第76話 - ヒウゥース邸の挿話2

 中空に浮かぶ太陽がその輝きを失って、深い暗闇が世界のすべてを支配する。


 深夜のアギーバの街。

 今日も今日とて、夜のとばりが街をおおう。

 しかしこの数日というもの、この街では日の光が落ちようとも、街中をせわしなく人が行き来しており、眠りに沈むことがなかった。

 ヒウゥースが昼夜問わずに憲兵を動員して、指名手配犯を捜索させているためである。

 そして寝静まることがないのは、このヒウゥース邸の中においても同様であった。


 ヒウゥース邸本棟。

 その2階、空き部屋のひとつ。

 そこにはセサイル、ベギゥフ、ノウトニー、ディーザ、ティアの5人が捕えられていた。

 全員が縄で後ろ手に縛られている。

 この中でセサイル、ベギゥフ、ノウトニーの3人は、横顔を床につけて力なく横たわっていた。

 彼らには筋肉の動きを弱める薬が投与されている。

 また、同じ部屋の中にはふたりの魔法使い。

 今は彼らヒウゥース配下の魔法使いによって、捕らえたセサイル達に対する尋問が行われていた。


「入るぞ!」


 そこへ勢いよく扉が開く!

 靴を踏み鳴らして入ってきたのは、護衛2名を連れたヒウゥースであった。

 ヒウゥースは開口一番かいこういちばん、尋問役の魔法使いに声をかける。


「ようやく尋問を終えたと思えば、おかしな事があるだと? どういうことだ?」


 ヒウゥースの問いに、尋問を行っていた魔法使いが答える。


「はい。まずは判明した事から先にご報告します」


「うむ」


 ヒウゥースは手近な椅子にどっかりと腰を下ろした。

 その体重を支えきれずに、椅子がみしりときしみをあげる。


「この者達は我々の秘密……四大国への地球人売買や、邪教の信徒との関わりを知っていました」


「それはそうだろう。ディーザがいるのだからな。ディィーーーザが!」


 言って、ディーザに目を向けるヒウゥース。

 ディーザは何か言おうとしたのをこらえて、目をらした。

 魔法使いの配下はヒウゥースに報告を続ける。


「はい、そうなのですが……このメイドの娘だけは、かなり以前から我々と四大国との関わりを知っていて、我々の計画を潰すためにぎ回っていたようです」


「ほう」


 ヒウゥースがティアに目を向ける。

 こんな時であってもティア落ち着いている。彼女は普段と変わらぬ感情を見せない瞳で、ヒウゥースを見上げていた。


「我々の計画を壊すか……ふん、騎士王国らしい貧しい正義感だな。そいつは王女の付き人だろう? 我らと四大国との関わりも、各国の首脳クラスには周知の事実よ。王族であれば知っていても不思議はない」


「は、それが、そうなのですが……」


 口ごもる尋問役の魔法使い。


「なんだ? 言ってみろ」


「はい。心音と感情の揺らぎを観測して聞き出したのですが……どうも違和感がありまして」


「嘘をついてる、とは違うのか?」


「はい。嘘は分かります。ただ……隠していることがありそうで……」


「隠してる? 何をだ?」


「いえ、それが……」


 ヒウゥースは魔法に詳しくない。

 なのでこうした時、ヒウゥースの問いかけはなかなか要点を捉えることができない。


曖昧あいまいでもいい、思ったことを言ってみろ」


「は、はい。そのですね……主人に命じられて調べていたというよりは……その……なんというか……自分の意思で動いていたような感じが……」


「ふむ?」


「い、いえ、気のせいかもしれません。ヤイドゥーク様ならもっとよく分かると思うのですが……」


「ヤイドゥークのやつはどこにいる?」


「今は地球人を連れて地下に向かわれております」


「ふーむ……」


 配下の話を受けて、思案顔をするヒウゥース。

 そこへ不意に別の所から声があがった。


「おい……てめえ、ら……マユミを……どこに、やった……」


 声の出どころは、床に横顔を張りつけたままのセサイル。

 息もえな様子。の鳴くような声。

 そのセサイルを、ヒウゥースは憐憫れんびんもった眼差まなざしで見下ろした。


「おまえがソウェナ王国最後の将、セサイルか。12の戦役を経て不敗。かつては救国の英雄とたたえられたそうだが……かくも人は落ちぶれるものか」


「うる、せえ……質問に……答えろ……」


「あの地球人の女か? ああ、今は地下で出荷の準備だなぁ」


 ヒウゥースのその言葉に、真っ先に反応したのはティアだった。


「出荷の準備……ですか」


「ああ! 使えんものを売りつけるわけにはいかんからな! なにしろ高額商品だ。こういった細やかな気配りが、大口の顧客からの贔屓ひいきを得る秘訣ひけつよ!」


 そのヒウゥースの物言いは、機械かペットに対するものか、あるいは――


「まるで人形でも扱っているようですね」


 冷静なティアの、義憤に満ちた瞳。


「ふむ?」


 その目つきにヒウゥースは怪訝けげんな顔を見せる。

 が、その視線の先はすぐに別の所へ移ることになる。


「……けんな」


 セサイルが、立ち上がっていた。


「な――」


「まだ動けるはずは……!」


 周囲の者達がざわめく。

 薬物を投与されて動けないはずの体。

 それが二本の足で立ち上がっている。

 実際に薬を用意し、投与した尋問役の魔法使いは狼狽ろうばいしていた。


「ざっけんな、クソ野郎が……!!」


 鬼気迫るセサイルの形相ぎょうそう

 その表情、眼差しは、怒り狂う肉食獣そのものだった。

 周囲の者達の目には、セサイルの全身から激しい怒りの感情が噴き出て、今にも襲いかかろうとしているように見えた。


「ひっ……!」


 魔法使いの男は恐怖に尻餅をついた。

 “怒れる餓狼がろう”……これが、英雄セサイルの持つ通り名のひとつである。

 だが――


「……取り押さえろ」


「は……はっ!」


 ヒウゥースに命じられて、護衛の男たちが動く。

 男たちの手によって、セサイルはあえなく地面に引き倒された。

 ――歴戦の勇士の圧倒的な胆力。気迫。怒り。

 有象無象うぞうむぞうの者どもは、その眼光やたたずまいだけで気圧けおされ、時に肉体の自由すらも奪われる。

 だが……動かないものが気力で動くことはない。

 どれだけ並外れた力量を誇る戦士であろうと、そこに例外はないのだ。


「セサイル様……!」


 ティアがセサイルの名を呼ぶ。


「動くな!」


 興奮したヒウゥースの配下はティアが動こうとしたと見て、その体を取り押さえ、床の上に強く押し付けた。


「ん……!?」


 そこで、ティアの頭を掴んだ手がずれる。

 深い青色の髪の下で、茶色の色彩が一瞬だけあらわになった。

 目ざといヒウゥースの視線はそれを見逃さずに問い詰める。


「おい、お前、その髪……」


 ――その時だった。

 突如として起こった振動が、屋敷全体を揺らしたのは。


「な……なんだ!? この揺れは!?」


 その場の全員が狼狽ろうばいしていた。

 この世界では一部地域を除いて地震というものはほぼ起きない。

 揺れは一瞬で収まった。

 しかし珍しい現象に、場は騒然としている。

 慌てている部下をヒウゥースは一喝いっかつ毅然きぜんと指示を与える。


「ええい、落ち着けぃ! 揺れと一緒に下から音が聞こえたな……おい! 地下に行って確認しろ!」


「は……はい!」


 護衛ふたりを残して、ヒウゥースの配下たちは飛び出すように部屋を出て地下室へと向かった。

 配下が出ていった後。

 ヒウゥースはティア達にジロリと目を向けた。


「貴様らの仲間でも来たかぁ……? ふっ、だとしたら運がなかったな。地下には今、ヤイドゥークの奴がおる。あいつに任せておけば心配あるまい。……お前と違ってな! ディィィーーザッ!」


 かつての右腕の名を呼び、挑発するヒウゥース。

 不測の事態にあっても、ヒウゥースの表情と態度には余裕があった。

 彼がヤイドゥークに寄せる信頼の大きさがうかがえる。

 ディーザはたまらず言い返した。


「だ、黙れッ! きさまのような誇大妄想狂メガロマニアに付き合うやつの気が知れんわっ!」


「ほぉ――私の計画が妄想だと?」


 ヒウゥースはディーザに酷薄こくはくな視線を向けた。

 ディーザは吐き捨てるように返す。


「当たり前だ……誰が……どこの馬鹿が、世界征服などという妄言もうげんに受けるというのだ!」


「ディーーーーーーーザッ!!!」


 突然の大音量にディーザがビクッと震えた。


「ディーザ! お前は秀才だ。優秀な男だ。だが! だからお前は……一流になれんのだ!」


「な……なに?」


 ヒウゥースは身振り手振りを交えて、突き出た腹の肉を震わせながら熱く語る。


「ない! ないんだよ! お前には……男の夢! 浪漫ロマンというものが!!」


「ゆ、夢……浪漫だと……?」


 唐突に振って湧いて出た言葉に、ディーザは困惑した。

 夢や浪漫。

 成果主義者のディーザには馴染みのない言葉であった。

 それは経営者たるヒウゥースも同様だろうとディーザは考えていたのだが……


「そうだ、分かるか!? 分からんだろうなァ……夢に向かうこの体にほとばしる! 熱い血潮ちしお! 無限に湧き出るエネルギー! この情熱こそが人を一流の高みへと導く源泉となる! なるのだ!!」


「……く、くだらん……そのような……」


「ふん、今さらお前に説いてもこっちに得はなかったな。それよりも……」


 言うだけ言って満足したヒウゥースは、あっさりとディーザから体の向きを変えた。

 ヒウゥースが次に向かうのはティア。

 彼は無造作に手を伸ばすと、ティアの髪をガッとつかんだ!


「っ……!」


 バリッと音をたて、ティアの頭からかつらががされた。

 隠されていた茶色の髪の毛があらわになる。

 ざわり、と周囲の全員が身じろぎ、息を飲んだ。

 より正確には――セサイルを除いた全員が。


「その……髪の色……貴様、そうか、貴様らは……!」


 見上げるティアと、見下ろすヒウゥース。

 ふたりの視線が重なった。


「ははははは!! そういうことか! そうか! 謎が解けたぞぉ!」


 ヒウゥースは両手を叩いて喜びの声をあげた。

 そこへ――


「謎が解けたって? そりゃあ良かった」


「だ、誰だっ!?」


 ぴたりとヒウゥースの首筋にナイフの刃があてられる。


「ホールドアップ! ……よろしいかな? 名探偵……ではなく、評議会議長どの?」


 どこからともなく現れ、ヒウゥースの背後から刃物を突き付けた男。


「き、貴様……貴様っ! どうしてここに……!?」


 ヒウゥースの台詞に、男はにやっと笑う。

 人懐ひとなつっこい笑みで。

 誰もが知っている、その男とは――


「クラマ様……!」


 そう、真犯人クラマの登場である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る