第86話 - 勇者の挿話
居合わせた憲兵たちは、みな
「す……すげぇ……!」
セサイルとフォーセッテ。
英雄と怪物。
そこでは吟遊詩人が酒場で
「遅え……遅え遅え遅えぞデカブツ!! オレはここだ!!」
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
セサイルは地を
セサイルは巨鳥の周囲を、また体の下を跳び回りながら、手にした双剣をもって裂き、刺し貫いていく。
フォーセッテもただ突っ立っているわけではない。
しかしセサイルはフォーセッテに密着するほど近くで戦っている。巨鳥のクチバシは届かない。
さりとて翼で払おうにも、セサイルの動きは速すぎた。
固く巨大な翼で生み出される暴風。
それよりも速くセサイルは、自らが突風となって死の間合いの内側へと踏み込み、駆け抜ける!
たったひとりで巨大な怪物を圧倒する男。
「おら、ボサッとしてんな! さっさとそいつらを連れてけ!」
「……はっ」
彼らはヒウゥース邸に突入し、中庭で倒れている地球人を確保する。
「く、憲兵か……!」
ヤイドゥークは地球人を操って迎え撃とうとする。
「って待て待て、多くないかコレ……!?」
が、予想以上に憲兵の数が多い。
いや、なにも憲兵が
ただ、この街の憲兵すべてが、この場に集まってきているだけだ。
……当初、ティアの申告では17人の憲兵が協力を申し出たという話だった。
だが、クラマは憲兵たちに向けてこう説明した。
「この街の憲兵の皆さんは、ヒウゥース達とは戦わなくていいですよ。だって、そんなことしたら、この騒ぎが収まった後で何らかの罪に問われるかもしれない。……でも大丈夫。皆さんにして貰いたいのは、『怪物に襲われてる地球人の救出』だから。……これって、普通の憲兵のお仕事ですよね?」
あくまで住人の救出という名目。
万が一にも政府への反逆ととられないように……というクラマの
このことは
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「くっそ、やられた……!」
ヒウゥース邸、地下操作室。
ヤイドゥークは地球人たちとの接続を断ち、奇妙な兜状の魔法具を頭から取り外して放り投げた。
ガランガランと固い床を転がる鉄の魔法具。
そこにコイニーの
「ヤイドゥーク! 冒険者たちが攻め込んできたわ!」
「……!」
状況は一変した。
冒険者が攻め込んできた後から、外で待機している地球人を屋敷に戻して挟み撃ち……というプランはもはや実現不可能。
ヤイドゥークは頭に手をあてて戦況をシミュレートする。
残った勝ち筋を導き出す――!
「……まだだ。まだある。俺達がこの地下から出て、冒険者の背後を突く」
「それは……ここの守りは大丈夫なの?」
「最低限の人間は残す。が、向こうの戦力はほとんど出尽くしてるはずだ。そう簡単には突破されない。念のためにダンジョン地下1階、この施設周辺にはいくつもの罠を張り
「分かったわ。みんな! 武器を持って集合!」
コイニーは地下で待機している者達に呼びかけ、強襲部隊を編成する。
そうしてコイニーが部屋から出ていった後……。
「ふぅぅぅーーーっ……
ヤイドゥークは深い深いため息をついて、両手で目を
「それにしても遅い……遅すぎる……一体……」
奇怪な椅子型魔法具しかない、ひどく
ヤイドゥークは
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動かないものが気力で動くことはない。
セサイルの体は治ったわけではない。
真実、立つのがやっとの状態である。
それでは、なぜ戦えるのか?
その答えは――やはり、“気力”としか言いようがなかった。
立てるのならば戦える。
戦えば勝つ。相手が何であろうと。
セサイルは己を“そういうもの”と規定した。
クラマ風に言えば自己暗示である。
しかしそれにも限度がある。
今のセサイルは壊れた体に気力を注ぎ込んで無理やり動かしている状態だ。
足を一歩踏み出すたびに、剣を一振りするごとに、セサイルの体は崩壊へと突き進んでいる――
「クソッタレが! ラチがあかねえ……!」
これまで数十回は斬り込んでいるセサイルだが、フォーセッテは一向に動きを止める気配を見せない。
セサイルが持つソウェナ王国
しかし問題はそこではない。
脂肪だ。
分厚い脂肪に
それでも斬り続ければいつかは倒れるだろう。
セサイルの体が壊れるのが先か、それともフォーセッテが動けなくなるのが先か。
勝負はそんな消耗戦の
……と、そう思われた時だった。
「ヴェオ……ヴォォォオオオオオ!!!」
フォーセッテが突如、両の翼を大きく広げた!
飛翔して逃走――というわけではなかった。
羽ばたき。
その標的は真下。
捕まらないセサイルに照準を定めることをやめ、地面に向けて強烈な風を送り込む!
「くっ……うおおおおあっ!?」
荒れ狂う暴風!
逃げ場はない。セサイルの体は宙に浮いた。
「っ……! ヤベエ――!」
両の足を地面から離したセサイルを、凶悪に
中空で回避不能の体。そこにクチバシの突き!
身をひねるセサイル。
ノコギリじみたクチバシが、セサイルの胸元を大きく削り取った!
「ぐううぅっ!」
噴き出る
しかしそれで終わりではない。
フォーセッテはその巨大な翼を振り下ろし、今度は風ではなく翼を直接セサイルに叩きつけた!
「ぐ、あが……っ!」
全身を打ちつけるすさまじい衝撃!
人間に殴られるのとは、わけが違う。
セサイルは何度も地面を激しくバウンドした
激突の勢いで塀は破壊され、
「……ウェェェェェェェェェイ!」
それは勝利の雄叫びか。
フォーセッテは頭上を見上げて大きく翼を広げた。
だが……
「……にを……てやが……」
ガラ……ガラ……と。
体中どこを見ても傷だらけ。胸元には赤い鮮血を流し続ける生々しい大きな傷。
「何を止まってやがる……! オレはまだ生きてるぞ……かかって来やがれ……!」
それでも男は立ち上がった。
「来ねえってんなら、こっちから行くぞコラァ!!」
駆けた。
その勢いは変わらず、最高速度の
セサイルは走り続ける。
壊れて止まる、その瞬間が
セサイルの戦いは、多くの住民が遠巻きに見守っていた。
その中で、ひとりの男が苦々しげに舌打ちをした。
「ちっ、あの馬鹿が……!」
男の隣にいたテフラは、
異様な光景であった。
全身は傷のついていない
流れ出る血を止めようともせず、
もはや勝ち目があるようには見えなかった。
死に向かう自傷。
誰の目にも、そう見えた。
果たして彼は勇者なのか、それとも狂戦士なのか――?
その
決着を急ぐ気持ちが、巨鳥の脳裏に芽生えたのかは定かではない。
いずれにせよ、フォーセッテは再び両の翼を大きく広げた!
羽ばたき。
風圧の叩きつけを再び行おうとする。
その瞬間だった。
「待ってたぜ……この時をよォ!!」
フォーセッテが翼を広げようとし始めた瞬間。
セサイルは
巨鳥の体を蹴り上がって駆け登り――翼が振り下ろされるより先に、その大きく広げた翼の下……翼の付け根に到達した。
セサイルは
「うおらああああああっ!!!」
そして突き刺した双剣を、左右に広げて切り開いた!
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
巨鳥の翼が根元から切り離される!
「へっ、どうだ! もう逃げられねえぞ……!」
この
自身に向けられた凶暴な殺意を、フォーセッテは振り払うように暴れる!
セサイルは剣をフォーセッテの体に突き刺して張り付く。
しかしついに剣の片方が抜け、その体が宙に投げ出された。
すかさず残った翼を叩きつけるフォーセッテ!
「ぐぅおおおっ!」
巨大な翼ではたき落とされたセサイル。
その方向はほぼ真下に近く、セサイルの体は何度も何度もバウンドして、全身を地面に激しく打ちつけられた。
やがてドジャッとゴミ袋のように地面の上へと落ちて止まったセサイル。
「お……ぁ……!」
セサイルは――立てない。
全身がバラバラになるような衝撃。
常人なら即死しているはずの一撃だ。
弱った体で……失血もあり、
これまで
「まだ……まだ……オレは……生き………」
弱々しく手足を
まるで死にかけの虫。
その姿を巨鳥は、鋭い視線で見下ろした。
見逃してはならない。とどめを刺さなければならないと、知っているかのように。
もはや動けないセサイルを踏み潰さんと、巨鳥がその歩を進めようとした時。
「今だ! 全員、投げろォーーーーーッ!!!」
響き渡る号令。
それに続いて、何十本もの槍がフォーセッテの巨体を目がけ、
「ウェ? ウェェェ……?」
フォーセッテの歩みが止まる。
しかしそれだけだった。
「ゲェーッ!? 一本も刺さってねえ!」
「んなコタぁ分かってる! 奴の目を引きつけるんだ! 第二投、放て!」
槍の
そして、その指揮を
次々と
槍がなくなれば今度は剣、石、矢。
とにかく手当たり次第に投げつける。
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
片翼での羽ばたき。
威力は両翼の時に
「うわあぁーーーーーーーっ!!」
風圧で地面に押し倒され、さらに投げつけたものが自分達へと返ってくる。
悲鳴をあげ、
数十人もの兵士集団が、ただの翼の一振りで壊滅した。
その場に残ったのはヤイツノただひとり。
「ふん、馬鹿が……」
だが彼は
「
彼の言葉はフォーセッテには届かない。
届いてはいないが……しかし別の何かを感じ取ったのだろう。
フォーセッテは自分の背後を振り向いた。
「遅いな。もう終わりだよ、お前は」
ヤイツノの宣告。
直後、炎が走った。
フォーセッテが槍の
セサイルは地を
「オクシオ・ヴェウィデイー……ネウナヒウェ・タエソ・ニディウハ・ナエツ・ガ・ネヒド・ヤハア・セティウ……」
一本だけ手元に残った剣を握る。
セサイルはそれを地面に突き立て、小刻みに震える膝に全身全霊の力を込めて、少しずつ体を起こしていった。
もはや上下の感覚もない。
意識は
それでも立てる。
立てるのは、立ち方を知っているからだ。
彼はどんな時でも立ち上がり、そして勝ってきた。
それが亡国最後の将にして、己が加わった12の戦役ことごとくに勝利した、生ける伝説。不敗の敗将。
それが、セサイルという男である。
「……我が力は我が物にあらずして、
セサイルはしっかりと両の足で立ち上がった。
そして片方だけ残った剣をまっすぐ天に
「届け
セサイルの剣、その刀身から炎が走る!
……それは正確ではない。
正しくは、フォーセッテの背中に突き刺さった、もう一本のセサイルの剣である。
刀身から一直線に伸びた炎は、片割れの刀身と繋がり一本の線を作る。
炎の線。それは消えることなく燃え続けた。
「ヴェオッ!? ヴルオオオオオッ!!」
激しい炎に焼かれて緑の巨鳥は
しかしどれだけ暴れようとも、背中に生えた剣を抜くことはできない。
セサイルは動けない。
……セサイルが動けない?
それは
彼はどんな時でも立ち上がり、そして勝ってきた。
立てるのならば戦える。
戦えば勝つ。相手が何であろうと。
セサイルは己を“そういうもの”と規定した。
それが、かつて
……たとえ、信じた主に裏切られ、その結果として尽くした国が滅びようとも。
誓いは彼と共に
「――いくぜ?」
セサイルは巨鳥を
その踏み込む速度はこれまでのどれより速く――
セサイルが駆けるたびに炎が走る。
刀身に
それは線というより
セサイルがフォーセッテの翼、クチバシ、
セサイルは炎を従えながら、目にも
「おらおらおらおらおらあああああっ!!!」
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
いつしか巻き付いた炎の
「ヴェオッ、ヴォ……ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
全身を炎で焼かれ尽くしたフォーセッテ。
神の
セサイルも立ち止まり、フォーセッテに背を向ける。
そして彼が剣を一振りすると、刀身から伸びていた炎が消えた。
後に残されたのは黒焦げの巨鳥。
セサイルは振り返ることなく告げた。
「オレの勝ちだ」
それに応えるように、セサイルの背後で巨鳥が倒れる。
地響きと共に吹き抜けた熱風が、激しい死闘の終わりを告げていた。
セサイルはしばらく歩いてから、力を抜いてその場に座り込んだ。
「ハァ~~~~~……割に合わねえぞ実際コレ。やっぱり何でもするなんて条件で依頼を受けるもんじゃねえな……」
彼は大きく息を吐いて呼吸を整えて……それから空を仰ぐ。
すると、見慣れた
「ったく、相変わらずだなお前は」
「……アンタか」
納骨亭マスターのヤイツノ。
彼は元冒険者であり、そして……幼い頃のセサイルに戦いのいろはを教えた、武芸の師である。
「お前は強いが欠点がある。それは強すぎる事だ。何でも一人で出来るから、何でも一人でやろうとする……お前の悪い癖だ」
「チッ、こんな時に説教かよ。カンベンしてくれ」
「おめえが鳥並みの記憶しかねえから、何度も言ってやってんだ。感謝して
「うーるせっ。言われなくたって覚えてるよ」
セサイルは
実際それは、セサイル自身も己の欠点として自覚している。
彼は、他人に期待するのが苦手なのだ。
自分自身が何でも出来てしまう。
だから、つい無意識のうちに周りの人間にも同じ水準を求めてしまう。
人にものを教えるのには失望がつきまとう。
それなら自分でやってしまった方が早いし、気が楽だ……と、考えてしまうのだ。
この街でパーティーを組んでも、一人でダンジョンに潜るのはそういう事だ。
祖国が滅んだことにも、己の
こうした考えのため、セサイルは人にものを教えることを嫌う。
ただ……例外があった。
「……いつまでもガキ扱いしてんじゃねえよ。オレだって昔のままじゃねえ。剣を預けられそうな奴も見つけたしな」
セサイルが教えた事に対して、想像以上の反応を返してくる男。
そして何よりも――戦士に対して死んでこいと命令できる
セサイルはそこに王の
クラマという、地球人の少年に。
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