第2話 好きに動けって言われてもねぇ

 意気込んで飛び出そうとした俺の目の前で、角兎がパタリと倒れた。よく見ると角の下、眉間の所に深々とドナートの放った矢が突き刺さっていた。

 むぅ、俺が倒したかったのに……。


 俺が涎を垂らしながら肉、もとい角兎を見ていたからか、その場で野営となった。

 馬車を路肩に寄せ、いつものようにエミーリオが馬の世話を、チェーザーレが草を刈り、ベルナルド先生が炉を組む。

 ドナートが慣れた手つきで首を落とした角兎は、成体の豚くらいの巨体で。何でもこの兎は肉食なのだそうだ。どうりで逃げるでもなく向かってきたわけだ。


「本当は吊るしたほうが良いんだが……」

「木が無いし仕方ないな」


 ああ、逆さにしたほうが自重で抜けやすいのか。そのくらいの知識はあったのか……と思ったら先々代の勇者が伝えたらしい。解体場ではちゃんとそれ専用の器具があるそうだが、こういう旅の道中では荷物になるから適当な巨木に吊るすんだそうだ。

 これまでエミーリオは穴を掘るだけだからあまりそういう知識もないのかと思ってたよ。


「ブルルルルッ」


 ドカッ、と大きな音がして見ると、またあの馬がエヴァにちょっかいかけて蹴られていた。

 懲りないな、お前……。エミーリオに擦り寄って牡馬に向かって歯をむき出しているエヴァを見ると、男として牡馬を応援してやりたくなってくる。

 頑張れ、とそっとエールを送ってドナートの作業を見るのに戻った。


『うん? 角をどうするんだ?』

「角は、加工して短剣や調理用のナイフになるんだよ。大きさも手頃で、それなりの強度がある」


 ドナートが頭の角を取り外していた。頭部は他に使い道がないらしい。


「えっと、ミソを食べたい奴いるかー?」

「遠慮します」

「俺もいらん」

「わたくしもちょっと……」


 穴を掘って頭を埋めようとしていたドナートがふと思い出したように周りに聞くと、口々にいらないと返ってきた。ミソ?

 と、いつの間にか傍にいたチェーザーレがそっと頭を受け取って兎の頭をカチ割る。ここから先は俺の口からはとても……。かなりグロイ光景であった。

 グロイんだが、出来上がった食事は美味いんだよな。


 昼食として出されたのは、兎の肉を丁寧に下処理をして焼いたものだった。煮込み料理が美味いと鑑定ちゃんは言っていたのでリクエストしたのだが、却下された。時間のかかる煮込みは夜に作るってさ。

 ルシアちゃんが焼けた肉を食べさせてくれた。味付けは醤油とニンニクっぽい香りの香草。胡椒もあるのだが、使うのが勿体ない、と使用されていない。入手しにくいわけではないが、高級品らしい。

 チェーザーレはそれにプラスして例のミソを湯通しして濾したムースっぽいものを匙で掬いながら酒をちびちび飲んでいる。

 解体の時はグロすぎて引いたけど、こうして料理になって出てくると凄く美味い。臭みもほとんどない。


「む、この味は……これなら今度ニンニクも持ってきて大丈夫だな」

『おお、楽しみだな』


 味を確認した1号が次に持ってくる食材を決めたようだ。

 持ってくるのはあくまで、俺達がこちらの食材で再現できるものと決めているらしい。

 確かに、二度と食べられないものを食べさせられることほど酷なことはないもんな。




「さて、そろそろ匂いに魅かれて集まってきたのを間引きますか」

「あら、わたくし結界を張りますわよ?」

「いや、このままモンスターを引き連れてオーリエンに入ったら罪になるからな」


 食事を終えると、伸びをしながら武器を手に取るアルベルト。ここはまだ背の低い草やせいぜい灌木くらいしか周りになく、かなり距離があるうちからモンスターを発見できる。

 俺達を囲むように集まってきた多数のモンスターにルシアちゃんが結界を張るよう申し出たが、結界はルシアちゃんが眠れば消えてしまうし夜の事を考えると確かに数を減らしておきたいところ。


『俺様も行こう』

「ふむ、じゃぁいつも通り二組で四方に散るか。リージェは好きに動け」

「「「「了解」」」」


 アルベルトの指示で三方向に散っていく。好きに動けって言われてもねぇ。

 いつも通りアルベルトがベルナルドと組んで、ドナートとチェーザーレが組んで、バルトヴィーノがエミーリオと連れ立っていったら、ルシアちゃんを守るのは俺しかいないじゃないか。


『ではルシア、俺様達はあっちだな。あの灌木の所まで行って戻ってこよう』

「はいっ!」


 誰も向かわなかったオーリエン側。ほとんどが先に駆け出したアルベルト達の方に向かっていって、こちらに向かってくるのはさっきドナートがあっさり倒した角兎くらいだ。

 俺とルシアちゃんはのんびり散歩するかのように前に進み、襲い掛かってきた角兎を駆逐しながら灌木まで来た。


 なんだかんだでルシアちゃんも結構強い。いつぞやのメロンを刈る時にも使っていた鉈を取り出すと、兎の角を避けてその首を一撃で切り裂いていく。

 これは、結構レベル上げにちょうど良いイベントだったのではないだろうか。


「痛っ」

『ルシア?!』

「いえ、大丈夫です。この木の枝に棘があって、ちょっと引っかけただけですわ」


 あらかたこちらに来た角兎は倒せたのではないだろうか、と思った時ルシアちゃんが小さな悲鳴を上げたのだ。

 ルシアちゃんに言われて灌木を見ると、確かに棘がたくさん……たくさん……ん?


『これ、山椒じゃね?』


 俺の家の庭にあったのとそっくりな形の葉や棘。実も成っている。

 念のため葉っぱを千切って匂いを嗅ぐ。ツン、と鼻に抜けるような香り。口に入れると舌先が痺れるような辛み。やっぱ山椒だ! 食材発見!

 

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