」


 カオルは長期戦も視野に入れながらマタオに言った。


「そうだね。でも大丈夫かな? 解除した途端に嫌悪の神具が攻撃してきたりしない?」


 マタオは不安になって言った。


「その時はまた加速します。それにこっちには封印の神具がありますから、嫌悪の神具さんも無闇に突っ込んではこれないはずです」


「なるほど」


 そして二人は入り口の自動ドアまで下がって加速を解除した。嫌悪の神具も警戒してマタオたちの様子を観察しているようである。


「あっ、どやった? って封印できとらんやないか!? 役立たずっ!」


 キラユイは嫌悪の神具に支配されているスナズが、以前としてゴキブリ化している姿を確認して言った。彼女は加速していないので、マタオたちと嫌悪の神具の攻防は一瞬の出来事である。


「仕方ないだろ、嫌悪の神具のヤツ十倍速で触れようとしても、全部間一髪のところで避けるんだから。あれは偶然じゃないぞ」


 マタオは悲観的な表情で訴えた。


「アホ! ちょっとかわされたぐらいでなんや! もっとガンガン攻めんかっ! 手数で押したら一回ぐらい当たるかもしれんやろっ!」


 キラユイはマタオの胸ぐらを掴みながら怒った。自分は後ろで見ているだけのクセに、言うことだけは一人前である。


「ちっ、お前なあ……」と彼女に掴まれた手を振り解いてマタオは反論しようとしたが、スッと間に入ってきたカオルによって制止された。


「それも考えましたが、私のセクス存在エネルギーをイタズラに消耗してもよろしくないかと思いましたので、一旦引いてキラユイさんに助言を求めに来ましたの」


 カオルは加速ができなくなったら自分だけではなく、キラユイやマタオも簡単に殺されてしまうだろうと危機感を感じながら言った。


「うーむ、まあお前らアホやさかしゃーないか。そもそもちょっと考えてみれば分かることやで、見ての通り嫌悪の神具が支配しとるスナズの身体は、顔以外ゴキブリさんになっとるやろ? ということはや、当たり前やがゴキブリさんの特徴も全部引き継いどるわけや」


「はあ? だからなんだよ? ゴキブリの特徴ってちょっと素早いぐらいだろ? まさかそんな理由で僕たちの攻撃が当たらないって言うつもりじゃないだろうな?」


 マタオは相変わらずゴキブリに対して、さん付けで呼ぶキラユイに苛立ちながら言った。


「だからお前はアホなんや」


「な、なんだとっ!?」


「ゴキブリさんはなあ、スピードだけやのうてパワーや生命力も半端ないし、しりのところに生えとる気流感覚毛きりゅうかんかくもうっていうツノみたいな二本の尾毛びもうが高性能のセンサーになっとるさか、それで微妙な空気の流れを察知して攻撃を避けられるんや。そんなハイスペックなゴキブリさんの身体を、嫌悪の神具は神具堕ちで得た強力なセクス存在エネルギーおおっとるんやさか、そら十倍速で加速しても簡単には触れられんで」


 キラユイはスラスラと説明した。それが分かっているなら最初から言うべきである。


「マジかよっ!? だからあいつら普段スリッパで叩こうとしてもそこそこ避けやがるのかっ!? 素早いだけかと思っていたが、そんな秘密が隠されていたとは……っていうか一般人はゴキブリがそんな特殊能力持ってるの知らねえよ! そもそも空気の流れで攻撃を避けられるんなら、どうやって右手で触れればいいんだ!? 殺虫剤でも吹きつければいいのか!」


 マタオはキレそうになって、半ばヤケクソのように言った。


「だからちょっとは工夫せんかっ! 馬鹿正直にずっと十倍速で触れようとするさか、動きが単調になって空気の流れも読まれるんや! それやったら加速する速度を微妙に変えながら緩急つけたらええがな! ほんならカオルのセクス存在エネルギーも節約できるし、嫌悪の神具もこっちの動きが読みにくくなるさか一石二鳥やで! あとは手数で押せば触れられる可能性も上がるやろ!」


 キラユイもマタオに負けじとキレ気味で言った。


「な、なるほどですわね。やっぱりキラユイさんに助言を求めて良かったですわ。そこまで頭が回りませんでした」


 カオルは感心しながら言って、ポンと手を叩いた。


「……ま、まあ言っていることは的確だな」


 マタオもカオルに続いて納得した反応を見せた。


「だけどもし、それでも通用しなかったらどうするんだ?」


「アホぉ! やる前から負けること考える奴があるかぁー!! ええさか早う封印してくるんやっ! ワシは早う帰って風呂でゴキローを洗ってやりたいんや!」


 キラユイは大声で弱気なマタオを叱りつけた。背負っているゴキブリのぬいぐるみにはゴキローという名前をつけたようである。水洗い可。


「はいはい、そりゃごもっとも。じゃあゴキローは風呂に入れられる前に焼却処分するとして、行くよ白州さん、リベンジだ」


「はい、了解しました。シング・シング! 二人超加速ダブルブースト!」

 

 そして二人は加速すると、再び待ち構えている嫌悪の神具に向かって走った。

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