(閑話)ディオ・リジェロ様観察日記 3
「キューッキュッキュキュキューッ」
わたくしが聖女になったのを一緒に喜んでくださったリージェ様は、そのまま森の方へと行こうとします。つい慌てて尻尾を掴んでしまいましたの。
ペショッ、と軽い音を立てて地面に顔を打ち付けたリージェ様は涙目でこちらを睨んできます。申し訳ないとは思いつつ、そんなお姿も可愛らしいのですわ。
「じきに夜になりますわ。何の準備もなく出るのは、いくらリージェ様でも死にに行くようなものですわ」
リージェ様はこちらが真摯に接すればちゃんと聞き分けてくれますの。今回も、大人しく部屋に戻ってくださいましたわ。
翌朝、お昼以降に食べるのに多めにザンナ・メロンを収穫すると、リージェ様自ら器用に布に包んで背負われてましたわ。出発する気満々ですわね。
「リージェ様、出発前に、ザンナ・メロンをブレスで焼き尽くしていただけませんか?」
首を傾げ不思議そうな顔を向けるリージェ様。この顔が一番可愛らしいと、わたくし思うのです。
わたくし達がここを旅立てば、次に来るのは次代の聖女候補が見つかった時です。何年後、何十年後かもわかりません。その間にここがモンスター化したメロンだらけになっては困ります。
説明すると、「キュッ」と小さく鳴いて片手を上げるリージェ様。本当に可愛らしいですわ。
わたくしが言うまでもなく、神殿に燃え移らないよう考えてくださっていました。本当に、生後二ヶ月とは思えないほど賢いのです。さて、わたくも準備しなくては、ですわね。
女神様に祈りを捧げ守りの力を封じた石を神殿の周りに等間隔に並べていきます。リージェ様がお生まれになってから毎日一つずつ準備をしていたので、これが最後の一個ですの。間に合わないかと思って昨日遅くまで残りを用意していたので寝不足ですわね。
「キュ?」
聖結界を張った神殿を、リージェ様が不思議そうに叩いておりますわ。ふふ、いくらリージェ様でもこの結界は破れないようですわね。これなら最深部のモンスターが攻めてきても大丈夫でしょう。
出発準備を整えたわたくしを見て何となく残念そうな溜息を吐いたのは、きっとわたくしの気のせいです。……気のせいですよね?
「キュッキュキュ~!」
飛び立つリージェ様の後を慌てて追いかけていきます。
ドラゴンの感覚はその全てにおいて人間より遥かに優れていると聞いています。そのためでしょうか? モンスターと一度も遭遇することなく最下層を抜けました。
一寸先も見通せないような暗闇の階層だったため、持ってきたランタンに火を入れました。このランタンも、
ランタンの光を反射してキラキラと輝くその階層はとても綺麗で。空気ですら洗浄されたかのようでした。
視界の悪い中をリージェ様はスイスイ飛んでいきます。
足場は滑りやすくゴツゴツとした岩が重なり合い、ところどころ縦穴も空いています。必死で追いかけますが見失ってしまいそうです。
そうして暫く慎重に進んだ時でした。
「キュキュッ!」
突然、リージェ様が肩から離れ、わたくしの目の前で翼を広げると鋭く鳴いたのです。
何事かと思いランタンを掲げ様子を窺ったわたくしの眼に飛び込んだのは、先代聖竜様。何度もお食事のご用意をして、鱗を磨きあげお世話をしたのです。見間違いようがありませんわ。
「先代様……」
マザーからお亡くなりになったことは聞いておりましたが、まさかこんな所で。ショックのあまりランタンを落としてしまいました。辺りが闇に包まれます。
「キュッ」
リージェ様の声で我に返りました。いけない、こんなモンスターがいるかもしれない場所で明りを落とすなんて!
リージェ様が天井に向かってブレスを吐いてくださり、その明りを頼りにランタンを拾います。カバーは割れてしまっておりましたが、何とか使えそうですわ。
明りをつけると、リージェ様が先代様に縋り付くようにしていました。マザーの話では、先代様はリージェ様のお母様だったはず……やはり、実の親子というものは会ったことがなくてもわかるものなのですね……。
よく見ると、先代様の遺骸から神々しい気配を感じます。
「これは……聖結界?」
時間が経っているせいかわたくしの使うものよりかなり弱々しいですが、それでも、本能で生きているモンスターを近寄らせない効果ならあります。
ここまで一度もモンスターと遭遇しなかったのは、先代様のおかげだったのだと、ようやく気付きましたわ。
触れてみると、波紋が広がるかのように温かいものが指先から伝わってきますの。
半年以上も、こんな所でおひとりで、自然の摂理に反してまでわたくしたちを守ってくださっていたのですね。
「リージェ様、わたくし、先代聖竜様を眠らせて差し上げたく存じます」
「キュッ」
結界を解除すべく伸ばした手を、リージェ様が掴みます。そして、何やら必死にそれをわたくしの荷物の方へ……
「もしかして、お腹が空いたんですか?」
「キュイッ」
そう言えば、わたくしったら、まだ幼いリージェ様のために休憩を取ることを一度もしておりませんでした。
リージェ様と共に腰を下ろして食事を摂っていたら、いつの間にか眠ってしまっていました。寝不足だったせいですわね。
モンスターへの警戒もせずにぐっすり眠れたのは、先代様の結界のおかげですわ。
「キュァァァァァァッ」
リージェ様も眠っていたようですわね。目を擦りながら大口を開けて欠伸しております。欠伸するときに声が出るのは稀なのです。とても可愛らしいものを見られましたわ。
リージェ様も起きられましたので、出発準備を済ませ先代様の結界を解きます。シャラシャラと音を立てて先代様の遺骸が天に召されて行きました。
「先代様……お疲れさまでした。今度こそゆっくりとお眠りください」
祈りを捧げた後、そこには鱗と爪が残されておりました。それ自体が暗黒破壊神に対抗しうる武器となります。
先代様の愛を感じている間にリージェ様がしっかりと包みに入れて背負ってくださいましたわ。
それが必要なものだとわかっているとは……やはり、リージェ様は生まれながらに聖竜なのですね。
それから再び上を目指して進みます。迷いなく進むリージェ様の後を必死についていくと、とても綺麗な水の流れる場所に出ました。
いつ辿り着けるかわからない以上、飲み水は貴重です。
「このお水、飲めるのでしょうか」
「キュキュッ」
汲もうと思って近寄ろうとすると、リージェ様が首を横に振りました。飲めない、と仰っているみたいです。
リージェ様がいなければ、きっと飲んでしまっていましたね。本当に、リージェ様がいてくださって良かったですわ。
そうこうしているうちに見覚えのある場所まで戻ってきました。来た時にだいぶ長い距離を滑り下りて、とても楽しい気分になったのを覚えています。
が、こうして見るとけっこう距離が短く見えますね。幼い頃の記憶と言うものはやはり美化されるのでしょうか……。
「キュッキュ~ゥゥゥゥゥ!」
リージェ様がわたくしの背負い袋の上で何やら力んでおりますが……パタパタと風が当たるばかりで。えぇ、上に行こうと仰っているのですね。頑張りますわ。
ですがその坂はとても滑りやすく、何度登ろうとしても滑り落ちてしまって先へ進めません。
「リージェ様、先に行ってこれをどこかに結わえてもらえませんか?」
「キュッ」
リージェ様がロープを掴んで飛んでいくのを見送ってから、気付きました。いくら賢いとはいえ、結わえるのでしょうか?
ハラハラしながら見守っているとリージェ様がロープの端を持ってまた下りてきました。無事結べたようで、引っ張ってみても落ちる気配はありません。
「ありがとうございます、リージェ様」
「キュッ」
頭を手に押し付けてくるのがとても可愛らしくていつまでも撫でてしまいますの。リージェ様は頭を撫でられるのがお好きなようで、目を細めてされるがままになっております。
リージェ様の助けも借りて、滑りながらも何とか上までたどり着けました。
早く先に進みたいのか、呼吸の整わないわたくしをじっと見つめてくるリージェ様。不甲斐ないパートナーで申し訳ありません。
見慣れない明りに照らされたその階層は、小部屋がたくさんありました。モンスターの気配もそこかしこからしますの。
ですが、今のわたくし達ではまだこの階層のモンスターには勝てないと思います。レベル上げをするするにも、もう少し上の階層ですね。
なるべく戦闘を回避していきましょう、というわたくしの提案にリージェ様がキュッ、と返事したかと思うと、凄い速さでどこかへ飛んで行ってしまいました。
「リージェ様? どちらへ?」
あっと言う間に見えなくなってしまったリージェ様を探して飛んで行った方向へ進みます。幸い、通路を徘徊するモンスターには遭遇しませんでしたわ。
耳を澄ますと、かすかに戦闘音のようなものが聞こえます。まさか……。
慌てて音のする方へ進みますが、その頃には音は止んでしまっておりましたの。
「リージェ様?」
「キュ~ッキュッキュ~イ!」
抉れた通路、割れた入口の小部屋からリージェ様の声が聞こえます。
小部屋を覗くと、リージェ様がわたくしに気付きピョンピョン飛び跳ねておりました。和んだのも束の間、怪我をした方々が目に入ります。
「まぁ、大変! 大丈夫ですか?」
怪我をされた方々の中に高位の魔術師の方もいたようですが、回復系の魔法は使えないみたいで私が治癒魔法をかけるととても感謝してくださいました。
リージェ様が急にいなくなったのは、この方たちを助けるためだったのですね。さすが、小さい聖竜様ですわ。
治癒魔法をかけていくわたくしの横で、リージェ様が何やらわたくしの動きを真似していらっしゃいます。
「キュッキュキュキュィッ」
チラチラとわたくしを見つめてくるつぶらな瞳。
大丈夫ですよ、リージェ様。聖竜も治癒と結界の術を使えるようになりますから。いっぱい練習していきましょうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます