ひとりぼっちに終わる恋

葉月 望未

1 恋の終わりは私の終わり



 私は、死んだ。今、この瞬間にいなくなった。



 うん、そっか、うん。って言ったのは覚えている。

他にも何かごにょごにょと言った気もするのだけれど、よく覚えていない。


 名前のない誰かの顔がどんどん歪んでいく。表情がぐにゃりと緩やかに曲がってまるで芸術作品だわ。

だから私は貴方がどんな表情をしていたのかわからないの。




「だからね、私は何度だって死んじゃうの」 


話題がつきたから。何となく頭に浮かんだから。

話すのなんてどうってことないんだけど。という感じで私は私の思惟を目の前の彼に話した。


 ストローをくるくると回すと、氷とガラスが小さく鳴る。

それから、ミルクのおかげで柔らかい色へと変わったアイスコーヒーの中へストローを押し込むように動かす。

浮いては沈みを繰り返す透明な氷は、その液体の色に変わってしまいそうだけれど決して変わらず、中は透き通ったまま。

表面だけが自分ではない違うものに包まれる。氷から離れたくないのは周りの方だ。


 私も、と思う。

私も彼にコーティングされているだけなのかもしれない。

だって中身はやっぱり私のままだから。


「どういうこと?」


 困惑したその声に手を止めて、コップの中の小さな渦を少し見つめてから彼の顔を見た。

小首を傾けて私を見つめる彼の目はまん丸い。ワックスをつけていない髪はとても素直に横へ流れている。

薄い唇は少し開いていて、私の前では少し子どもっぽいところがあるんだから、と思う。



 私の揺るぎない考えを言えば、彼はきっとこういう反応をするのだろうという推測はたてていた。

伊達に彼女という立ち位置にいるわけじゃない。ここまでは、わかっていたこと。



でもここからどうなるのかは、わからない。


何度も頭の中でシミュレーションしてみたけれど、頭の中の彼はいつもここから動かなくなる。


 私の全てを受け止めて欲しいというのは恋愛において当たり前の気持ち。

私はその当たり前の気持ちの中に特殊な考えだと自覚がある思惟を注いだ。



 きっと彼は受け止めてくれる。

でも、それでも怖いのは今まで誰にも話したことがないからだ。


拒絶される可能性については微塵も考えていないのだけれど、もしそうされたらどうしよう。と、彼が黙っているこの途轍もなく長く感じる間に考えている。


 どういうこと?という彼の言葉に返答する気はさらさらなかった。

だってやっぱり何度考えてもここから先は彼の考えを聞いてからじゃないと進めない。だって私が長々と言葉の意味はね、って説明なんてするのはなんだか違う気がした。



 彼は一度目を伏せて暫くしてから私と目を合わせる。――本当は、ここから。


「ねえ、それってさ、恋をするたびに女――君は変わるってこと?」


 曖昧な声の入り方で、声を小さく揺らしながら彼は私の様子を窺うような目をしていた。


 私は気づかれないように静かに息を吐き出す。


 体が、特に腕がびりびりと微かに震えている……というよりも電気か何かで痺れを起こしているような感じがした。胸には熱が籠って、なんだか苦しい。


「……うん、あの、」


 彼の表情を見ればわかる。ちゃんと思ったことを口にしたけれど、私がどんな反応をするのか少し怖がっているみたい。

正解?不正解?って私のことを窺っている。正解も不正解も何もないのに、そういう目で私を見る。

それとも私の不安な気持ちの所為でそう見えるだけ?


 自分の表情が上手く制御できず、うろたえてしまった私を彼はちゃんと捉えて唇をきゅっと閉じた。

そんな彼を見ていたら、よくわからない何かに追いかけられていたような気持ちが静かに鎮静されていく気がした。


 息を吸うと空気が冷たく感じられた。息の流れに沿うように私は声を出す。


「女はだいたい皆そうだと思うよ。次、次って恋をすすめていくもの」


 視線を落とし、最近かさつきが気になり始めた手の甲に触れる。


彼の言葉に違和感を感じる、ということは私と彼の間に微妙なずれが生じている。私が伝えたいことが彼にはちゃんとまだ伝わっていない。

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