第14話

「き、キラユイさんっ! 一体これはどういう状況なんですの!?」


「どういう状況て、見たら分かるやろ! ゴタゴタ言うとらんと早う足を動かさんかっ!」


 キラユイとカオルは神具の気配を辿っている途中、岩井トラオの命令により、校内をパトロールしていた生徒たちに追われていた。


「ですから、なぜ私たちが追われているんです? しかも裸ですよあの人たち」


 カオルはキラユイと廊下を並走しながら、後ろを確認して言った。


「そもそも逃げる必要があるのですか?」


「大ありや、ワシらも捕まったらああなる」


「えっ? なぜ私たちが裸にされなければならないのですか?」


「おそらくこれははじ神具しんぐの仕業や、ヤツを見てしまうと誰であろうが、恥を奪われて裸になる欲求を抑えられん」


「恥の神具って何ですか?」


「葉っぱみたいなやつや、恥の神具を所有した人間の股間に付いとる」


「つまり捕まったら、私たちもそれを見せられて裸になると?」


「そうや、しかもただ裸になるだけやのうて、仲間を増やすようにはだか戦士せんしとして洗脳されるさか、どこまでも追ってくるんや」


「それは困りますわね、キラユイさんの裸を私以外の人間に見せるわけにはいきませんし」


「そういう問題やない、そもそもワシはお前の知っとるユイではないぞ」


「記憶はいつか戻りますよ」


 カオルは気遣うように言った。


「いや記憶喪失は嘘や、ワシはチェンジの神具というやつでユイと入れ替わっとるだけや。名前はユイのフルネームと一緒やが、人間ですらないアシスタントという存在や。マタオは隠そうとしとったみたいやが、もうこの状況では隠す意味もないやろ」


「……そうだったんですか、なにやら複雑な事情があったのですね。でも大丈夫ですよ、私は顔と身体がユイさんであれば細かいことは気にしませんので。それに下品なキラユイさんも新鮮ですし、以前のユイさんと違ってガードも緩そうなので、むしろ全然オッケーです」


 カオルはいやらしい笑みを浮かべながら言った。


「ワシは全然オッケーやないんやが、とにかく捕まって裸の戦士にされる前に、マタオと合流して恥の神具を封印せんと」


「封印? そんなことできるんですか?」


「説明は後やっ! 前からも来るぞ!」


 キラユイははだかの戦士の別働隊べつどうたいに気付いたが、すでに前後から挟まれそうになっていた。


「キラユイさん、そこの階段下りましょう」


「あかん、下からも来とるっ! 上や! 上に行くぞ!」


 二人は急いで階段をかけ上がった。


「この感じやと学校の人間は全滅しとるんちゃうか!? マタオのやつ無事やとええが」


「あっ、キラユイさん」


「なんや?」


「そういえばこの先屋上です」


「は? 屋上? アホたれっ! それやったら行き止まりと一緒やないか!」


「どちらにせよ選択肢それしかなかったですし、とりあえず立て籠もりましょう」


 屋上に出た二人は扉の鍵を閉めた。


「おらー、開けろー! 大人しく恥を捧げて裸になるんだー! 本当の姿を受け入れろー!」


 追いついた裸の戦士たちはドアをバンバン叩きながら、キラユイとカオルに呼びかけた。


「うわぁ、すごいこと言ってますよ。扉も壊されそうな勢いですし、どうしますかキラユイさん?」


「うーむ、しゃあない、この手はあんまり使いとう無かったんやが」


 キラユイは腕を組みながら考えていたが、覚悟を決めて叫んだ。


「おいフロイグぅー!! そっちの世界から見とるんやろっ!! なんか使える神具をワープさせんかっ!!」


「誰です? フロイグさんって?」


 いきなり叫んだキラユイにカオルは尋ねた。


「ワシの手下みたいなもんや、役に立つもん送らせるさか、ちょっと待っとれ」


 そしてすぐにキラユイとカオルの目の前の空間が切り取られ、その穴からくつのようなものが出てきて地面に落ちた。


「あら何かしら? 何もないところから急に靴が現れましたけど」


 カオルには切り取られた空間が見えなかったらしく、不思議そうに言って、くつを指でつついた。


「使って使って! 早く僕を使って!」


「キャッ! 靴が喋った」


「それは加速かそくの神具や! フロイグようやった! これはうってつけやで」


「キラユイ様、フロイグ様の指示で助けに来ました。早く僕を使って下さい」


 加速の神具はキラユイの足元に近づきながら言った。しかし彼女はそれを拒むように加速の神具を蹴りとばす。


「ぎゃふっ! キラユイ様何をするんですか?」


 加速の神具は驚いた様子で言った。


「早く僕を履いて下さい、敵が来ますよ」


 屋上のドアは裸の戦士となった生徒たちの体当たりで、今にもこじ開けられそうな勢いだった。


「ワシは神具を送れとは言ったが、自分で使うとは言っとらんわ。ほれ、おるやろ、お前の所有者しょゆうしゃはそいつや」


 キラユイはカオルの方を指差して言った。


「えー!? その得体の知れない靴を私が履くんですか?」


 カオルは変な寒気を感じて言った。


「まあ無理にとは言わんが、ええんか? そうなるとベロキス十秒はお預けになるが」


「え?」


「そらそうやろ、ワシの役に立ったらっちゅう話やさか、当然ベロキス十秒もなかったことになるわ」


 キラユイは自分の履いていたローファーを脱ぎながら言った。


「まあしゃあない、ワシが加速の神具を履けばええだけの話や。世話になったなカオル、お前は居ても邪魔やし、奴らに捕まって裸の戦士にでもなればええ、どうせワシとマタオで恥の神具は封印するさか元通りになるやろし、ほなな」


「ま、待ってください!」


 カオルは加速の神具を履こうとしたキラユイの腕を掴んで言った。


「すいませんでしたっ! 私が履きますっ!」


「無理せんでええぞ」


「私、履きたいです、それを履くために生まれてきました! お願いします!」


 カオルはよっぽどベロキスがしたいらしく、土下座して言った。


「ほうか、分かった。ほんなら早よう履かんかい、扉も持たんで」


 キラユイがカオルを急かした瞬間、屋上のドアはとうとう裸の戦士たちにこじ開けられた。


「早よう履けっ! ほんでワシを連れて脱出せえ!」


「はいはい、履きましたよ。で? どうやって使うんですかこれ?」


 カオルはキラユイに尋ねたが、返事がとても遅いテンポで返ってくるので聞き取れない。それどころか迫り来る裸の戦士たちの動きもスローモーションになっている。


 あら? どうなっていますの? みんな動きが遅くなっているような……


 違うよ、カオル。キラユイ様やあいつらが遅くなっているんじゃなくて、僕らが加速しているんだ。


 加速の神具はカオルの心に呼びかけた。


 えっ!? 私たちが加速していますの!? というか声に出していないのに意思疎通もできていますわ! 不思議、これも加速の神具さんの力なの?


 そうだよカオル、さあ、早くキラユイ様を連れて脱出しよう。


 はい、承知しました。


 カオルはキラユイをお姫様抱っこして、スローモーションになった裸の戦士たちを避けながら、普通に歩いて屋上のドアから階段を下りて行った。

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