親子失格

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親子失格

「子供は勉強しなさい」「子供は勉強することが仕事です」


 母さんは、いつも僕に勉強を強制する。


「いつまでも遊んでるんじゃありません」「あなたに遊びなんて必要ありません」


 母さんは、いつも僕に遊ぶことを許してくれない。


 幼稚園に通っていた頃、僕は間違った考えを持っていた。お母さんの言うことだけを、やっていれば良かったのに。




「おい、勉なまぶ!また勉強してんのかよ。ねーくーらー」


 馬鹿は無視無視。相手にする暇があれば勉強するべきだ。僕は彼に目を向ける時間すら惜しい。


「ちっ無視しやがって。ぶっころすぞ」


 いい加減うるさいな。


「僕は今勉強をしているのです。あなたの相手をする暇はありません」


 馬鹿にはちゃんと説明してあげないとわからないらしい。勉強すればそんなことわかるはずなのに、勉強を放棄した人間は可哀想だ。


「相手にすんなって。こいつに絡むと親がめんどいぞ」


 馬鹿は素直にどこか別のところへ去っていった。やっと静かになった。これでワークも効率よくこなせる。



「勉くん、ちゃんと勉強してきたの?」


「はい、休憩時間に6年生の算数ワークを済ませました」


「見せなさい」


 ランドセルから算数のワークを取り出しお母さんに渡す。


「よろしい。次はこれをやりなさい」


 お母さんがくれたのは社会のワーク。5年生のものだ。


「わかりました。今からやってきます」


 手洗いうがいを済ませ、部屋に入ると直ぐにワークに取り組む。学校の宿題は「やらなくてもいい」とお母さんが言ったのでやらない。



 思い出したのは小学2年生の事。小学校生活は毎日がこの繰り返しだった。僕は365日、勉強をし続けた。中学校、高校も全く変わりのない生活だ。そう言えば高校に入った頃からお母さんは、「今日はもう問題がないから寝なさい」とよく言うようになった。




「勉ってバイト何やってんの?やってない?じゃあ家で何してるの?」


 大学の知り合いは、これをよく聞いてくる。もちろん勉強以外何もしていない。子供は勉強が仕事なのだから。大学に入ると、お母さんは問題を持ってこなくなった。その代わりに教科書や参考書を買ってきては、「これをすべて理解しなさい」と課題を与えるようになった。


「勉って就職すんの?院いくの?」


 お母さんに聞いたら「院に行っておきなさい」というので院に進学した。そのまま博士課程まで在籍した。




「勉君、君は何になりたいのかね?」


 担当の教授が僕に問いかける。


「僕はまだ子供です。勉強することが仕事だと思っています」


「君はもう27になるのだぞ?子供なわけないじゃないか」


 でも、お母さんはまだ子供って言うし。言葉に詰まる。


「目標なり就職なり、何か考えていないのかね?」


「……少しお母さんに相談します」


「少しは自分で考えることをしなさい。君のお母さんは、今までレールを引き続けたかもしれないが、これから先、一生レールに乗り続けるのか?君のお母さんはこの先もレールを引けるのか?」


「……」


「君は優秀だが人間実が足りていない。自身の考えどころか、欲望すら欠如しているように感じる。少し考えてみなさい」




「勉!あなたは何も心配しなくていいの!部屋で勉強してきなさい!」


 お母さんが怒ってしまった。また僕は間違えたようだ。


「おかあさん、もうすぐ博士課程を修了します。その後、僕は何をしたらいいのでしょう」


「それはお母さんが考えることです!子供は黙って勉強してなさい!!」


「わかりました。勉強してきます」




「と言うわけで、お母さんに考えがありそうです」


「前も言ったが27にもなって、お母さんの言うことだけを聞くなんて無謀だぞ。就職も決まってない、進学先も無い、これからどうやって生きていくのかね?」


「僕は子供なので……」


「甘ったれるな!子供子供と自分の人生を放棄するんじゃ無い」


「……」


「考え方がわからないなら私に相談しなさい。お母さんだけでなく、多くの人の意見を聞きなさい。今なんとかしないと、もう取り返しがつかないぞ」


「君のお母さんが全て間違っているのでは無い。君がS大に進学できたことに、お母さんの助力もあるだろう。ただ、勉強が出来ることと良い考え、柔軟な考え方が出来る事は違うのだよ。それを君に伝えられなかった。まだ間に合う、それを考えてみなさい」


 教授は僕にそう説いて、僕を研究室から追い出した。




 考える事は大人の、お母さんの仕事。でも、最近のお母さんは、答えが出せていない気がする。僕は将来何になるのだろう。これ以上の進学は難しい。就職をするのだろうか。どこに?就職活動なんてしたことが無い。お母さんが「やらなくていい」と言ったから。お母さんが「寝なさい」と言ってからも、何時間も起きていた。




「教授、今からでも就職はできるでしょうか?就職活動をするべきなのでしょうか?」


「就職したいのか?」


「就職以外の道が思いつきません」


「お母さんに相談したか」


「いえ、まだしていません」


 教授はジッと僕の目を見て何かを考える。


「わかった、もう10月だが、まだ就職試験を行なっている企業はある。特にB,C社は受けてみなさい。結果の送付先はここの住所にするんだぞ」



 初めてお母さんに隠れて行動をした。エントリーシートと書き方や、スーツの着こなし方まで教授に教えてもらった。これだけ勉強をしておきながら、生きるとこに大切な事は、何も知らないのだと知った。そして、僕みたいな人間は社会に必要がないことも。



「教授、BC,あとD社もダメでした」


「そうだろうな」


「僕は、社会不適合者なのでしょうか?」


「確かに君は、今は社会に適合できていない。だが、適合しようと努力している。君は勉強をする事の天才だ。社会について、生きる事について勉強すれば必ずモノにできるはずだ」


 初めて、人生で初めて涙が出てきた。


「もう少し募集を探してみます」


「家を出てみる気はないか?」


「考えたことなかったです」


「県外だがいい人材を求めている企業があってね。君の話をしたら興味があると言ってくれたのだよ」


 僕はお母さん無しで生きていけるだろうか。


「そこは寮も完備していてな、一人暮らしが初めての人も少なくない。君のことを知った上で声をかけてくれたんだ」


 教授は僕が何を考えているか察してくれたようだ。


「その企業、紹介してください」




「君が勉くんだね。面接とは言え本音が聞きたい。嘘をついたり、盛ったりせずに答えて欲しい」


「はい」


「まぁ、そんなに緊張しないで、まずは趣味から教えてくれるかな」


「ありません」


「家で時間があるときは何をしているのかな」


「勉強です」


「聞いていた通りだね。ではあなたの長所と短所を教えてください」


「長所は勉強をよくすることです。短所は、今まで自分で何かを考えて行動することがなかったことです。今まで、母が引いてくれたレールの上を歩いてきました。母は、僕は子供なので自分で考えてはいけない。と僕を育てました。僕は何も疑わずに何も考えようとせず、盲目的に従っていました。目を覚まそうとしてくれた人は何人かいました。ただ、僕はその言葉に耳を傾けませんでした。目を覚まさせてくれたのは酒井教授です。僕の人生、将来について真剣に考え、叱ってくれました。僕はまだ目が覚めたばっかりです。勉強以外のすべてが知らないことです。大きくスタートが遅れましたが酒井教授のおかげでスタートラインに乗ることができました。」


 あ、何、変なことを語っているのだろう。このままではこの企業も落ちてしまう。


「すいません、変に熱が入ってしまって。えっとつまり短所は、勉強以外の全てが多くの人より劣っている点です」


「大丈夫ですよ、分かりました。酒井教授から人間味の薄い子、と聞いていたけどそんなことないじゃん。生活力がないって聞いたけど、そのへんはどうなの?」


「ずっと母に任せっきりだったので何もしたことがありません」


「うちは寮だし多少はサポートできるから安心して。勉強をよくする子って聞いたんだけど」


「勉強以外したことがないので、勉強だけは得意です」


 その後は緊張も解け、質問の多い雑談のような面接になった。




「教授、採用通知もらいました」


「おめでとう。私からもお礼を言っておくよ」


「色々とありがとうございました。あとは母を説得するだけです」


「今の君ならひとりでも生きていけるだろう。なにかあったらいつでも私に相談しなさい」


「はい、よろしくお願いします」




「お母さん、お話があります」


「なんですか?」


「就職先が決まりました。春にこの家を出ようと思います」


「勝手に何してるの!辞退してきなさい!」


「いえ、就職しようと思っています」


「あなたはまだ子供なの!私の言うことを聞いていればいいの!」


「はい、僕は大人になりそびれました。なので今からでも大人になるのです」


「私が嫌いになったの!?」


「お母さんには感謝しています。S大に入れたのもお母さんの力があってこそです。ただ、僕はもう27になります。大人になっていなければならない年齢です。急がなければ一生子供のままです」


 お母さんは泣きながら僕を説得する。お母さんが泣いたのを見たのは初めてかもしれない。


「今までありがとうございました。家を出ても、また成長して会いにきます」


「もう、子供じゃ無いのね」



4年後



「お母さん、結婚を考えている彼女ができました」


「勉も幸せになれるのね」


「今度連れてきますね」


「なら料理のレパートリーを増やさないとね。今日は美味しいビーフシチューを教えてあげるわ」


 寮で生活しだしてからは、週一回程お母さんのもとに帰っている。掃除、洗濯、料理、他にも色々なことを教わっている。

 お母さんはいつまでも僕の親であり、僕はいつまでもお母さんの子供のようだ。

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