第44話

「ハッハー! 危ない危ない! 緑髪のねーちゃんの方は加速の神具だったかぁー! まさか所有者が二人居たとはなあー!」


 嫌悪の神具は吹っ飛ばしたマタオたちを確認すると、笑いながら言った。


「うーむ、やっぱりや。心と身体を乗っ取られた言うとったさか、まさかとは思ったが、あれは神具堕しんぐおちやで。だから加速したマタオらのスピードに嫌悪の神具はついてこれるんや。あの状態になったらセクス存在エネルギーを完全にコントロールできるさか、増大したセクス存在エネルギーで身体を纏えば身体能力も上がるし、肉体も強化できるさかな。それでのうてもゴキブリさんは元々ハイスペックやし」


 入り口付近に避難して戦況を見守っていたキラユイは、状況がイマイチ理解できていないマタオとカオルに言った。まるで他人事のようである。


神具堕しんぐおちだって? なんだそれは? それにセクス存在エネルギーを完全にコントロールするとそんなことができるっていうのも聞いていないし、説明が足りなさすぎるぞキラユイ! ややこしい設定ばかり追加しやがって!」


 マタオは頭がおかしくなりそうになって言った。


「しゃーないやろっ! そもそもマタオが封印の神具の所有者になったんも昨日やし! 基本的な知識もまだ教えとらんのに、神具堕ちみたいなレアケースの説明を事前にできるわけないやろがっ! 物事には順序っちゅうもんがあるんやっ! 大体そういうのは自分の所有しとる神具に聞かんかいっ!」


 キラユイも顔を真っ赤にしながら負けじと応戦した。珍しくまともな反論をしているように聞こえるが、封印の神具に対してもマタオに余計なことを言わないよう口止めしていたのはキラユイである。


「すいませんマタオ様、全部私の責任です。キラユイ様を責めないで下さい」


 封印の神具は空気を読んで謝罪した。


「……はいはい、分かった分かった、僕も自分から聞くのを怠っていたしな、この件は誰も悪くない。だから改めて説明してくれ、なんなんだよ神具堕しんぐおちって?」


 マタオは不毛な言い争いに発展しないように、心を落ち着かせながらキラユイに尋ねた。


「うむ、神具堕しんぐおちっちゅうのはやな、簡単に言うと所有者の心と身体を神具に捧げることによってパワーアップする禁忌の必殺技や。これにはじわじわと神具に侵食されて発動させられるパターンと、所有者の意思で発動させるパターンがあるんやが、おそらくスナズは自分の意思で発動させたんやろう。所有者になったのもさっきワシらと別れた後やろうし」


「な、なんだって!? なんでスナズ君はそんな選択をしたんだい!?


「やはりさっき様子がおかしかったのと関係しているのでしょうか!?」


 マタオとカオルは慌てた様子で言った。


「そらそうやろ、昼休みの時の不良らも近くにおったし、マタオに言うたセリフも不良の奴らに言わされたんやろ? だから電話しとったがな」


 キラユイはケロリとした顔で言った。


「えっ!? そうなの!? お前なんでそれに気付いてて言わないんだよ!! それどころかスナズ君に対して裏切り者とか言ってたじゃないか!!」


「だって教えたらマタオが絶対首突っ込んで面倒臭いことになりそうやったし、ワシはゴキブリさんのぬいぐるみ取れたさか、早うプリクラ撮って帰りたかったんや」


「バカバカバカッ! 言ってくれたらこの状況を回避できていたかもしれないのに!」


 マタオはそう言ってキラユイの足を掴んで揺らした。


「まあそう怒るでない。今日助けたところでイジメ自体がなくなるわけやない、遅かれ早かれ同じことになっとったわ。とにかく神具堕ちは厄介やで、セクス存在エネルギーの総量も爆発的に増えるし、さっきも言ったが、本来所有者が時間をかけて習得するはずのセクス存在エネルギーのコントロールも完全にできるようになるさか、今のマタオとカオルやったら少しでも嫌悪の神具の攻撃に当たっただけで身体ぐちゃぐちゃにされて死ぬで。封印の神具で無効化できるのは神具固有の能力だけで、所有者の純粋なセクス存在エネルギーで強化した物理攻撃は防げんのやさか」


 キラユイは淡々と言って、膝をついていたマタオとカオルの手を引っ張って起き上がらせた。


「マジかよ! そんなのどうやって封印しろって言うんだよ!」


 マタオは絶望的な状況を理解すると、キレ気味でキラユイに言った。


「まあそう焦るでない、まだこっちも全力で加速したわけやないんやろ?」


 キラユイはカオルに視線を向けて言った。


「ええ、セクス存在エネルギーを節約するため二倍速でしか加速してませんわ」


 カオルは制服についたホコリを手でパタパタはたきながら答えた。


「ほな次は全力の十倍速で行くんや! 今の嫌悪の神具に出し惜しみしとったら簡単に殺されるで」


「ええ、そのようですわね」


 カオルはいつになく真剣な表情で答えた。キラユイの手を舐めようとしていた人物とは思えないほどである。


「あ、そうだった、僕らにはまだ十倍速があるじゃないか、心配して損したよ。さあ白州さん、お手てを繋ごうじゃないか」


 マタオはホッとしてテンションがおかしくなったらしく、ノリノリでカオルと恋人繋ぎをした。


「調子がいいんですからマタオさんは。でも大丈夫ですの加速の神具さん?」


「二人で十倍速かい? そんなに長い時間加速しなきゃ大丈夫だと思うよ」


 加速の神具はそう答えると、自分が合体しているカオルの足にセクス存在エネルギーを集中した。十倍速と聞いてやる気満々である。


「ほう、加速のねーちゃんの両足にでかいセクス存在エネルギーが集まっていやがる。こりゃさっきの比じゃないぐらいのスピードが出ると見た。おい! こいつらは俺様に任せて、お前らはショッピングセンターの外に出て人間たちをゴキブリに変えて来い! 今のうちに仲間を増やしておくんだ!」


 嫌悪の神具はカオルが大技を出しそうな気配を感じ取ると、急いで手下たちに命令した。


「ギィー!!」


 そしてゴキブリたちは命令に従ってゲームコーナーから非常階段を降りて出て行く。


「おい! いいのか!? 手下のゴキブリたちが外に出て行ったが? みんなゴキブリにされちゃうぞ」


 マタオは心配してキラユイに言った。


「ほっとけほっとけ、嫌悪の神具を封印したらどうせ元通りになるんやさか大丈夫や。追っかけてもセクス存在エネルギーを無駄使いするだけや」


 キラユイは素っ気ない態度で答えた。ゴキブリに好意を抱いているので、別に元に戻らなくてもいいとさえ思っている。


「そ、そうなんだろうが、身も蓋もないなあ」


「フハハッ! 黒髪のねーちゃんの言う通りだ! 手下の邪魔をしても意味ねーぜ! そんなことよりよー! 俺様のスピードと加速のねーちゃんのスピード! どっち速いか勝負だぜー! さっさとかかってきな! 封印の神具で触れられる前に殴り潰してやる!」


 嫌悪の神具は身構えてそう言うと、さらに増大したセクス存在エネルギーをゴキブリ化したスナズの身体に纏った。そしてそれと同時にカオルも必殺技を宣言する。


「シング・シング! 二人超加速ダブルブースト

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