第30話

 相も変わらず晴れ晴れとした、アギーバの街の昼下がり。

 クラマは今、貸家かしや近くの空き地にいた。

 ここは普段、クラマとイエニアが鍛錬たんれんをしている場所である。

 そこに今日はひとり、普段と違う人物がいた。


「よぉーし、準備はいいな?」


 セサイルだ。

 彼は刃を潰した模擬刀もぎとうを二本、両手にたずさえている。


「ええ、いつでも構いません」


 答えるのはイエニア。

 これから彼ら2人による手合わせが始まる。

 クラマは少し離れた場所に座って、その様子を見守っていた。


 事の発端ほったんは、クラマの付きいでイエニアが納骨亭に顔を出したことだった。

 もう松葉杖も不要なほどに回復し、付き添いは必要ないとクラマは言ったのだが、イエニアはがんとしてゆずらなかった。

 そんなわけでイエニアをともない納骨亭へと入ったクラマは、いつも通りにびたっていたセサイルを発見。

 そしていつも通りにしつこく教えをうたクラマ。

 そこでセサイルは、これ以上教えて欲しければ授業料としてイエニアと手合わせをさせろと言い出したのだ。

 イエニアもこれを受け、今に至る。


「突然の不躾ぶしつけな申し出、こころよく応じられたことに感謝する。過ぎ去りし勇名ゆうめいなれど、今は亡きソウェナ王国へと、我が剣のほまれをささげん。……てなわけで……いくぜ?」


「ええ。ラーウェイブ王国騎士団の名のもとに、パウィダ・ヴォウ=イエニア、参ります!」


 互いの名乗りを開始の合図として、試合が始まった。


 まずは挨拶とばかりに、真正面から刃が衝突する!

 響く金属音。傍目はためにも分かる強烈な衝撃。

 初撃は互いに譲らぬ、互角の立ち会いだった。

 そして二度、三度、四度。

 繰り返すうちに、次第に2人の対決の構図が浮き出てきた。

 双剣のセサイルは角度と方向を変えて、手数をもって攻める。

 対するイエニアは剣で弾き、弾けないものは盾で止め、相手の体勢が崩れるカウンターの機会を待つ。

 はしる剣閃、舞い散る火花。

 十合、二十合と続けるうちに、やがてクラマの目にも、形勢の傾きが見え始めた。


「くっ……!」


「どうした、まだまだ行くぜ!!」


 押しているのはセサイル。

 押されているのはイエニアだ。


 カウンター狙いとはいえイエニアも最初のうちは剣による反撃や、攻撃のための踏み込みも見せていたのだが……それが徐々に少なくなっていく。

 攻めの姿勢を見せることで生まれる双方のすき。そこから派生する読み合いで、どちらの技量が上かを測る戦いのプロセス。

 しかし実力差があれば、そこへ辿り着く以前に圧殺されることとなる。

 今の2人の状態が、まさにそれだ。


「そろそろ終わりにするか。――おらぁっ!」


 ×字に交差させた双剣の、猛烈な打ち下ろし。

 そのタイミング。

 それまで防戦一方だったイエニアは、思いきり前へと踏み込んだ!


「っぁぁああっ!!」


 渾身こんしんの盾アッパーが、宙を滑り落ちる双剣へと正面から打ち出される!


 ――ガァンッ!


「うおっ……!?」


 弾かれる双剣。

 上方向に弾かれた剣に引かれてセサイルの重心が上がる。

 隙だらけの体。

 待ちに待った好機、見逃すはずもない。

 すかさずイエニアは必殺の盾殴りをり出した!


 セサイルの眼前に迫る盾。

 それをセサイルは……両手でつかんだ。

 そのまま盾の勢いに逆らわずに後ろへのけぞりつつ、同時に片足をイエニアの太股ふとももの付け根に押し当て、掴んだ盾をひねって後ろへ投げ飛ばす!


 ――巴投げ。


 ガシャン! と背中から地面に落ちるイエニア。


「っ――は……!」


 衝撃に息が詰まる。

 イエニアが起き上がろうとする前に……カン、と鎧の胸部で音が鳴る。

 セサイルの剣に叩かれる音だった。

 その気になればどこでも斬れたという合図。

 それが、試合終了のゴングの代わりとなった。


 はぁー、っとイエニアは大きく息をついた。


「参りました」


「おう、お疲れさん。付き合ってくれてありがとよ」


 ゆっくりと体を起こすイエニア。

 パチパチパチ……と横からクラマの拍手が鳴った。


「いやあ、惜しかったねー」


 そんなクラマの言葉に対して、イエニアは困ったような顔をした。


「ありがとうございます。でも実際は軽くあしらわれたようなものです。最後のあれも、誘いだったのでしょう?」


 イエニアはセサイルに目を向けた。

 セサイルは頷いて答える。


「まあな。アンタの守りがやけに堅いもんだからよ。……とはいえ、お互い様だろ? ラーウェイブの姫騎士といえば、黄金の鎧に漆黒の槍。比類ひるいなき槍使いと耳にしてる」


「……ダンジョン内では長い槍は不利になりますから。黒槍は置いてきました」


「なるほどな。残念だが、本気の手合わせはまた今度にするさ」


 そうして3人は納骨亭へと戻る。

 道中、とりとめのない雑談をしながら。


「しかし世の中、上には上がいるんだねえ。セサイルより強い人っているの?」


「さてな。だいたい、1対1で勝てる方が強いなんて事はねえよ。戦場じゃあ、自分と相手だけじゃなく、もっと広い目を持つ必要がある。このあたりはダンジョンでも同じ事だな」


 そう言うセサイル自身、1対1の試合よりも戦場やダンジョンを得意としていた。


「ダンジョンの師匠の話は説得力があるね!」


「オレは弟子にしたつもりはないんだがな……」


 現在、クラマの師匠はイエニア、パフィー、納骨亭のマスター、セサイルと4人もいる。

 師の多い男だった。

 クラマの節操せっそうのなさをイエニアが代わりにびる。


「うちの人がご迷惑をかけて申し訳ありません……ところで貴方のパーティーはダンジョンの何階まで進んでいるのですか?」


「あー……まぁ、5階まではひとりで潜ったけどよ」


「そうですか、5階……えっ!? ひとりで!?」


 イエニアは仰天ぎょうてんする。

 しかしセサイルは自慢するでもなく、なんとも言いにくそうにしている。


「うちのパーティーは……ダンジョン向きじゃなくてな。まぁ……ギルドの斡旋あっせんなんて、そんなもんだろうけどよ。冒険も戦場も知らねえ引退した組み技格闘チャンピオンに、名場面に立ち会うのが目当ての吟遊詩人。極めつけに、召喚した地球人はペンより重いものを持ったことがないときた。……まぁ無理だわな。ギルドも攻略させる気ねぇし、とっくに攻略は諦めてる」


 一気に不満を垂れてくるセサイル。

 奔放ほんぽうなように見えて彼は彼で、なかなか溜め込んだものがあるようだった。


「なるほど……しかしそれなら、どうしていつまでもこの街に?」


 イエニアの言う事ももっともだった。

 さっさとパーティー解散して別の街に行く方が、セサイルにとっては良さそうに見える。


「……街の外に地球人を連れ出すのが禁止されてるからな」


「ひとりで行けばいいんじゃないの?」


 クラマの口から出た疑問。

 それに対してセサイルは眉根まゆねを寄せて、露骨ろこつに嫌そうな顔をして答えた。


「てめえの都合で地球人をび出しておいて、役に立たねえのが来たからトンズラ……ってのは、あまりに無責任すぎんだろうがよ。せめてこっちの世界で、ひとりでも生きていけるようにしてやらねえと……おい、なんだそのツラ。オレが何かおかしいこと言ったか?」


「んーにゃ。なんでもないにゃー。師匠はいい人だにゃー」


「なんだその口調は。バカにしてんのか? ええ、おい?」


 若いながらも義理堅い男、セサイル。

 かつては一軍の将だったという、彼の歴史が垣間見かいまみえた。


 そうこう話しているうちに、3人は納骨亭へ到着。

 店内に足を踏み入れると、朗々ろうろうとした声が彼らを出迎えた。


「おお! 勇者セサイルよ! うるわしき騎士王女との決闘に、私を呼んで頂けないとは! ああ、ああ、今! 私の心は、地底湖よりも深い悲しみに打ち震えている……!」


 まるで歌劇でも始まったかのように芝居がかったセリフを吐く男。

 セサイルのパーティーメンバーのひとり、吟遊詩人のノウトニーである。

 生粋きっすいの芸術家を表す、紫の長髪と同じ色の瞳。

 ノウトニーはオカリナに似た涙滴状るいてきじょうの楽器を取り出し、悲しげな曲を吹いてみせた。

 なお、彼の演奏は思わず聞きれるほどに上手く、それがまたなんとも腹立たしかった。


「お前がいると気が散るからだよバカ野郎」


「一理あります。しかし、ああ、ああ! そんな時のための我が魔法具! 思い出せないとは、悲しいまでの記憶力……!」


 などと大げさになげいてみせるノウトニー。

 そこへ横から別の声がかかる。


「ちょっとうるさいです。静かにしてもらえないすか」


 ノウトニーに苦情を入れたのは、一番奥のテーブルで紙にペンを走らせている女性。

 セサイルのパーティーに入れられた地球人女性だった。

 歳は30付近。髪はボサボサで、ふちの大きな四角いメガネをかけている。

 化粧けしょう微塵みじんもなく、サイズの合わないぶかぶかの服を着込んだ、見るからにインドア派の女性だった。

 そんな彼女の手元をクラマはのぞき込む。


「マユミさーん、続き描けたー?」


「うぇ、だっ、からっ……描いてる途中はあんまり覗き込まないでって……!」


 マユミと呼ばれた女性は、慌ててテーブルの上を隠した!

 紙に描かれているのは、複数の分割線の中にいくつもの絵が描かれ、そこに言葉が入れられた、言葉と絵が融合された特殊な様式の芸術作品――要するに漫画。英語で言うとコミックであった。


「ごめんごめん、じゃあ代わりにこっちを……」


「わ、わあっ! そっちもだめっす……!」


 ちょっかいをかけるクラマに、ぎゃあぎゃあと騒いで反応するマユミ。

 なにやら親げな2人の様子を見て、イエニアは思った。


 ――またクラマが知らない人と仲良くなってる!


 本当に、少し目を離した隙に知らない誰かと仲良くなっている男であった。

 クラマは衝撃を受けているイエニアを手招きして呼び、マユミに紹介した。


「彼女が僕のパーティーメンバーのイエニア。ちょっと冗談を言うと朝まで説教が続くから気をつけてね!」


「初めまして。ラーウェイブ王国正騎士、パウィダ・ヴォウ=イエニアです、よろしく。そしてクラマには後で話があります」


 クラマはそっぽを向いて口笛を吹いた。

 イエニアが名乗ると彼女も答える。


「あ、ども。ヒラガ=マユミです」


 イエニアはマユミから、クラマと知り合った経緯けいいを聞いた。

 マユミは日本にいた頃、漫画家を目指していたものの30を過ぎても連載が取れず、アンソロジーで数ページ掲載された程度。プロを目指すのをやめるべきかと日々悩んでいると……突然この世界へと召喚されたという。

 異世界に降り立って歓喜したのは一瞬だった。

 この世界の現実は厳しい。

 特にマユミは腰痛持ちのたるんだ体でダンジョンなど行けるわけもなく、宿屋に引きこもっていたとという。


「――ってセサイルから聞いて、行ってみたんだ」


「コッチはいい迷惑でしたよ。……まあ、やる事もなかったからいいんすけど」


 強引に部屋へ入り込んだクラマに説得されて、マユミは少し前から外に出てくるようになったのだった。

 今では、この世界に漫画文化を普及するという目標を掲げて、この納骨亭のすみっこのテーブルを根城ねじろに活動している。


「なるほど。ところどころ分かりませんが、よく分かりました。つまりは、クラマがここでもご迷惑をおかけしたということで……」


「あれぇー? そういう話だったかな?」


「そーすねー。人の話を聞かない人っすからねー」


 集中的に批難ひなんされ、クラマは異議いぎを唱える。


「すぐ女の人は結託けったくする! そういうのはよくないと思うなー! ねえノウトニー、そう思うよね?」


 そう言って、ノウトニーの肩にがっしりと腕を回したクラマ。


「ああ! かつてこれほどまでに説得力の欠如けつじょした言葉があったでしょうか!」


 ……そんなふうにクラマ達がとりとめのない話をしていると、カウンターの奥からマスターが口を出してくる。


「おい、てめえら。騒ぐのは構わんが注文もしろ。ここを何の店だと思ってやがる」


 はーい、と返事をして軽い食事を注文する。

 ちなみにセサイルは自分の話が出たところで、そそくさと店を退出していった。

 待つことしばし。

 やがてクラマ達のテーブルへ、看板娘のテフラが料理を運んできた。


「……焼きウォイブにボイシーとラインチのサラダです」


 ぷくーっとふくらんだ餅パンウォイブと、果物入りのサラダがテーブルに置かれる。

 盛りつけも綺麗で、いつも通りに食欲をそそる料理の数々だった。

 クラマはさっそく餅パンにかぶりつこうとする……が、そこでふと、テフラの様子がいつもと違って元気がないのに気がついた。


「テフラ、浮かない顔だね。何かあった?」


「そ、そうですか? いえ、まあ……」


 問われて言いよどむテフラ。

 少しの逡巡しゅんじゅんの後、彼女は口を開いた。


「実家が、なくなりそうなんです」

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