第73話『クラマ#06 - 木を隠すなら街の中』

 まずは何でもいいから情報を集める必要がある。

 そこで僕はまず、ティアのセーフハウスへと向かった。

 到着した僕は貸し倉庫セーフハウスには入らず、周囲の物陰ものかげに目を向ける。

 すると案の定というか……隠れて倉庫を監視している二人組の憲兵を発見した。

 憲兵の様子は倉庫を監視しているというよりかは、周囲に近寄る者がいないかどうかを警戒しているようだった。

 ということはつまり、あそこは憲兵に襲撃された後だ。

 すでにティア達はここにはいない。

 ティア達と連絡を取りに来るであろう僕らを捕らえるために、彼ら憲兵が張っているのだ。

 向こうのパーティーには発信器を取っていないマユミさんがいたし、そもそもひとつの場所にとどまり続けるのは難しいだろう。


 ここで憲兵を襲ってしゃべらせる……というのも考えたが、さすがにそれはあまりにリスクが高い。

 ゴタゴタしている間に人に見られる可能性があるし、こちらの聞きたいことが一つだけならともかく、しっかりした尋問には場所と時間が必要だ。

 彼らがどこまで知っているかも分からないしね。

 そんなわけで僕は大人しくあきらめて、場所を移した。






 次にやってきたのは繁華街。

 こんな真夜中に情報収集するとしたら、やはりここしかないだろう。

 指名手配犯の身としては、人目につくリスクもあるけど……木を隠すには森の中とも言う。

 向こうも逃亡犯がこんな人の多い場所をうろついているとは思うまい。

 こういう時は、堂々としていれば意外とばれないものなのだ。






 情報収集を始めて、およそ5分ほど――


「待て! ひっ捕らえろ!」


「そっちだ! そっちに逃げ込んだぞ!」


 思いきり憲兵に追いかけられてる僕がいた。


「うおおおおおお何故こんなことにぃぃぃぃぃ!!!」


 一瞬だった。

 繁華街に入った直後、もう本当に一発でみんなが僕に気付いて大騒ぎになった。

 そして騒ぎを聞きつけた憲兵によって、こうして追いかけられているというワケだ。


「トゥあっ!」


 僕は銀の鞭を使って建物の二階に飛び上がり、窓から部屋に突っ込んだ!


「きゃああっ!?」


「うおっ! なんだてめえは!」


 突然入ってきた僕に対して、中にいた男女から悲鳴と怒鳴り声。

 こじゃれた内装の寝室。

 大きめのベッドの上で、裸で密着する男女。

 どうやらお楽しみの最中さいちゅうだった模様。


「おおっと、こいつは失敬しっけい! すぐに出ていきますよっと」


「あっ! てめぇクラマじゃねえか!」


 と、男の方が叫んだ。

 よく見れば彼は若い槍使いの冒険者アナサ。

 彼には以前ダンジョン地下2階の情報を教えてあげた代わりに、長物ながものを扱うコツを教えてもらったことがある。

 そしてベッドの上で彼と裸で抱き合っているのは、このあたりの賭場で給仕きゅうじをやってる地味めで泣き黒子ぼくろのリーウィー。

 そうかそうか。やるじゃんアナサ。

 ん? でもこいつ同じパーティーにいる幼馴染の格闘家の子と付き合ってなかったっけ?

 ……って、今は彼の危うい人間関係に思いをせてる場合じゃない。

 さっさと退散するとしよう。


「じゃあねアナサ! シセーノに会ったら伝えておくよ!」


「やっ、やめろーーーっ!!」


 アナサの断末魔を無視して僕は部屋から廊下へとおどり出た!

 光量を抑えたシックな雰囲気の長い廊下。

 廊下には何人かの、薄地でひらひらした下着のような衣服を着た女性がいた。

 そして廊下の両側には等間隔に扉。

 そう。何を隠そうここは、連れ込みも可能なことで好評な、この街有数の売春宿であった。


「ちょっとあんたら、いきなり何だい!?」


「ええい、警察だ! どけどけ!」


 階下から憲兵が上がってくる音が聞こえてくる。

 僕は人を避けつつ廊下を走った!


「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! ちょっと通りま~す!」


 き分けるように人を避けて走る……が、間の悪いことに曲がり角から出てきた女の人とぶつかってしまう。


「うおあっ! だっ……大丈夫ですか!?」


 女の人を押し倒す形になった僕は、急いで起き上がる。

 その時、むにゅっと手のひらに柔らかい感触。

 むっ、これは――おっぱい!


「あいたた、ちょっとなにさ!? ……って、クラマじゃないかい」


「おっぱ……じゃなくて、アティオ」


 この手にあふれる大きさと張り……レイフほどじゃないけど素晴らしいおっぱいの持ち主は、この宿で一番人気の売春婦だ。

 彼女は僕に押し倒された格好のまま、押し返すでもなく、すうっと妖しく目を細めると……その細長い指先で僕のあごをなぞった。


「なーに、今日はあたしをご指名?」


「いやあ、そうしたいのはやまやまだけど……」


 僕はアティオに答えながら、手の中で縦横無尽に形を変える山岳地帯を、ふにゅふにゅとみしだいた。

 ずっとこのまま揉み続けていたいところだけれど、残念なことに後ろから聞こえる憲兵の声。


「おい、地球人の男はどこへ行った!?」


「えっ、さっきそこを走って……」


 そして憲兵の問いに答える女性の声も聞こえる。

 ――揉み足りないけど仕方ない!


「……申し訳ないけどまた今度ね!」


「あっ、こいつ、またタダ揉みしてくつもり!?」


 アティオの批難を振り切って、窓からダイブ!

 華麗に着地した僕は、そのまま路地裏へダッシュした。

 狭い路地裏を勘に任せて何度か曲がるが……


「なんだクラマじゃねえか、お前に言われて作った酒が出来たからよ――」


 あれは公園のあたりでよく焼きウォイブ屋台を開いてるヴィエリさん!

 おいしいからサクラかイクスがいる時に持ち帰ると一瞬で消えちゃう。


「ごめーん! また今度ねー! 今度飲ませてー!」


 手を振って駆け抜けると、また別の人に声をかけられる。


「ようクラマぁ! お前が作ってくれたオモチャ、息子が喜んでたぜ」


 首都から移住してきたバツイチ教師のラエツさん!

 パフィーに手伝ってもらって作ったケン玉だけど、喜んでくれて良かった!


「お安い御用ごよう! 遅くなる前に帰りなよー!」


 その後も通りを走るたびに、引き留めようとしてくる人たち。

 数えきれないくらいに彼らの間を横切り、止まらないよう走り続けたが……


「……はっ! しまった、行き止まり……!?」


 裏通りの奥で行き止まりに突き当たってしまった。

 追っ手はまだ振り切れていない。

 後ろから声が迫ってきている。


「くっ……!」


 僕は急いでコートを脱ぐと、裏返して砂まみれの地面にこすりつけて汚してから着る。

 続けて壊れたモップを頭にかぶった。

 そこへ追っ手が辿り着き――


「リ・ヴィース・ナア・エーシィ・イルカアヤ……ビブ・フォオルウド……」


 僕は酒樽さかだるに抱きつき、現地語で「飲みすぎた、気持ち悪い」という意味の言葉を呟く。

 僕に話しかけてくる憲兵。


「おい、お前。こっちに地球人が――」


「ヴォォォォォエエ!!」


「うわぁ! 吐くな!」


「プウード・ラエェ~イ・イルカアヤ~!」


 足をバタバタさせながら、巻き舌で「酒を持ってこい」と叫ぶ。


「ちっ、飲んだくれが……おい、近くの店に隠れてるはずだ! 手分けして探すぞ!」


 隊長と思しき男の指示を受けて、近くの店の中へと散っていく憲兵たち。

 彼らの姿がなくなったのを確認してから、僕は大きなため息を吐いた。


「ふぃ~い……参った参った」


 いやまったく、肝を冷やしたね。

 この世界の言葉を覚えておいてよかった。

 まともに話せばボロが出るだろうけど、酔っ払いの真似だからイントネーションは誤魔化ごまかせたようだ。


 ……さて。

 改めて考えれば、そもそも真っ黒な目と髪は地球人である証拠。この世界ではそれだけで目を引く。日本とは違うのである。

 その上、僕はこの街でこれまでずっと、暇さえあれば積極的に騒動へ首を突っ込んで顔を売ってきたのだ。

 そう、そうなのだ。

 この街ではもう、僕の顔と名前を知らない人の方が少ない。

 僕はどこへ行こうと一目で気付かれてしまう。

 人ごみにまぎれて情報収集など、どだい無理な話だった。


「こりゃピンポイントで誰かの家に行くしかないなぁ……」


 どこへ行くべきかと、候補を頭の中で絞り込もうとした時だった。


「あぁ~んだってのよぉ……どいつもこいつもぉ……」


 不意に現れた酔っ払い女。

 相当に悪酔いしているようで、まるで殺し屋のような目つきでふらふらと歩いている。

 緑のショートヘアにオレンジの瞳。

 そして冒険者ギルド職員の制服。


「リーニオさん」


 冒険者ギルド受付嬢のリーニオだ。

 ギルドの関係者……普通なら逃げるところだけど、彼女なら情報源として申し分ない。

 ひとりから話を聞くだけで、調べられる事は全部分かるというのは魅力的だ。

 彼女自身がギルドに強い不満を持ってる人だから、話が通じる可能性はある。……彼女とは個人的にも仲が良いしね。


「あぁん? あによ、あんた……こじきに知り合いはいないんですけどぉ~?」


 僕は頭にかぶったモップを外した。


「僕だよ、僕」


「はぁ? だれぇ?」


 彼女は座り込んだ僕の顔を、じっとのぞき込んでくる。

 というか至近距離でガンつけてくる。

 ……リーニオはそのまま固まってしまった。


 うーん、これは話が通じないか?

 まぁ彼女の家は知ってるから、このまま介抱かいほうするふりをして部屋にもぐり込めば――


「……………………う」


「う?」


 彼女の顔が瞬時にして真顔になった。

 あ、これ。

 あれだ。

 やばいやつだ。


「うぇろろろろろろろろ」


「ウギャアー!!」


 僕は頭の上から、生温かいものを盛大にかぶせられた!

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