第10話 喧嘩は売られる前に買え

 トン、と机を指で叩きながら、アルフォンシーナは語る。


「――私が直接指揮する警邏はおよそ三十人に足りない。そのうち十人は机仕事にとられ、また、常に四人はこの詰め所に貼り付けになる。入れ替わりに毎日六人を休ませている。町を見張れるのは十人足らず。……とはいえ毎日もめ事があるでもなし、手は足りている」


 だが。


「いつだってケンが足りない。貴様のような、身元の分からない異邦人が町に紛れ込んだことに気づくのに一月かかる程度にはな」

「そりゃあ大変。成り手不足たぁ人気のねぇ商売なんだな」

「そのとおり、憎まれ役さ。まったく、我が国の若者には、国家の安寧に奉仕しようという熱意が些か不足しているようだ」

「どこの国だってそんなもンさ。若い連中ってのはテメェの不始末と力不足は棚に上げて、我がの力だけで生きてるような面してやがる。十分大人でございますって、尻についた糞の拭い方もおぼつかねぇ癖にな」

「そういう貴様も、若々しく見えるが?」

「俺様は別やん。その辺の連中とは出来がちゃうがな。誰の世話にもなっとらんし迷惑だってかけとらんし我がの力で生きてるし十分大人や」


 おしりもひとりでふけるもん!


 いけしゃあしゃあ。


「なんせ、俺は将棋が強いからな」

「……まぁ、いい」

「なんだ、なんか言いたいなら言えや」

「一つ言えるとしたら、たったこれだけの会話で『あ、こいつは話が通じない奴だな』と思われるというのは君にとって不幸な事だということだ。もうちょっと自らを省みなさい」

「うるせぇ」

「言えと言っておきながら……」


 オレ、ガイコクゴ、ヨクワカラナイ。バイリンガルの称号は返上やな。


 それに。


 言葉の問題を除いても、わからないことがいくつか、ある。


「話を戻そう。私の『犬』――つまり、『善意の協力者』になれ、という話だ。お前が小遣い稼ぎ、、、、、をして、私の管轄内でもめ事が起これば親身、、になってやる。貴様は代わりに見聞きした事を逐一知らせる。悪くなかろう?」

「ふぅン? ンで? 成り手不足のお前さん方ぁ、仕事が進んで万々歳――」


 それで済むわけがぁ、ねぇやな。


「――ついでに懐も温かくなる、ってぇ寸法かよ」

「なんせ人気がないのは日ごろの懐の寂しさのせいさ。なに。多少の『寄付金』で構いはしない」


 心底愉快そうに、女は笑う。

 

「――訂正しよう、貴様は話の通じるやつだ。少なくとも、早い」

「ふぅン……」


 深く。


 煙草を吸う。


 この一か月で多少減った。足す当てもねぇ。大事に吸わなきゃなんねぇ。一服毎に味あわねぇといけねぇ。


 こっちに来てから吸ったのは四回だ。


 うち三回は銀貨が十枚を超える勝負に乗った時。


 残りの一回は、見てわかる『指せる奴』が来たときだ。


 大事に吸わなきゃならねぇ。


 向こうにいたときから、決めている。


 トチれねぇ時に、吸う。


――煙草を見ても何にも言わねぇってことは、この国にも同じようなもんがあるのかもしれねぇな。なんて、頭の隅で考えながら。


 煙をぷかり、と吐き出して、いう。


「――『灰を落とす皿』が欲しいな」

「用意させよう……。貴様が我々の身内になるのならな」

「ケチくせぇな」

「ちなみに、『灰を落とす皿』は『―――――――ハイザラ』と言うんだ」

「まだまだ知らねぇことばかりでねぇ。お誘いのところ悪いが、お役に立てるたぁ思えねぇよ」


 そうだ。


 俺は、所詮言葉もおぼつかねぇ外国人。身元もわからなきゃ、ヤサだってあやふやさ。


 そんな野郎の耳目にはいる話なんざたかが知れてる。


「それによ」


 ましてや。


「犬の餌場が被っちゃあ、食い合いの取り合いは目に見えてらぁな――? 俺も先達のいるところに食い込もうたぁ恐れ多くってできゃしねぇわ」


 こいつは、すでにパチ公を『飼って』いる。


 わざわざ、同じ職分の人間を囲っても意味はねぇ。

 

「心配いらないさ。貴様の言葉はこうして聞く限り十分だ」


 見ようによっては、まるで母親か菩薩様かって笑顔を浮かべて、アルフォンシーナは手を広げる。


「時たま発音に怪しいところはあるが……。異邦人の訛りを愛嬌とも思えないような狭量なものはわが国にはいない。そもそも私はだな、貴様は貴様で、別の辻にでも立ってもらえればと思って――」

「嘘を」


 ここが。


「つくな」


 わからねぇ、ところだ。


「『話に聞いていたよりずいぶんと喋れる』――お前さん最初にそう言った。俺をあそこっから引っ張り出すまで、お前の知ってる俺は『言葉の通じない』『身元の分からない』『異邦人』だったはずだ」

「……」

「だってのに、言ったわな。『そもそもこんなところに閉じ込める気はなかった』って、よォ」


 スジモンが、目障りなよそ者をかっさらって痛い目見せようとしたわけでもねぇ。


 かといって、役人が身元不明の不審者をしょっぴいたってわけでもねぇ。


「おめぇさんにとっちゃ、俺が『喋れる事』が想定外だったんだ。だってのに、最初っからそのつもりだったみてぇに話が進む。いや、実際最初からそのつもりだったんだろう」


 天下の官警、お巡り様が、得体の知れねぇアーパーをわざわざ浚ってまでさせたいこと。


「おめぇが欲しいのは、ただの『犬』じゃあ、ねぇんだろ」


 ――ああ。嫌だ嫌だ。


「……なら」


 ゾッとするね。


なんだと思う、、、、、、?」


 美人の、はっきりわかる作り笑いってのは。

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