第41話

 スナズは自分のひたいの上に乗っているゴキブリが話しかけてきても意外と驚きはなかった。二財にざいに殴られたせいで意識が朦朧としていたので、幻聴が聞こえたのだと思ったからである。


 バカ! これは幻聴じゃない! お前が俺様に触れた時点で合体してやったから心の中で会話できるんだよ! いいからこの状況をなんとかしたかったら俺様の言う通りにしろ!


 嫌悪けんおの神具はスナズの心を読み取ると、イライラしながら言った。


 これが幻聴でないですと? 本当にゴキブリが小生の心に話しかけているでござるか?


 そうだ! 厳密に言うと俺様は見た目がゴキブリなだけだが……ってそんな説明をしている場合じゃねー! お前自殺する気なんだろ? だったら心と身体をよこせ! そしたら俺様が一財たちからウリュバの妹を守ってやる! これは取引だ!


 嫌悪の神具は一連の話を聞いていたらしく、スナズを急かすように言った。


 ……言っている意味がよく分かりませぬが、それでウリュバの妹が本当に助かるのなら小生はなんでもやるでござるよ。どうせ生きいても意味がありませんので。嫌悪殿けんおどのの好きにしてくだされ。


 スナズは状況が全く理解できなかったが、自暴自棄になっていたのであっさり了承した。


 よぉーし!! よしよしよぉーし!! なら今から俺様が言うことを大声で叫べ。それで全てが完了する。


 そして嫌悪の神具は心の中でスナズにその言葉を教えた。


 わ、分かったでござる。じゃあ言うでござるよ。


「シング・シング! 神具堕ちグッドバイ!!」


 スナズがそう叫ぶと、彼の身体はみるみる肥大し、体長三メートルほどのゴキブリになった。ゲラゲラ笑っていた一財たちはその異様な姿に驚いて腰を抜かす。


「ぎゃあああー!! 化け物ぉー!!」


 そして一財たち四人はその瞬間全員ゴキブリに変化する。


「ひぃっっ!! 一財さんたちがデカいゴキブリにっ!! ってアレ? 小生の身体もっ!? なんで小生だけ顔は人間のままなんでござるかっ!?」


 スナズは洗面台の鏡に映る自分の姿と一財たちの変化を確認すると、予想外の状況に混乱した。


「ハッハー! 成功だー! 見ての通り少しでも俺様たちに対して嫌な感情を抱いた者は、全てゴキブリに変えてしまうんだぁー! どうだ? 俺様の能力は最高だろう?」


 スナズと合体している嫌悪の神具は、エンブレムのように彼のひたいにピッタリ張りついたまま言った。


「最低の気分でござるよっ!!」


「そうかそうか! 喜んでくれて俺様も嬉しいぞスナズ! しかもゴキブリにした人間たちは俺様たちの手下となり、能力も受け継いでいるからな。こいつらに嫌な感情を抱いても人間たちはゴキブリになっちまう。この世界はあっという間に嫌悪に満ち溢れた世界になるだろう」


 嫌悪の神具は嬉しそうに言った。


「小生はウリュバの妹を助けてほしかっただけで、そんなことは望んでないでござるよ!」


「あーん!? 嘘をつくなスナズ! お前の望みはウリュバの妹を助けることじゃないだろ? 俺様は知っているぞ! お前の本当の望みはイジメそのものを失くすことだ! この世界の人間を嫌悪けんおの象徴であるゴキブリに変えてしてしまえば、イジメなんてなくなるぜ!! ゴキブリになっちまえばみんな仲良く嫌われ者だからなぁー!! イジメるなんて知能もないし最高だぜヒャッハー!」


「ほぉー、そういう考え方もあるでござるか……って滅茶苦茶な理論でござるよっ!!」


 スナズは納得しそうになりながら我に返った。


「滅茶苦茶だろうがもう後戻りはできんぞ! 心と身体を代償にしてお前は神具堕ちグッドバイを宣言しちまったからなあ!! じきにお前の存在は完全に俺様が乗っ取っちまう! まあ情けなく自殺するよりはよっぽどマシだったろ?」


「普通に自殺した方がマシだったでござるよっ! 結局ウリュバの妹もゴキブリになるのでしょう!?」


 スナズは興奮しながら嫌悪の神具に尋ねた。


「そりゃそうだろうなー! まあ生きてりゃいいじゃねーか! 細かいことは気にすんな、みんな一緒だからよー! ゴキブリはいいぞっ! 人間なんかよりよっぽどいい! 本気出せばちょっとだけ空も飛べるんだぞ!! 雑食だからなんでも食えるしなー!! ハッハー!」


 嫌悪の神具は楽観的に言った。ハイテンションである。


「……い、一応確認ですが、今から拒否することはできないでござるか?」


「言ったろ? 後戻りはできんと! それに身体に関してはすでに俺様のモノになっちまってるからなあー! ヒャッハー!」


「ふう、先ほどから感覚がないと思ったらそういうことでござったか、喋るのが精一杯でござるよ」


 スナズはため息をつきながら言った。


「心の方も時間の問題だ! そのあとは安心して俺様に任せろ!」


「……うう、小生が余計なことをせず、大人しく自殺していれば……」


 スナズは後悔すると、泣きそうになりながら呟いた。


「落ち込むなスナズ! 俺様たち神具は必要としてくれる者に引きつけられる! つまりはそういうことだ! なんと言おうがこの状況はお前が望んだ結果なんだよ! この世界からイジメがなくなっていいじゃねーか!」


 嫌悪の神具は励ますように言って、支配して

いるスナズの身体に増大したセクス存在エネルギーまとった。


「フハハッ!! それに見ろ! スナズのおかげでこの通りセクス存在エネルギーを完全にコントロールできているぞ! 俺様は最強だぁー!!」


 嫌悪の神具はその状態のままスナズのゴキブリになった身体で前足をスッとトイレの壁に触れた。すると激しい衝撃音と共に壁は粉々に破壊され、隣のボーリング場のフロアに繋がった。


「ひいいっ!? 触れただけで壁が!? なんでござるかこのパワーは!?」


「これがセクス存在エネルギーを完全にコントロールした所有者の力だ。当然俺様を所有したばかりのスナズであればまだ使いこなせる力ではないが、神具堕ちグッドバイを発動したおかげでこの通りだ。まあお前に説明しても意味が分からんだろうがな! さあお前らは行けっ! 人間共をゴキブリに変えろ!」


「ギィー!!」


 ゴキブリに変えられていた一財たちは嫌悪の神具の命令に従って、そのまま四匹よんひき揃って男子トイレからボーリング場に飛び出して行った。そこにいる人間たちは全員悲鳴と共にどんどんゴキブリに変えられていく。


「よし、順調な滑り出しだぁー!! さて、さっき所有者らしきセクス存在エネルギーの反応があったゲームコーナーにでも行くか。そいつを殺してさらにセクス存在エネルギーをパワーアップしておかんとな!」


「殺すですと!? 人間をゴキブリに変えるだけならまだしも、それは許さないでござるよ!」


 スナズは以前として所有者やセクス存在エネルギーの意味が分からなかったが、絶対に殺しに手を染めたくはなかった。


「許しなど必要ない!! お前はなにもできんのだからな!!」


 そして嫌悪の神具はスナズの意思を無視して、セクス存在エネルギーの反応があったゲームコーナーに向かうのだった。

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