第2話
僕はぬかるんだ地面に尻餅をついて泥んこまみれのケモミミ幼女に手を差し伸べた。
ケモミミ幼女は恐る恐るその小さなお手てを伸ばしたり引っ込めたりしながら、最終的に僕の手を柔らかくて暖かな感触が包んでくれた。まさに恐悦至福である。
「うんしょ!」
とたまらなく可愛い掛け声と共に彼女は立ち上がった。とてとてとよろけた彼女を僕は慌てて支える。その際に僕の左手が彼女の肩に触れた。揉むようなことはしないが、しかし離さないようにしっかりと掴んだ。
「あの、変態さんもう大丈夫だからお手て離してね。」
困ったような表情で言ってきた彼女に僕は「ごめんね」と渋々、そっと手を離した。まだ手の中に彼女の感触が残っている。
その感触をいつでも取り出せるように念入りに脳内フォルダーに記憶した。
「僕は太郎っていうんだ。お嬢ちゃんはなんていうのかな?」
「わたしはアミティだよ。でも変態さんが呼んでくれてたみたいにお嬢ちゃんって呼んでほしいなあー。」
太陽の笑みが再び繰り出された。僕は「そっか。良い名前だけどね。わかったよお嬢ちゃん。」と返した。
アミティちゃんは「わたしお嬢ちゃんだってー!もうやだー。」とけらけら笑って体をくねらせていた。
もしかしたらお嬢様扱いされるのが嬉し照れ臭いのかもしれない。
実際はお嬢「ちゃん」だけど、幼女に対してお嬢様扱いするのは当然なのであながち間違ってはいない。
僕はアミティちゃんととりとめもない会話をしながら近くの雨宿りが出来そうな場所を探した。
「アミティちゃんの保護者さんはどこにいるのかな。」
僕がそう尋ねると彼女の今までの笑顔が嘘のようにうなだれて、ついには下を向いてしまった。ずずっと鼻をすするような音も聞こえてきた。
「わたしママに森には入っちゃダメって言われたのに。
綺麗な蝶々さん見つけて、追いかけてたら急に雨が降ってきて……。帰ろうとしても……帰り道、わかんなくなっちゃってぇぇっ。」
声に嗚咽が混じり出した。
「大丈夫だよ。ママさんのところに絶対帰れるから。その時に謝れば良いんだよ。」
と根拠のない励ましをかけながら、泣きじゃくる彼女の濡れた頭を撫でた。
実際のところ僕の方が迷子のようなものである。それも道とかいうレベルじゃなくて人生レベルの迷子である。
ここは異世界である。僕が元の世界に帰れる可能性など0%に近い。しかし彼女は違う。彼女の住んでいる人里は、幼女が歩いてたどり着ける範囲にたしかに存在するのである。棒でも倒して歩いてみれば、3割くらいの確率でたどり着けるんじゃないだろうか。僕が来た方角は自然と潰れるわけだし。
なに、僕には棒倒しでアミティを見つけることができたという実績があるのだから。運はある。きっとなんとかなる。
いやしてみせる。嬉し泣き以外の幼女の涙など許されないのだ。
さしあたっては今はこの雨をしのがなければ。
「ね。早く入ろ。変態さん」
「うん。そうだね。」
今度はちゃんと彼女が僕の醜いものを見ないように横に並んで木の下へと一緒に歩いていった。
しばらくして土砂降りだった雨は空気を読んだのか、いくらか控えめとなった。
カエルの声がそこら中からはっきりと聴くことが出来るくらいには、雨音は静かえめだ。
つまり、救助を求める声を上げればアミティちゃん住む人里まで届く可能性がある。いや、届かせてみせる。
幸いなことに、大きな木の下は驚いたことに乾いた土があったくらいだった。有能な自然の傘である。
しかし、今アミティちゃんは寒さに震えている。体がブルブルと震えていて、その血行の良かった頰は青く、唇も紫色に変わっていた。
震えていると言うことは、まだ筋肉を動かすエネルギーが残っているということである。けれど低体温症の症状であることには変わりない。
いずれ筋肉を動かすエネルギーすら不足して、意識も混濁してくる。濡れた服を着てることも悪い点である。本来ならばここで颯爽と上着を彼女に被せたいのだが、あいにく装備品は葉っぱ一枚である。
流石に彼女も股間に当てていた防寒具にもならないものを渡されたくないだろう。
だから僕は言った。
「お嬢ちゃん。ちょっと服全部脱ごうか。」
アミティちゃんがこっちを見上げたまま固まった。
「わたし、変態さんは見せつけるのが好きなだけの変態だって信じてたのに……。
わたしみたいなちっちゃい子に欲情しちゃうようなダメな人だったんだね……。」
彼女の反応が思ってたのと違った。
僕が予想していたのは泣きじゃくられて、距離を取るなどの激しい感情の発露である。
実際はどうか。
出会った頃とは打って変わって、彼女は僕のことをまるで可哀想なものを見るような目で見ている。
もはや軽蔑もない。その目にあるのは憐れみである。ぼくはその目に見覚えがあった。
僕の友達が
「その性癖さえなきゃ、バリバリ優良物件なのに。」
「友達としてはいいけど男としては……。というか人としてもちょっと。」
「俺、非リアでブスだけどイケメンで友達多いお前に全然嫉妬しないわ。むしろ哀れみすら感じる。」
「生まれ持った性癖だもんな。どうしようもねぇよ。」
「それでも一線を超えないお前を俺は尊敬するっ!」
と言ってきた時や、母親が幼女ウォッチングに出かける僕を見るたびに「その趣味さえなければ理想の息子だったのに……」と涙目で言ってきた時と彼女は同じ目をしていたのだ。
「そ、そういう性的な意味で言ったんじゃあないんだお嬢ちゃん。」
「大丈夫だよ?変態さんは根は優しい人なんだってわたしわかってるから。ちゃんとわかってるからね?
わたしがちゃんと真人間にしてあげるからね。
だからこれから頑張ってこーせーしよ?ね?
わたしが責任もってちゃんとお面倒看てあげるから。一緒にがんばろ?きっとちゃんとした大人になれるよ。」
アミティちゃんが手を目一杯伸ばして僕の濡れた頭を優しく撫でる。
その仕草からは聖母マリアのような母性と、全てを包み込むような包容力を感じさせる慈愛を感じた。
でも彼女の目は依然として僕を憐れんでいた。
「そ、そんな目で見ないでくれよお嬢ちゃん。僕はダメ人間なんかじゃない。れっきとした紳士なんだ。
ただ濡れた服は体温を奪うから脱いだ方がいいと思っただけでやましい気持ちなんてないんだよ。」
僕は必至になって弁明した。
ついでにあわよくば僕の人肌で君の体を温めてあげようとしただけなんだ。下心なんて全然ないんだ。
「え~。そうなのぉ?」
と彼女はジト目で僕を見てきた。明らかに嘘だと疑っている。
「ホントに決まってるじゃないか。」
僕は堂々と言い放った。
「でも私獣人だから、体に毛が生えてるの。それが水を吸っちゃってるからそんなことしても意味ないと思うし、単純に変態さんの前で服脱ぐの怖くてなんかヤダもん。」
と彼女は胸を庇うように両手をクロスした。
「そ、そっかー。それじゃあしょうがないねぇ。」
そう言いながら僕の視線は彼女が庇った胸元に吸い寄せられた。
「あ、今変態さんわたしの胸みたぁ!やっぱえっちぃんだ。
わたしぐらいの小さな子のぺったんこの胸に欲情しちゃう変態さんなんだあ。」
「ごめんなさい……。」
今回は弁解のしようもなかった。いや、隠されたら見たくなるというかなんというか。
多分パンツを覗きたがる人々も同じような気持ちなんだろう。だって水着と下着は布一枚という面ではほとんど変わりがないわけで。
それでも水着で満足出来ず、着用されたパンツを求める人々は隠されているということに価値を感じるのだろう。
僕はその隠された胸を見て、その布の向こう側を想像してしまった。
僕は本当に欲情してないんだろうか。自分に自信が持てなくなる。
幼女を性対象として見るという自分が忌避していた存在に、僕は成り下がっているのだろうか。僕は自分自信を信用し切れなくて自己嫌悪に陥った。
「素直にごめんなさいできたから許してあげる。今度からいいわけはしちゃダメだからね?
悪いことをしたらすぐごめんなさいするの。わかった?」
「うん。わかったよ。ありがとうお嬢ちゃん。お嬢ちゃんは心が寛大だね。」
「当然だよお。良いことをしたらちゃんと褒めてあげなきゃ!」
そう言いながらも彼女は嬉しそうにふんすーと鼻息を吐いて、えっへんと誇らしげに胸を張った。
正しい行為には報酬を。将来が楽しみになるとんでもない人格者である。微笑ましい彼女の行動に、沈みかけていた心が軽くなった気がした。
錯覚かも知らないが、笑った彼女の頰や唇も、いくらが赤みがかっている気がする。
ーー何か嫌なことがあった時、自分はダメなやつだと落ち込んでいる時、生きる意味が見出せない時。
そんな時は幼女に慰めてもらうことをお勧めする。きっとあなたは救われるだろう。
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