(閑話)聖女の憂鬱 2

 リージェ様がお勉強をすることになりましたの。それも、王城で。

 リージェ様が立派な聖竜となれるよう導くのは、聖女であるわたくしの務めだと思っておりましたのに。

 リージェ様の成長を近くで見守れないなんて、あんまりですわ。



 一方で、救護院での治療もだいぶ進みましたの。

 元気になった人々が救護院を去る時の笑顔で、とても誇らしい気分になりますわ。

 わたくしが必要とされるのは誇らしいのですが、救護院が不要な日がくる方がよほど良いですわね。

 そんな日が、一日も早く訪れますように。そのために、一日も早く暗黒破壊神を封印しませんと。





「よ、聖女様。頑張っているみたいだな」

「アルベルト様?!」


 またまた急いた気になっていたところに、そんな軽い口調で声をかけられました。

 アルベルト様、ベルナルド様達と一緒に岩の運搬の警護に行ったのでは?



「ああ、伝令も兼ねてるのでな。交代で早馬を飛ばしてるのさ。今は俺の番」


 石切り場までは早馬を飛ばして二日の距離。

 合流して、警護をして、報告のための早馬を飛ばしてまたすぐにあちらに合流というのを交代で行っているのだとか。


「ベルナルドが魔法で運搬を手伝い始めてな。モンスターもほぼドナートとバルトヴィーノで蹴散らしているから、かなり運搬速度が上がったぞ」


 歩兵が駆け足をするくらいの速度で進んでいるようで、石切り場から最初の町を出た所だそうです。

 アルベルト様がこうしている間にも進んでいるだろうから、あと三日ほどで到着するのではないかという嬉しい報せでした。


「あ、あの。アルベルト様!」

「ん?」


 出立しようとするアルベルト様を思わず引き留めてしまいました。

 こんな質問をするのは少し恥ずかしいのですが。リージェ様の為ですわ。



「あの、リージェ様に美味しいお肉料理を食べさせてあげたいのですが、わたくし長いこと王都を離れておりましたので、お店を知りませんの。お勧めがあれば教えていただけないでしょうか?」

「ん? ……ああ。そういや、聖女様は元々お姫様だったな。なら尚更詳しくないだろう」



 アルベルト様は簡単に街の地図を描いてくださいました。

 裏路地は入り組んでいて入る勇気がなかったので、これで安心です。


「肉ならここ、魚はここ、酒は……っと、失礼。まだ飲める歳じゃなかったな。印を打ったところが割と静かで味も良い。他の客に絡むような奴がいなくてお勧めだ」

「ありがとうございます」


 わたくしが気後れせず入れるお店を考えてくださったようです。


「じゃあ、今度こそ行くから。女神の加護を。あまり無理すんなよ」

「はい。アルベルト様も。女神様のご加護がありますように」


 長時間離れる大事な人の安全を祈るお別れの言葉に、頬が熱くなるのを感じます。

 思えば、お父様とウェルナー様以外の殿方と二人きりというのは初めてでした。

 教会は特に異性との交際を禁じておりませんし、わたくしもいつかは誰かと結婚する時がくるのでしょうか。その時は……いやですわ、わたくしったら。使命を果たすのが先ですわ。





 リージェ様を迎えに王城へ行ったら、またお父様に泊っていかないかと聞かれましたの。

 どこまで冗談なのかわかりませんわ。

 わたくしは、7歳の洗礼を受けた時にお父様とは他人になったのですから。


 この国では、7歳になった子供たちが一斉に受ける洗礼式を受けます。そこでスキルや称号を授かり、見合った職業に奉公として修業に出ますの。

 それは王女であったわたくしも例外ではなく。王となるのに必要な「統治」や「屈服」といったスキルを期待されていただけに、聖女見習いの称号と治癒のスキルをいただいたときはショックでした。自分がお父様たちにとって不要な存在になってしまった気がしましたの。



 聖女の修行場とされるダンジョンはとても危険で、正直、こうして帰ってくることは叶わないと思っておりましたわ。

 無用な争いを防ぐため、聖女見習いの称号を得た翌日にわたくしは家名を捨てましたの。



 我が国には教会の総本山があります。

 女神を信仰する宗教において、女神の代行者である聖女は神に次ぐ絶対の地位を持っています。

 かつて増長した教皇が、新興宗教の徒や女神への信仰心が薄い人々を暗黒破壊神の信者として大量処刑したという事件がありました。

 宰相でもあった時の教皇はそれを是とする法律まで作ったり、他国へ戦争を仕掛けたりとやりたい放題で。

 そんなことがあって、教会を政治に関わらせてはいけないと6代前の国王が宗政分離を成し遂げたのです。




 聖女であるわたくしが王城に出入りすることで、宗教が政治に介入するための口実なってはいけないのです。

 岩を手配したり、リージェ様の教育を施してくださることは確かに助かります。ですが、このままお父様に甘えていてはいけませんわ。

 リージェ様のお勉強が終わったら、いいえ、岩が届いて結界を張り直したら、国を出ましょう。

 噴水の如く喋り続けるお父様を前に、そう決意したのでした。



 その帰り、リージェ様が文字を覚えたことをとても嬉しそうに話すのです。

 悔しいですが、やはり預けて正解だったのですね。

 リージェ様の成長は喜ばしいですが、寂しいと感じてしまうわたくしは悪い子でしょうか。


『救護院の方はどうだったのだ?』


 リージェ様がわたくしの一日を聞いてくださいましたので、今日いただいたお金で夕食を食べに行こうと提案しました。

 場所はもちろん、アルベルト様に教えていただいたお肉料理のお店ですわ。



 勧めてくださった通り、落ち着いた雰囲気でしたの。

 リージェ様のことも嫌な顔一つせず客として扱ってくださいました。

 出てきたムッカステーキに目を輝かせるリージェ様。


「キュッ♪ キュッキュ~イ♪」


 一口食べるごとに、弾んだ声が漏れています。

 ゆらゆら揺れる尻尾もとても嬉しそうで。いつまででも見ていたいですわ。

 こんな穏やかな時間は、とても久しぶりです。



 こんな時間がいつまでも続けば、という願いは叶いませんでした。

 助けを呼ぶ血まみれの男性。

 リージェ様はその求めに応じ北門へと飛んで行ってしまいました。

 わたくしはリージェ様に言われた通り救護院へ。


 何日か前に見たばかりの地獄が再び広がっていました。


「命の危機に瀕した方からですわ。動ける方はご自分で手当てをお願いします!」


 皆で手分けして治療を施していき、日付が変わった頃。

 とてつもない爆発音が致しました。

 不安に駆られた人々を落ち着かせ、治療を続けます。

 どうかご無事でいてくださいませ、と祈りながら。



「聖竜様が、爆発に飲まれた!」


 怪我をされた人が次々に訪れ、少しずつ戦況が見えてきた頃。

 そんなことを叫びながら飛び込んできた人がおりました。


「リージェ様は無事なのですか?!」


 わたくしは思わずその方に掴みかかってしまいました。

 治療どころではありませんわ。今すぐにでも北門へ行かなければ。

 ああ、でもここにはまだまだ怪我人が。どうしたら……。



「聖女様は治療を続けてください。聖竜様は俺達で探しに行きます」

「わ、わかりましたわ。どうかお気を付けて」


 

 地響きを感じる中、簡単な手当てを施しただけの冒険者がそう言ってくださいました。

 今すぐリージェ様のもとへ駆け付けたいところですが、わたくしの最優先の使命は人々を助けること。

 予断を許さないこの状況で、救護院を離れるわけにはいきません。

 リージェ様、どうかご無事で……!



 


 ですが、それからしばらくして、ケロッとした顔でリージェ様は戻ってこられました。


「もうっ! リージェ様ったら無茶をして!」


 ご無事が確認できて安心できたからでしょうか。涙が出てきましたの。

 抱きしめた胸の中でジタバタと暴れるリージェ様。

 回復魔法を何度かかける程度には怪我をされておりましたが、この命を失わずに済んだことを、心から女神様に感謝しましたの。




「キュククククッ」


 枕元で何やら言いながら寝ているリージェ様。

 まだ夜は明けてませんが、やる事は多いのです。

 起こさないようにそっと抜け出して、後ろ髪を引かれる思いで救護院へ。




『休まなくて大丈夫か?』

「ええ、治療を待っている人がたくさんおりますから」


 いつの間にか来ていたリージェ様が心配そうにわたくしの顔を見つめていました。

 声をかけられるまでリージェ様に気付けないなんて!

 わたくしを心配してくださるリージェ様、なんと優しいのでしょう。


 本当は王城へ行き本を読んだりしたいのでしょうに、わたくしのもとへ来てくださるなんて、感激ですわ。

 大丈夫だということを示すために腕を振り上げて見せました。


 リージェ様の負担がないよう、頑張りますわ!

 と気合を入れてみたものの、数人回復魔法をかけただけで限界が来てしまったようです。

 視界がぐるぐると回り、治療はおろか立つこともままなりません。



 ああ、わたくしったら本当に役立たず……悔しさに涙が出るのを感じながら、意識が遠のいていきます。

 目が覚めたらリージェ様に怒られましたの。

 昨夜と逆なのがおかしくて。心配してくれたのが嬉しくて。

 怒られているというのに微笑んでしまい、また怒られましたわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る