第3話

 ユミと智美が鉢合わせだ。なんとか穏便に済ませるしかないぞ。和也は祈るような気持ちで、ユミと智美がいる寝室に入った。智美がベッドにうつ伏せに倒れ込んでいる。ユミはどうした? ユミの姿が見えないので、和也は部屋をきょろきょろと見回すが、やはりユミは見当たらない。どこに行ったのだろう。怪訝に思う和也。


 ふと正面に見えるクローゼットのドアがすーっと開いて、Vサインをしている白い腕がにょきと突き出て、Vサインが揺れている。なるほど、さすがユミだ。智美の気配を感じてクローゼットに隠れて、『直接対決』を避けたのだろう。


 ユミに拍手喝采なのだが、智美にはとりあえず早々にご帰宅願いたい。ユミがこの部屋に来る前は、元妻の智美が戻るのを熱望していた和也だったが、すっかり智美に魅力を感じていないのを改めて実感した。


 とはいえ、智美とユミが物理的に接近している状況を、手をこまねいて放置するわけにはいかない。まずはすっかり酔っ払っている智美に、正気を取り戻させないと。そう和也は考えて、冷たい水の用意とおしぼりの用意をした。

「うー。気持ちわりぃいー」うめいている智美に、

「トモ、気分が悪いなら水飲むか?」和也は勧める。


 智美は、「飲ませてー」と、和也にしなだれ掛かった。ユミがいないならまだしも、すぐそこのクローゼットにユミが隠れているのに、勘弁してほしい。まったく忌々いまいましいことだが、なんとか智美の上体を起こして、和也は水を一口飲ませる。

「う、う。和クン、アリガト。うーん。暑いー、すごく暑いのよぉおー」


 智美は高級で暖かそうなコートを着ている。きっと会社経営をしている愛人に買ってもらったのだろう。寝室は適度に暖かいし、深酒すれば体温もあがるはずだ。和也は辟易へきえきする。

「暑いならトモ、コートを脱げばいいだろ?」和也が呆れて言う。

 ところが智美は「うー。脱がしでー」と再びベッドにうつ伏せに倒れ込んでしまう。まったくたちが悪い。とはいえなんとか智美を正気にさせなければ、と和也は考えた。


 コートを掛けるためのハンガーが要るだろう。だが、ハンガーはユミが隠れているクローゼットにある。この状態でユミと顔を合わせるのは気まずいのだが、非常事態だからやむを得ない。ユミはどんな顔で隠れているのだろう。


 和也はクローゼットに向かい、祈るように静かに扉を開けると、ユミがにっこり微笑みながら、ハンガーを二つ手渡してきた。正直なところ、怒っている顔の方がまだ良かった。いつもの可愛らしい笑みを浮かべるユミに、ある種の怖さを感じてしまう和也だった。


「ほら、腕伸ばして!」

「うーん……はーい」

 と、まだまだ酔いが回っている智美の、コートを和也は脱がせてやった。コートを手近のハンガーレールに引っ掛けておく。今度は智美は仰向けにひっくり返ってしまっている。やれやれ、と智美の上体を起こしてやる。


「まったく世話が焼ける! トモ、もう一杯水いるか?」

「飲ませでー」

 自分で飲めよと、怒鳴りたい気分だったが、まずは智美を正気にさせないといけない。そう考えて和也はいらつきながら智美に水を飲ませる。


「う、うー。まだ暑いしー苦しいのー。和クン脱がせてー」智美はまたもや、ひっくり返った。

「トモ、ほらしっかり!」と和也は智美を起こして、厚手のジャケットを脱がす。とても暖かそうで、少し小さめのデザインのジャケットだ。超巨乳といってもいいほどの智美には、見るからに小さい。そりゃ暑くて苦しいだろうよ、と和也は毒づきたくなったが、とりあえずジャケットもハンガーでカーテンレールに掛けておく。


 なるほど。ジャケットを脱ぐことまで、ユミは見越していたか。先ほどクローゼットで、ユミがハンガーを二つ渡してきた意味が分かって、和也は舌を巻く。後でユミに何を言われるかと考えると、和也は憂鬱な気分になった。


「トモ、水飲むか?」

「はーい。ちょーだい」

 ようやく智美は少し気分が良くなったのだろうか。今度は自分で手を差し出してきて、水を一口飲んだ。

「少し楽になったー」という智美の言葉は、若干和也を喜ばせるのだが、コップを和也に渡すと、またもやベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「トモ、しっかりしろ」と和也が上体を起こそうとしたら、智美が和也を抱き寄せて、ベッドに引きずり込んだ。

「おいトモ、やめろ」と制止する和也に構わず、智美は色っぽい声で和也の耳元でささやいた。

「和クーン、久し振りにしよ?」

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