第8話 キラユイ入れ替わり編
「だから言うとるやろ、昨日はお前がビービー泣いとったさか、仕方なくお兄ちゃんと呼んでやっただけで、ワシはお前の妹やない。名前は似とるが、チェンジの神具で入れ替わったキラユイという別の存在や」
キラユイはマタオの自宅の台所で、彼が作ったオムライスをガツガツ食べながら言った。
「大体考えてもみい、そうでなかったら一ヶ月も意識不明やったのに、こんなピンピンした状態でいきなり退院できるわけないやろ」
「それはそうかもしれないけど」
マタオは困惑しながら、キラユイの口のまわりに付着していたケチャップをティッシュで拭いた。
「でも単純に事故の後遺症で、ユイに変な人格が形成された可能性もあるだろう? 医者も退院こそ許可してくれたけど、そこらへんについては経過観察だって言ってたし、何よりお前の言う神具ってやつが僕には理解できない」
「あ? ワシが嘘ついとるって言うんか?」
「いや、そうは言ってない。実際僕の知っているユイは風呂上がりだからといってそんな格好はしないし、ご飯粒を飛ばしながら話したり、オムライスを犬みたいに食べたりもしない」
マタオは裸にバスタオルを巻いたまま、スプーンを握り締めるように持って、口いっぱいにオムライスをかき込むキラユイを見て言った。
「それにキラユイとしての記憶はハッキリしているみたいだし、確かにユイと入れ替わったと言われれば、思いのほかしっくりくる。ただ現実にそんな現象がありえるのかと言われれば、やっぱり疑問は残るし、どちらにせよキラユイの話をもう少し整理する必要がある」
「おう、なんでも聞け」とキラユイはコップに入っている水をグビグビ飲んだ後、胸を叩きながら言った。
「ワシに答えられんもんはない」
「じゃあさっきの話に戻るけどさ、まず地球の中心に作者とアシスタントたちが存在するコア世界というのがあって、神具とかいう魔法みたいなものを使って人間の住む地上の世界を管理しているって言っていたけど、それって僕たちのいる地面の下って解釈でいいのか?」
「そうやな、その解釈で合っとる。だから人間がたどり着けんようになっとるやろ? それは作者がこの世界をそういうふうに設定しとるさかや」
キラユイはスプーンで皿をカチカチ突きながら言った。
「へえー、確かに宇宙とかと違って、地球の中心って誰も行ったことないもんなー、嘘か本当かは判断できないけど、一応理屈は通っているわけか。で、そのコア世界にある宝物庫で保管していた神具が、不幸な事故で地上に散らばってしまったというわけだな」
「そうや、あれは不幸な事故やった。ワシも全力を尽くしたんやが、止められんかったわ。ほんでしゃーないさか、アシスタントの中で一番優秀なワシが、率先して神具の回収をしに来たっちゅーわけや」
キラユイは自分の犯した過ちについては一切触れず、事実を捻じ曲げて言った。
「まーそこまでは百歩譲って理解はできるんだけどさ、一つだけ分からないことがあるんだよ」
「なんや? 言うてみい」
「なんで僕の妹と入れ替わる必要があったんだ?」
「……そ、それはさっきも言ったやろ、ワシらアシスタントは地上では存在できんのや、だから人間と入れ替わる必要があったんや」
「いや、それは分かるんだけどさ、だから僕が聞きたいのは、なんで多くの人間の中から、わざわざユイと入れ替わる必要があったのかって部分なんだよ。何か特別な理由があるんじゃないのか?」
マタオは至極真っ当な疑問をキラユイにぶつけた。
「……い、意識不明の人間と入れ替わった方が、コア世界におるワシの身体の管理が楽なんや」
「それにしたって意識不明の人間だって世界にはたくさんいるだろう? わざわざ僕の妹じゃなくてもいいと思うけど」
「ううっ………」
キラユイはバナナの皮でマタオの両親を事故死させ、妹のユイを意識不明に追いやった件については絶対に説明したくなかったので、めちゃくちゃ言葉に詰まった。
「どうしたキラユイ? まずい質問だったか?」
「にゃ! にゃにがやっ! 悪いのはこの世界やっ! ワシはようやっとるっ!」
追い詰められたキラユイは激しく動揺して、握りしめていたスプーンを床に落とした。
「そ、そうや、妖精さんのせいや! 全部あいつが悪いんやっ!」
「キラユイ!? どうしたんだよ急に、大丈夫か? 妖精さんって何だよ? やっぱりお前ユイが後遺症でおかしくなっているだけなんじゃないか?」
マタオは床に落ちたスプーンを拾って新しいものと交換した後、イスに座っているキラユイの背中を優しくさすった。
「ほら、落ち着けよ」
「す、すまん、もう大丈夫や、ワシはキラユイ、地球の中心から地上に来た天才アシスタント……ま、マタオよ、二度とユイとワシが入れ替わった理由を聞いたらあかん、こっちにも人間に言えん事情っちゅうもんがあるんや」
「そうなのか? さっきはなんでも答えるって言ってた気がしたが」
「黙らんかっ! ワシはそんなこと言うてないっ!」
「……まあいいけどさ。とにかくまだ聞きたいことはいっぱいあるんだが、結局あれなんだろ、要するに神具ってやつを全部回収しなきゃキラユイは元の身体に戻れないし、妹のユイも戻ってこないって解釈でいいんだよな?」
「そうや、それに神具を全て回収できればマタオの妹も治せるし、事故で死んだパッパとマッマも生き返るぞ」
「ははっ、さすがにそれは無理だろ、っていうかなんで父さんと母さんが事故で死んだのを知っているんだよ? キラユイにはまだ言ってなかったはずだが?」
「あっ、あれやがなっ! それぐらいはアシスタントやったら分かるっ! ワシらは世界を管理しとったんやど! 当たり前や!」
「そういうものなのか、すごいんだなアシスタントって。しかし考えてみればあの事故からずっと意識不明だったユイでは知り得ない情報だな。医者も気を遣って両親のことは僕から話すように言ってたし。ということはキラユイの言葉に嘘はないか」
「だからなんべんもそう言っとるやろが」
「じゃあ本当に神具ってやつを全部回収したら父さんも母さんも生き返るのか? ユイも元気になって戻ってくるのか?」
「余裕や、マタオがワシに協力するんやったら作者に頼んでその願い叶えたる」
キラユイは恩着せがましく言った。
「マジか……入れ替わっているとはいえ元気なユイの姿が見れただけでも感謝しなきゃならんのに、キラユイお前本当にいい奴だな、ありがとう。死ぬ気で神具の回収を手伝うよ」
キラユイはマタオの素直な言葉に、ほんの少しだけ残っていた良心がズキリと傷んだが、しかしだからといって、彼に真実を言う気にはなれなかった。
「そうや、ワシがチェンジの神具で入れ替わってなかったら、お前の妹はずっと寝たきりやったんやからな、もっと感謝せなあかん」
キラユイは吹っ切れたような清々しい表情で言った。どうやらこのまま突き進むことを決意したようである。
「だからオムライスのおかわりをよこせ」
「ああ、これ食べろよ」
マタオは自分の分のオムライスをキラユイの前に差し出した。
「僕はそんなにお腹減ってないからさ」
「おう、あとついでにこの紙に一筆書いてほしいんやが」
キラユイはテーブルに置いてあったスーパーのチラシの裏を、トントン指で叩きながらマタオに言った。
「えっ? なにを書くんだ?」
「吉良マタオは本日より過去のキラユイの行いについて、何があろうと無条件ですべて許しますと書けっ!」
「は? なんで? 妹と入れ替わった件なら気にしてないぞ、さっきも言ったようにむしろ感謝してるくらいなんだが」
「ええから早う書かんかっ!」
「べ、別にいいけどさ、何で怒ってるんだよ」
マタオは疑問に思いながらも、キラユイに要求された文言をボールペンでチラシの裏の白紙に書いた。
「これでいいのか?」
「今日の日付も書かんかっ!」
「はいはい、バカに念入りだな」
「いつの時代も人間の言葉はコロコロ変わるさか、信用できんでなあ」
「まあそれは分からなくもないけど」
マタオは仕方なく今日の日付も書いた。
「はい、これでいいだろ」
「あと印鑑も押すんやっ!」
「えー、印鑑出してくるの面倒臭いんだけど」
「ほんならケチャップ親指に塗って押したらええがな」
「あーはいはい」
マタオは呆れながらもキラユイの言う通りにして、チラシに拇印を残した。
「うむ、ええやろ。後になってごちゃごちゃ言われたら、お互いに嫌な思いをするさかな」
キラユイは満足した様子で言って、マタオからスーパーのチラシを受け取ると、筒状にクルクル丸めて胸の間に入れた。
「これで一安心やで。ほな今日はゆっくり休んで、明日は朝から神具探しに行くさか、マタオもそのつもりでな」
「いや、明日は学校あるから普通に無理だぞ、夕方からならいいけど」
「はあ? 何を言うとる、そんなもん休んだらええやないか、家族のためやろ」
「父さんも母さんも学生は学業を優先しなさいってよく言ってたし、ユイも多分そう思ってるだろうから、学校は休めないよ」
「クソ真面目な奴やで、ほんなら夕方までワシに一人で探せって言うんか?」
「いや、何を言っているんだ? キラユイも一緒に学校に通うんだよ」
「あ?」
「当たり前だろ? 今キラユイはユイとして存在しているんだから」
この全く想像していなかったマタオの発言に、キラユイは適当に相槌を打った後、頭を空っぽにして再度オムライスを口いっぱいにかき込んだ。
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