第0章 幸せとは空気のように当たり前で気づけないこと。

幕間 新婚さんいってらっしゃい

幕間



俺が殺した俺が殺った俺に殺された俺に殺られた。

全員俺が殺した。

勝利を確信し生き延びれると信じた者も死にたくないと懇願し戦場に駆りでる者も帰りを待ってる人がいる者も帰りたい者も。

全員、俺が殺した。




ーーーーーーーーー



「────俺には救えない」


何度も頭に響くサイレンのどれだけが自分の声か、自分のせいで犠牲になった人の声か分からない。全て自分を表してくれる。何より気に入った言葉は『お前は救えない』かつて自分が教えてくれた言葉だ。『救えない』とは自分のためだけに存在するような言葉。

まったく、笑えるよな。

人助けのつもりが大量殺人鬼に降格してるなんて。

そもそも言った矢先で殺した時点で既にもう、人助けという言葉を選択する権利は剥奪されていたのかもしれないな。


何で自分が存在するのだろう。

こんなクソゴミクズペテン師生きていても喜ぶ人は誰一人としていない。

生きていても利益を埋めない。他人から幸せをかっさらい自己満足に溺れる。


ほら、また頭にサイレンが響き始めた。


「まだ死にたくない」「死ねない」「嫌だ」「助けて」「怖い」「生きてやる」「呑まれる」「何で」「どうして」「こうなた」「お前のせいだ」「お前のせいで死んだ」「お前が俺たちを殺した」「どうして殺したの」「何故我らが死ななければならない」「返して」「会いたい」「どうして裏切る」「あんなことしてまで」「嘘つき」「使えない」「救えない」「本当にお前は救えないな」「あの人を返して」「どこまでいっても救えないよ」「私を置いていかないで」「お前は救えない」「やめろ」「救えない」「駄目駄目だな」「お前は救えない」「もう何もするな」「どうせ救えないんだから」「お前が動けば皆死ぬ」「お前が救えないからだ」「お前のせいで死んだ命がどれほどある」「お前は救えないからだ」「使えない」「救えない」「無能」「救えるだなんて思い上がるな」「死ね」「お前は救えないんだから」「死ね死ね」「そこでじっとしてろ救えないなら」「死ね死ね死ね」「お前が動いたら死ぬ」「死ね死ね死ね死んでしまえ」「もう二度と動かなくていいよ」「何でお前が生きてる」「救えないのに」「返してよ。帰ってきてよ。返してよ」「救うだなんて馬鹿みたい」「約束したのに」「救えた試しがあるのか」「言った事は全て嘘なんだね」「救世主気取りか」「よくもまぁ大口叩けるよね」「救えないのに」「諦めろ」「また救えなかった」「お前じゃ無理だ」「いつになったら救え、いややっぱりなんでもない」「いつまで気どるの気持ち悪い」「お前は救えない」「お父さんはどこ」「お前は救えない」「ねぇねぇ、戦争ってどうやって終わったの」「お前は救えない」「自惚れ気持ち悪」「お前は救えない」「これだけの死者を出したのはお前なんだ」「お前は救えない」「もういいから死ね」「お前は救えない」「帰ってきてよパパ」「お前は救えない」「無能」「お前は救えない」「お前が救えると思えるなんて。尊敬するよ」「お前は救えない」「よく頑張ったね。でも救えないね」「お前は救えない」 「役立たず」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」「お前は救えない」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!〜〜〜!ーーー!!!!!!〜〜!!………ーーー………!!」


全て自分だと分かっている、自覚しているのに、痛む胸の感覚に慣れれない。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


喉に詰まった感情が初めて声として生まれた。


視界に映るのは今も昔も変わらず変わり続ける空。

どうして、ここはどこだ。


「どどどどどうしたのぉ!?!?!?」


素人の作った手作りの不細工な扉を勢いよく開けて飛び込んで来たのは───。


「アイ……ビー……」


「どうしたの!?急に絶叫が聞こえたけど、大丈夫!?」


心配して顔を覗かせるアイビー。

まんまるな瞳が自分を覗き込んでくる。

この顔を見ていると興奮した心が鎮まる。

胸が暖かくなる。


お日様はてっぺんまで上り正午を知らせる。

眩い陽が差し込み、風に撫でられる木々が心地よく踊る。

自分達で建てた家から見える景色が、現実だと教えてくれる。


手に届く距離に愛しい人がいる。


「はわわ、シオンどうしたの!?」


無意識に彼女を胸に抱き、ダムに塞き止められた感情を全て解消する。

自然と頬を伝う涙の感触が懐かしいような気分にさせる。


ああ、帰ってきたんだ。


「ただいま」


状況を理解出来ていないが、シオンの背中を擦りながらアイビーは冷えきったシオンを熱を声に換え温めた。


「おかえりなさい」


「………長い、長い長い悪夢を見ていた」


「へぇー、どんな?気になるなぁ、ー聞かせて欲しいな」


夢とは思えないほど生々しく、悪夢とは言い難い時もあった。必ずしも全てが悪い理由ではなく、充実を感じた時もある。


「最初はお前と離れ離れになる夢だった。辛くて辛くて、辛い夢。お前を失って、記憶を引き継いだまま生まれ変わった。そこでは俺達が生きてる時間の何年も後でな、生きていれば俺はもう歩けるかも分からない歳で、お前はしわくちゃの婆だ」


「へぇ、結構現実的だね」


横に座るアイビーはシオンの手を握り、大きな体に小さな体を寄せてもたれかかる。

心が落ち着く。穏やかになれる。


「でまぁ、一人で寂しかった時に、同じく記憶を引き継いだお前と出会えた。けど、すぐにまた離れ離れになった」


その時も前世も死んでしまったとは口に出来なかった。

生まれ変わってる時点で死んでる事は確定しているのだが、自ら死んだと口にするには、顎が重たくて持ち上がらない。


「次見た世界はさらに何十年何百年か後の世界でな、そこでは何と俺とお前の子孫が沢山いてな」


「へ、へぇ、そうなんだ」


「ん、どうした?」


何かを思い出したかの様に頬を赤らめ目をそらすアイビーは、不自然な動きで動揺した気を紛らす。


「あ、そうだ。名前は、名前は何ていうの?」


「フィーリア・ゴア・カルメって名前だ」


「ゴア……まぁ、それだけ後なら分家もあるわよね」


「一応貴族だしな。そうだ、フィーリアと出会った時、名乗る名前がなくてな、あの、んーって、考えてたらそうやって捉えられてな。アノンって名前になったんだ」


「アハハハハ、アノン、アハハハハ」


手に口を当て笑う。幸せそうに。

笑いすぎて涙を浮かべ、いつかはむせた。


「落ち着けって。水を持ってくるから待ってろ」


「あ、ありが……アハハハハ」


何がそんなに面白いのかは理解できない。

水一杯を飲み干すと続きをすぐに聞こうとはせずに、台所へ向かった。

すぐに戻ってきたと思ったら、何やら手に籠を持ってる。


「シオンがお昼前に昼寝してる間におにぎり作ったからさ、ピクニックに行こうよ!続きはそこで聞かせてね!」


「そうだな、昼なのか」


籠を置いてまたどこかへ行き、すぐに戻ってきたら今度は麦わら帽子を被っている。

帽子を宝物のように眺め、胸に抱くとようやく被る。

あれは確か、以前アイビーにプレゼントした帽子だ。


準備が出来たみたいで家を出ようとした途端、夢がフラッシュバックし体が硬直する。


「どうしたの?」


汗を滲ませるシオンの顔を覗き込むアイビー。氷の様に固まる手を暖かい手で引いて溶かしてくれた。


「いこ♪」


「────」


そうだ、あれは夢だったんだ。せっかく現実に帰ってきたのに区別がつかなければ世話がない。

脳裏に浮かぶ夢をかき消して今を見つめる。


いつもは山に住みながらも山に出かけていたが、今回は人里に降りることにした。

空の如く青い髪、それは昔から地味に貴族であるカルメ家の特徴。

アイビーが騎士になるまで知られる事は無かったが、過去では生ける英雄だったアイビーを知らぬ者などいない。この国のみならず他国の民間人にまで知れ渡る程だ。

だがもう過去の英雄であり、現在は死人もしくは主婦だ。

とはいえ髪を見られれば大騒ぎになるため、アイビーは髪を短く切り帽子に収まりやすくしている。

人里に降りてもじっくり見ない限りは青い髪に気づくことはないだろう。


ちなみに帽子を外すと、耳の横がフワッとなっている感じだ。


「そうだシオン、騎士の仕事忙しいでしょ。実力で上の階級にまで上がると色々な所飛ばされたりして」


アイビーを騎士から奪った代わりに今は自分が騎士として働いてる。

元から実力があったお陰で入って即昇格し、様々な所に飛ばされては功績を挙げたが、成績はアイビーには遠く及ばない。

だが活躍を上げてる分稼ぎはなかなかいい。そのお陰で生活は安定している。


「忙しいけど、一日で帰ってこれる仕事しかやらない分楽だ。遠征とか毎度依頼されるが、功績があるから俺にも断る権利はある」


「でも緋国には行きたがるよね」


緋国とは、隣国の名前である。

我が国、秋国は武力を誇りとし、武力はなくとも資源が豊富な緋国と友好関係にあり、資源に乏しい秋国に資源を分け与える代わりにこちらも兵力を分け与え、互いの欠点を補い合っている。


「私もいつか緋国に行きたいなぁ……。名物の辺り一面に広がる彼岸花を一度でも見てみたい!」


緋国についてもう一つ。

シオンの産まれ故郷である。


勿論鬼の前の記憶などないが、アイビーがシオンと出会ったのは緋国であり、鬼の頃のシオンが被害を出したのも全て緋国である事から、シオンの故郷は緋国とされた。


「近々連れていってやるよ」


「わーい!まったく、嫁泣かせが得意な最高の旦那だよ!」


「よーしよーし、落ち着け」


頭を撫でながら昂るアイビーを鎮めた。


山を下りれば平原が広がっている。

今日の空は少し雲が多めで、青空が地上を覗きながらも見せまいと黒い雲が青い空を覆い隠す。


こりゃ雨が降りそうだな。


山を降りて最初に向かったのは、いつか二人で植えた神憑木の下。人間に植えられ雨が全然降らないこの国の自然の力で育った頑固な木。それとも誰かが世話してくれていたのだろうか。

まだ植えたてで小さいが、元気に枝を増やして青を見せつける。


そして、木ではなくここは、シオンが生まれた第二の産地。名前を貰い、命を取り合い、嫁を貰った思い出の場所。


懐かしいのは当たり前なのだが、夢の中でも同じ感情に苛まれた。

ここに来る度胸が締め付けられる。


夢の中では頭に幾度響いたシオンという名前。

今ではアノンと呼ぶ声が聞こえる。

どっちが現実かと言われれば当然こっちだ。こっちだったらいい。

所詮は願望。辛くない方が理想だ。


「ねぇ、シオンどっちが夢でどっちが現実か区別付いてないでしょ」


図星を突かれ息を呑むのを見てアイビーはクスリと笑った。


「どっちが現実でどっちが夢かなんて、覚醒するまでは分からない。シオンが語ってくれた夢が現実かもしれないし、私が喋ってる今が現実かもしれない。夢の中でも現実と言うことは容易く、例え夢の中の私が現実と言っても、結局区別なんてものは付けれそうでつけれないの」


雄弁にこちらを見つめながら語るアイビーに、自分の心を見透かされているようで少し怖い。


「理想を現実としても覚めた時に絶望するかもしれない。とはいえ、絶望を現実としても夢にすがりたくなる。でも、シオンにとってはどちらを選んでも絶望なんてものはないんじゃないかな」


「────」


「私が聞いた一部分では、確かに悲しかったのかもしれない。それでもシオンは続きを話したがった、楽しそうに。………ねぇ、シオン」


「────」


「お腹空いちゃったからそろそろ食べない?お昼終わっちゃうよ」


ここぞというシーンで雰囲気を一変させた嫁様。

普通今のは大事な事を言う場面じゃないのか。

しかし、確かにもう昼とは呼べない時間になる、食べるなら今しかないだろう。


二人は神憑木の横で持ってきたお昼ご飯を食べた。

普通に談話しながら食べただけだが、やはり胸を締め付けられる。幸福を感じる度に胸が痛む。

この痛みは多分怖いんだと思う。すぐに去ってしまうんじゃないのかって。また離れてしまう事が怖くて、独りが寂しくて、守れない自分が嫌で、胸が痛む。


食べ終わればすぐに話の続きを聞きたがった。


「話したくない事は話さなくていいよ」


彼女はそう言ってくれたが、その後の話は洗いざらい全てを話した。自分の愚かさも醜態もセクハラも、アノンという自分を洗いざらい話した。

当然、アイビーは腹を立てた。もっともだ、幻滅してもいいだろう、むしろして欲しい。


「確かにあなたは自分で言うように駄目人間見たいね」


そうだよ、見損なっただろ、それでいい、それが俺なんだから。


「自分の子にセクハラするなんて………」


「……………は?」


「自分の子が可愛いあまりに手を出すなんて、親としての自覚が足りないんじゃないかしら」


「……………いや待ておい待てほんと待て、俺の人生を聞いて思った事がセクハラなのか!?」


「当たり前でしょ!………だって、あなたは夢の話をしてる時凄い楽しそうだったのよ?」


「───え、」


「あと、あなたは私に幻滅してほしそうだけど、むしろするのはあなたの方じゃなくて?」


「………?」


「一目惚れって理由で鬼と結婚した上に、あなたの意外な性癖を知っても、あなたをまだ愛せるような妻なのよ?」


毎日何かある度に言われる『愛してる』という言葉に慣れれず照れくさい。


「最低な旦那には最低な美人妻がお似合いでしょ?」


「…………はぁ。………こんな事知られたら、こっちが夢の方がマシに思えてくるな」


「あらぁー。私は旦那の知らない腹を見れて嬉しいわよ。こんなネタであなたを弄らなくても、あなたの弱いところは知ってるしね」


うぁ、何だか嫌な予感。


「シオン、愛してるぅ」


うん、確かにこれには弱いわ。


照れるシオンの反応を見飽きず楽しむアイビー。

毎度のようにシオンも引き剥がすが、やっぱりなかなか剥がれない。


「弄られてると分かってて………」


「本音だもん」


顔が赤くなるシオンを見て頬の歪みが戻りそうにない。しかし、シオンもやられてばかりは嫌な性分。旦那も勿論嫁の弱点位知ってる。シオンなら出来なくともアノンなら出来る事。


「────!?」


シオンは強く抱き締め返した。

オウム返しの様な反撃だが、普段やってる側にとっては慣れないこと。

シオンのように顔を真っ赤にし、沸騰した頭から煙を吹き出す。




何か、馬鹿みたい。



「帰るか」


「だねぇー。……でへへ」


アイビーはやたら上機嫌。上の空を眺めて口をとろけさせ、たまに不気味な笑い声が聞こえてくる。


家に着くとアイビーはそのまま一人で寝室に行って寝てしまった。笑いながら。


シオンは一人椅子に腰をかけて木製の天を仰ぐ。


どちらも夢だとも思えない。どちらも現実だと思えない。自分にとってはどっちが。

自分に聞いてみた。

しかし、結局は自分。同じ答えに行き着く。

三人の自分は自分だが、皆個性があり別人のようだ。

お題を変えて理想を問うた。

分からない。

こっちが理想ならば、どれほど幸せだった事か。

あっちが理想だとしても、もう、自分の帰る場所はないのかもしれない。フィーリアはどう思っているだろうか、笑ってくれているかな、フランコがいないから一人になってないだろうか、アズトさん達は無事かな。被害が及んでなきゃいいけど。


「……………フランコ」


あっちに俺の帰る場所はない。

行き着いた結論の理想は、こっちだ。


「しおんー!!」


ビックリして肩を跳ねさせるシオンに飛び込んできた。


「なんだよ……」


「現実見つかった?」


「まだ分からない」


「そうなのー。あのねぇ、シオンがもしまた名前が必要になった時のために私考えたのー!」


それはつまり、嫁様はこちらの世界を夢前提で考えてるのか。


「彼岸花を省略して、『ヒバナ』って名前はどう!?」


「いいんじゃないのか」


自分の存在を否定して辛くないのか。

ここが夢だとするならお前は存在しなくなるのに、思い出も全て夢だった。で終わってしまうのに。


「シオンはどっちに帰りたい?帰る場所がないとかじゃなく、帰らなきゃ行けないと思うのはどっち?」


本当に見透かされているようだ。

答えは決められない。


「どっちもだ」


「そうなんだ、なら答えは決まってるね」


「?」


「人は問われて考えた時にはもう心の中で答えは決まってるの。それでも躊躇するのは認めたくないだけ。つまり、シオン、あなたは逃げてるの。現実を理解しながら」


「ごめん、理解できない」


「出来なくていいの。既に理解してるあなたは自ずと気づくはずだから。二択の問の答えは最初から一択。二つに見える問は最初から一つ」


やっぱり理解できない。


「どちらかが現実ではなく、どちらも現実。どちらかが夢ではなく、どちらも夢ではない。二つの世界は一つであり、片方の世界では何も出来なくてももう片方の世界では全てを叶えられる。あなたが帰るべき場所は、後者」


「全てを叶えられる………」


「選択は自由よ。でも結論は最初から一つしかないなんて、面白いよね。頭を抱えて考えた選択を最初から無意識に選択していたなんて。だから、あなたは考えるのよ。答えは必ず出るから。………いえ、もう出てるみたいね」


寂しい、寂しいんだ。

もう会えなくなると考えると辛くて、辛くて、欲しくなる。


「…………!。……やっぱり、暖かいね………」


胸に収まりきる小さな頭を再度包み込む。

夢の中なのに暖かい。濡れているはずなのに、暖かい。この暖かさが錯覚だと言うなら、これは一体なんだというのだ。紛れもない現実だ。ここも、あそこも。それでも選ばなければならないなんて酷な選択だ。


「二つ、約束して欲しいの」


「ああ」


「私を見つけてね」


「ああ」


「いつか緋国に連れていってね」


「ああ」


「あなた」


「ああ」


「愛してる」


「俺もだ」


夜空は見えず薄暗い空間の二人。

せめて、夜明けまでは共にいさせて欲しい。

一瞬にも感じる永遠の時間の中で、こぼれ落ちた雫をすくい取る。


瞳を閉じれば、時間はあっという間に過ぎてしまう。閉じてしまわないように、お互いに寄り添う。

繋がっていれば、寂しくない。他に何も考えなくていい、ただ今を感じていたい。




ーーーーーーーーー



「───シオンもアノンもシャイなの?」


「早朝から何を言ってんだ」


陽がまだ見えず早朝と呼ぶべきか曖昧な時間にアイビーは問うてきた。


「普通あのムードなら手を出してくると思ったのに、そのまま寝ちゃうなんて勿体ないわね」


日が昇る前に起こされ、さらにいい感じだったムードも壊された。


「………何言ってんの?お前まさか、え、したいの?」


「そんなわけないでしょ!?私は寄り添うだけで幸せでしたぁ!でもあの時だけは許してあげましたぁ!」


「ああ、そうなの?じゃあする?」


「しないよ!」


「何なんだよやけに興奮してんな」


「あーもう時間ねー」


僅かに明るくなり始めた空を見て受け流した。

そうしなければ辛いだけだから。

悟られたくないから。


「シオン、行ってらっしゃいね」


「ああ、行ってきます」


「ああ待って!」


「なんだよ…。これ以上雰囲気ブレイクすんのは遠慮しとくれ」


「いや、そうじゃなくて………おっほん」


崩れた空気を戻す為に一つ咳払いをする。

直ったかと聞かれれば微妙だが。


「シオン、あなたが『ただいま』って言ってくれるまで私ずっと待ってるから………もう一回言わせてね。行ってらっしゃい………シオン」




「行ってきます」


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