永遠の一対 02

 翌日は、日曜日だった。

「あれ? 優麻さん」

 皇司が着替えて居間に顔を出したときには、もうその青年は座椅子に腰を下ろして、煙草などふかしていた。しかも今日は、セーターにジーンズという、滅多に見られない休日仕様の服装だ。

 家には、彼ひとりらしい。

 司の家は神社で五人家族で――両親と、二人の兄がいたが、基本的に両親と長兄はいつも家にはいなかった。

 したがって、この家で生活している、といえるのは、司のすぐ上の兄・柚真人と司だけだ。

 もっとも司が物心ついた時にはもう生活の在り方は現在の通りだったし、改めて思い返しても滅多に両親の顔を見た覚えがない。

 長兄とは少し歳が離れていて、彼もまたとっくに家を出て独立してしまっている。

 その代わりに幼い頃から司と柚真人の面倒を見てくれていたのが、この目の前の青年・優麻だ。

 それが皇家の日常であり、司も自分のそういった日常には、とくにこれといった疑問も抱いていなかった。

 優麻は弁護士で、二十七歳。柚真人と司の友人で、放蕩な親にかわる後見人である。

 実質的にはこの後見人が、家のことについてもまとめて管理してくれているらしく、司にとってこの後見人は信頼できる人間である。

 なので自分の両親や長兄がいつ家に帰ってきているのかとか、一体何で生活費を稼いでいるのかといったことは、今の司には、考えても詮のない謎だった。

 ただ、司のすぐ上一歳違いの兄、柚真人が神道学の修行を納めて――これも一体いつの間にという疑問があるにはあるのだが、ともあれ皇神社の神主となったのが二年前だから、それまでは両親がこの神社を預かっていたのだろう。多分。

 皇家は、皇流神道を伝える由緒ある一族の総本家である。

 その血統は千年以上前から続いているという話で、しかも何やら有り難い血統筋であるらしい。

 ゆえに、両親も何がしか有り難い仕事に精を出しているのではなかろうか。

 とだけ、司は思うことにしていた。

 神社に生まれてしまったのだから、司も家の手伝いのような感じで、巫女を勤めはする。でも司の家の手伝いは、兄のそれに比べれば、所詮はまね事に過ぎなかった。 いまは、全部兄が神社の仕事を取り仕切っている。

 兄は、司とひとつしか年が違わないのに、すでにあらゆることに対してそつが無く大人びていて。おまけに超がついておつりがくるほど、容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、そんなふうに褒めちぎってもまだ足りないくらい非がなくて、嫌味なほどに何でも完璧なまでにこなしきる力量の持ち主だ。

 そういう意味では、兄はまさにこの社の神主として生まれついたというべきで、今日も『仕事』――なのだろう。

 そんなことをつらつらと思いながら、

「どうかした? こんな朝早くから、うちの居間にいるなんて」

 と言ってはみるが、時計を見やれば十時過ぎ。

 言うほど早い時間では、ない。

 単に司の起床が遅いのだった。

 長く伸ばすと色々とわずらわしいので、いつも短くしている髪を片手で梳くと、欠伸が出た。

 司は柚真人の妹であるから、彼女も間違いなく美少女といっていいはずの顔容の造作の持ち主なのが、その雰囲気は兄のものとはまったく違う。

 兄が超然としていて中性的であるのに対して、司はどちらかというと少年ぽくて、人なつこく朗らかだ。

 もちろん、神社の神職としては、いわゆる一般的な『美少女』とは一線を画すような、侵し触れがたいような、涼やかな空気を持ってもいる。

 巫女の装束を身にまとうとそれはいっそう際立つが、司本人は、そういった家の稼業をあまり好ましく受け止めてはいなかった。 

 そんな彼女をにこにこと見つめる優麻は、といえば、彼女のそういうところをこそ、いたく気に入っていた。

「少し、時間がありましたので、様子を見に。今日は、法廷も休みなので」

 答える優麻の本業は弁護士だから、確かに日曜日は裁判所も休みではあろう。しかし、次に優麻が続けた言葉から、司はなんとなくわざわざ休みの日に彼がここに顔を出している理由を察した。

「受験勉強、調子はどうです?」

 司は現在中学三年生で、優麻に家庭教師を頼んでいたのだ。

 日曜日である今日はその予定もないはずではあるのだけれど、そろそろ当の受験が近づいて来ている。

 そのための、優麻なりの配慮なのだろう。

 だから司は頷いて、

「うん。数学でいくつか、ちょっとわからないところがある。困ってたんだ、兄貴はぜんぜん相手にしてくれないし。あとで教えてもらっていい?」

「ええ、もちろんですとも」

 皇柚真人の妹は、自分も畳に座る。

 それから、卓の上のリモコンを取り上げて、テレビをつけた。

 急に賑やかなワイドショーの音声で、居間の空気が満たされた。

「……ところで兄貴は?」

「おでかけです」

 即答。

 かつ、後見人の青年のどこか愉しそうな表情を見れば、これにもなんとなく悟れることがある。

「ふうん……」

 と司は唸って、テレビ画面に目を向けた。

「……日曜だってのに。まあ、日曜日に兄貴がなにしてようと知ったことじゃないんだけど」

「司さんのお手を煩わせるようなことは、何もありませんから、心配しなくても大丈夫ですよ」

「別に心配はしないけどさ。あの兄貴だし。……じゃあ私は、とりあえずコーヒーでも淹れようか?」

「ああ、そうですね。でも、私がやりますよ、司さんはそのままで結構です」

 いつもただでさえ開いているのか閉じているのかわからない眼鏡の奥の目を、さらに細めて優麻が言った。 

 そのまま立ち上がった優麻が向かっていった台所からは、引き続いて勝手知ったる勢いで何やらはじめた物音が聞こえてくる。

「――ああ、そうだ、司さん。トーストでも作りましょうか? 朝食まだでしょう? かといって、お昼まで、まだ間がありますし。いかがです?」

「あ……う、うん。ありがとう。お願いしちゃっても、いいかな」

「もちろんです。かまいませんよ」

 頼まれたわけでもないのに、非常に良く気のつく男である。

 まあ、だからこそ余計なことを尋ねたり聞き出そうとしたりする隙もないもだけれど。

 もちろん、詳しく知りたいわけではないのだ。

 でも、まったく気にならないといえば嘘になるし、気にするなと言われても、それはそれで、なにかが胸にわだかまる。

 ――それがうちの仕事、だっていうのは、わかってるけど。

 目を瞑るなら、口は挟めない。

 目を瞑るなら、その先を知る資格もない。

 それが、今の司の立場であることも確かで。

 司は、見るともなしにテレビを見ながら、頬杖をついた。

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