第90話『クラマ#13 - pre-mortality』

「マユミさ~ん! いる~!?」


 ダンジョン地下2階からヒウゥース邸の地下へと侵入した僕たち。

 僕の他には、イエニア、パフィー、レイフ、ティア、そしてイクス。

 侵入方法はティアの黒槍で地下の天井をぶち壊して、上に跳んだイクスにロープを降ろしてもらった。


 そして今、鉄格子てつごうしの並ぶ地下牢らしき所で、僕たちはマユミさんの名前を呼んで探している。


「あっ! クラマ! こっちこっち! こっちっすよ~!」


 返事はすぐに返ってきた。

 果たして声のした場所へと僕らが向かうと……そこには鉄格子てつごうしの中で喜び跳ね回るマユミさんの姿が!

 とりあえず僕は心配していたていで声をかけた。


「大丈夫ですか? 何かされなかった?」


「いえ、それが……ここに連れて来られてから何もなかったんすよね。定期的に食べ物を持ってきてくれるくらいで」


「じゃあずっとこのせまい部屋の中で……普段通りの生活だったわけだね」


「なっ! なんすかそれ~! まるで私が引きもりみたいに……その通りです!」


 その通りだよね。

 しかし何もされなかったのか……そうかぁ……。

 きっと、この切羽詰せっぱつまった事態では彼女にまで手を出してる暇がなかったんだろう。

 この世界では魔法で嘘を見破れるので、情報を引き出すのに拷問をする必要がない。

 なんでか僕はされたけどさ。


 そうやってマユミさんに話を聞いてる間に、パフィーが手早く鍵束かぎたばを見つけてきた。

 それっぽい鍵を鉄格子の扉にめ込んでいく。


「たぶんこれで……やった! 開いたわ!」


「ありがと~! 皆なら絶対助けてくれるって信じてましたよ~!」


「そりゃそうだよ。僕にはみんなを見捨てるなんて出来ない。まあ、外で頑張ってくれてる冒険者達や、セサイルのおかげだけどね」


「そうなんすか……。あ! そうだ、他にも捕まってる人がいるんすよ! 私の隣にも……オルティちゃーん?」


「オルティ!?」


 イクスがその名に反応する。

 確かそう、オルティというのはワイトピートに捕まったイクスの仲間の名前だ。

 マユミさんに誘導されて、僕らは隣の部屋へ。

 するとその部屋の奥に座り込む、ひとりの少女の姿があった。

 イクスは鉄格子てつごうしに勢いよくつかみかかって、少女の名を呼ぶ。


「オルティ!! 大丈夫!? 助けに来たよ、オルティ! ……オルティ?」


 イクスの呼びかけ。

 しかし反応がない。

 死んでいる……わけじゃない。

 照明がとぼしく薄暗いので見えにくいが……鉄格子の奥の彼女はだるげに身じろぎして、口を開いた。


「はぁ……来ちゃったんだ、イクス。まぁ、いいか……べつに……」


 そう言ってオルティは、鉄格子の奥で顔を上げた。


「ひゃっ……!?」


「う……これは……!」


 その顔を見た女性陣からうめき声が漏れる。

 おそらく端正たんせいだったであろう少女の顔は、左半分が生皮をがれて、筋繊維や血管、そしてまんまるとした眼球がグロテスクに露出していた。



> クラマ 心量:83 → 122(+39)



「あ……ああ……オルティ……!」


 イクスは変わり果てた仲間の姿を目にして震えていた。

 おそらく、こうなるまでに助けられなかった罪悪感……自責にさいなまれているのだろう。


 僕はパフィーから鍵束をもらって鉄格子の扉を開けた。

 扉が開くやいなや、飛び込むように中に入っていくイクス。

 イクスはオルティを強く抱きしめ、むせび泣いた。


「ごめん……ごめんね、オルティ……わたしが……わたしがもっとちゃんとしてれば……!」


 それに対してオルティは、少し困ったような、それでいて無気力なため息を吐いた。


「はぁ……変わってないわね。イクスが気にする事じゃないでしょ。冒険者なんだから、捕まった自分が悪いの」


 諦観ていかん

 無気力。

 無感動。

 イクスから聞いていた話では、オルティという少女はそんな大人びた性格ではなさそうだった。

 ここでの扱いによって変えられてしまったのだろう。

 もしかしたら顔をがれただけじゃないのかもしれない。

 日の当たらない地下室で、いったい彼女の身に何が……。


 僕は口を開いた。


 ――他にも何かされたの?



 ……と、言おうとしてやめた。

 ここから先はあまり魔法を使う余裕はなさそうだけど、心量は多ければ多いほどいい。反応や思考の速度が変わってくる。

 だから僕は少しでも心量を上げておくために、彼女の口からどんな拷問を受けたか語らせるべきだ。

 それが勝率を上げるための最善の行為。

 なのだけど……


「……心配しないで! 知り合いに腕のいいお医者さんがいるから、ここを出たら紹介するよ!」


 僕は力強くそう言った。

 それからレイフから布のローブを受け取って、オルティに優しくかける。


「……え、それ……本当……?」


 オルティは顔を上げて僕を見上げた。

 き出しの眼球がギョロッと動いて、至近距離で僕を見る。

 僕はそれを真っ直ぐに見返して言った。


「うん。大丈夫だよ、きっと治せるから。他にも僕にできる事があったら協力するからね! なんでも言ってくれていいよ!」


「……そ。ま、まぁ……どっちでもいいけど……ありがと……」


 ニーオ先生はサクラの手術痕も消せるって言ってたから、整形外科の心得こころえもあるんだろう。

 これだけひどい状態のを治せるかは知らないけれど。

 そこは僕の知ったこっちゃない。

 その後、扉をくぐって出たオルティが言う。


「ああ、奥にまだひとり捕まってるのがいるから。一応助けてあげて」


「わたくしが参りましょう。クラマ様、鍵を」


 言われてティアに鍵束を渡す。

 鍵束を受け取ったティアは、イクスやオルティと共に奥へと歩いていき……と、さて。

 もういいかな。

 僕はイエニアに黒槍を差し出した。


「イエニア、お願い」


「……ええ」


 彼女はそれを受け取る。

 神妙しんみょうな……真剣な眼差まなざしが僕に向けられる。


「本当にいいのですね? 私たちは行かなくて」


「うん。大丈夫、僕を信じて」


 僕の吐いた台詞せりふを受けて、イエニアはハァーッと大きなため息をついた。


「まったく、そう言われては言い返せませんね。……分かりました」


 イエニアは両手で槍を持つと、黒いいびつ穂先ほさきを真上へと向けた。


「あなたのために、道をひらきます」


 そうして、その詠唱を開始した。


「オクシオ・ヴェウィデイー! サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ビウピセイーネ・トラエドス・ダーフェス・イートゥレーネ!」


 槍が淡い光を帯びる。

 同時に魔力の波が周囲に撹拌かくはんし、僕の心臓が共鳴して震える。


「悪をついやすヴィルスーロの槍よ! 正しき心、正しき道、信ずる者のため、今ここに開かれよ!」


 薄暗い地下牢の闇を振り払うかのように、声高こわだかに響き渡る声。

 そのを示す言葉は、強く。

 力をもってつむがれた。


「ヤルブ・プルトン・サイファー!!」



> イエニア心量:182 → 82/500(-100)



 槍の穂先に赤い光が満ちる。

 その光は次の瞬間、轟音、地響き、暴風、あらゆる力を発散しながら、まっすぐに上空へと突き抜けた!




 ……荒れ狂う猛威が収まった後。

 周囲に立っているのは槍を手にしたイエニアだけであり――

 その上には、天までくり抜いたような大穴が、ぽっかりと開いていた。


「終わりましたよ。大丈夫ですか、皆さん?」


 僕を含め、衝撃に尻餅をついていた一同は立ち上がる。

 そして立ち上がった僕はイエニアから黒槍を受け取った。


 ……これで直通ルートが作られた。

 あとは登っていくだけだ。

 きっと、あの男が待っている。


「あっ! イエニア、敵が集まってきたわ! くっつけた扉が壊されそうよ!」


 パフィーの声。

 イエニアはすぐに反応して応答する。


「分かりました! 今行きます! ……ではクラマ、ご武運を」


「うん、ありがとう。イエニアも気をつけて」


 僕の言葉に頷き、イエニアは迎撃のために駆け出していった。

 最後にその場に残ったのは僕と……そしてレイフ。


「じゃあ私も、ティアの方を手伝いに行こうかしら」


 レイフがそう言って去ろうとする。

 それを僕は呼び止めた。


「あ、レイフ!」


「ん? なあに?」


「実はね、みんなと離れた後、ダンジョンの最下層に……」


 話しながら僕は思い出す。

 あの夜の事を。




 ――ちょっと待った。そこも誤解があるんじゃないか。僕が好きなのは――


 ――分かったわ、パーティーを抜けるのはやめる。その代わりに……今の言葉の続きは、ダンジョン攻略が終わってから聞くわ。




「……………………」


「あら、どうしたの? 言いかけてやめるなんて」


「いや……」


 ダンジョンは攻略した。

 だから告白する。……なんて。


 違う。

 違うよな。

 今の僕に必要なこと。

 僕が今やるべきことは、そうじゃない。


「……なんでもない。代わりにひとつ聞いていいかな?」


「なにかしら?」


 代わりに僕は、彼女に問う。


「実は僕がみんなを裏切ってて、この作戦が失敗するように仕組んでたとしたらどうする?」


「んん~? んー……そうねぇー……」


 彼女は人差し指を頬にあてて、考えるしぐさをする。

 二秒、三秒、四……。

 やけに長いように感じた。

 でも、実際にはそんなに長い時間はかかっていない。


 そうして、彼女は答えた。


「それもいいかもね?」


 日向ひなたのような優しい笑顔を向けて。




「……だよね」


 ああ――よかった。

 本当に。

 この人がいてくれて。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


「ええ、行ってらっしゃい」


 これで、すべての準備が整った。

 僕は筋力強化の魔法ジャガーノートを唱えて、跳んだ。

 修理した銀の鞭と長棒を使って、天井に空いた穴から上の階に登っていく。



> クラマ 心量:122 → 97(-25)



 ……実のところ、既にここでの戦いは終わっている。

 セサイルや皆の戦いを見るまでもない。

 本当はもっとずっと前。

 とうの昔に勝敗は決していたのだ。

 そう、それは貸家かしやに憲兵が踏み込んできて、僕らが地下へ、ティアやセサイルたちが地上へと別れた後のこと。

 セーフハウスの中でティアに通信が来た。

 あの通信は、誰あろうラーウェイブ国王から直接の通信だった。

 国王が直々に騎士団を率いてこちらに向かっている……という内容の話。

 あの時点でもうこちら側――正確にはティアの負けはなくなっていて、そこからの僕は自分の目的のために動いていた。


 ティアは本当にすごい人だ。

 こうして結果を見れば彼女の大勝利。

 当初は不可能と思われた無謀な目標を大きな犠牲もなく達成し、国王の信を得て凱旋がいせんしようとしている。

 彼女はもしかしたら、次の国王になるのかもしれない。


 しかしティアと僕の目的は違う。

 勝ちは決まっている。

 “ここでの勝利”を考えるなら、この先に行くのは不要。

 それでも僕は登った。

 この先で、あいつが待っているから。






「――やあ、来たね」


 天井に開いた穴を登りきった僕を、そいつはそう言って出迎えた。

 大小さまざまな瓦礫がれきが散乱した寝室らしき部屋。

 荒廃した部屋の中で、ひときわ大きな瓦礫がれきに腰かけて。

 大量の返り血をかぶって、全身を真っ赤に染め上げた男が。

 僕は穴からい上がって答える。


「ああ、来たよ」


 瓦礫がれきの中で立ち上がり、待ち受けていた男を正面から見据みすえた。


 ワイトピート。


 僕の同類。


 彼にはどうしても、ここで会っておかなければならなかった。




 天井が崩れて空が露出した部屋だが、差し込む日差しはかげっている。

 もう夕暮れ時だ。

 ふと、冷たい風が吹いた。

 この世界で風が吹くのは珍しい。

 次に吹いた時には、きっとすべてが終わっていることだろう。


 運命はここに着地した。

 今や僕らの間には、階下での戦い、そして街の外での戦いも関わりがない。


「フフ……最悪のロケーションだがね。こうして二人きりになれただけ良しとしよう」


 男に言われたいセリフじゃあないけど同感だ。


「ああ。僕もこの時を待ってたよ。お前と出会った日から、ずっとね」


 これまで苦労をかけて、周囲のみんなを動かして、自分の思うように誘導してきたのはこの時のため。

 さあ、終わりの時を始めよう。





> クラマ 運量:195/10000

> クラマ 心量:97

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