第10話

 地下1階は人工的に掘り進められた炭坑たんこうのようなイメージだったが、対する地下2階はまさに天然の洞窟であった。

 壁も足場もすべて岩で出来ており、通路の大きさも不規則。

 高低差も激しく縦横無尽に入り組んだ、自然の力によって作られた迷宮であった。


「うわああ~……聞いてはいたけど、これはきっついわね~」


 マッパーのレイフが激しく嫌な顔をする。

 クラマもこんな所の地図を書けと言われたら、自分だって頭を抱えるだろうと思った。


「ここはかつて神の怒りに触れた古代人が滅ぼされた《神の粛清しゅくせい》の折に、天の滝によって大小様々な穴を穿うがたれた山脈が、長い時間をかけて埋もれたものと考えられています」


「神の粛清……天の滝ってのはあれだよね、空に4つある」


 この世界では、東西南北の空に地面から巨大なくだが伸びており、その頂点から滝のように地面へと水が落ちてきていた。

 地球では有り得ない異様な光景であり、クラマが「ああ、違う世界に来たんだなあ」という実感を抱いたのも、外に出てこの天の滝を目にした時であった。


「そういえば、クラマにはこの世界の神について話していませんでしたね」


「帰ったら、わたしが教えてあげる!」


「うん。お願い、パフィー」


 クラマがパフィーと約束を取り付けると、改めてダンジョン攻略へと向かう。


「マップはある程度は妥協をして、目印をつけて進んでいきましょう」


 イエニアが壁に剣で印を刻みつつ、1階と同様にクラマが先行して探索する。

 でこぼこの岩場に注意を払い、クラマは慎重に進んでいった。

 歩きながらイエニアが探索の注意点を述べる。


「2階も1階と同じく、冒険者の出入りが多いので人工的な罠はほぼないでしょう。しかし滑りやすい岩もあるので、足元には気をつけてください」


「わかった」


 クラマは棒を小脇こわきに抱えて片手を空けておき、必要な時のみ両手で持つようにする。


「それから、こんな地形ですから探索も隅々まで行われていません。1階と違って危険な生物が潜んでいる可能性もあります」


 その他にも適宜てきぎイエニアはアドバイスをはさんでいく。

 まずは何事もなく進んでいく探索。

 ……そうしていると不意に、クラマはあるものに気がついた。


「みんなストップ。レイフ、ちょっとあみ貸して」


 クラマはレイフから投網とあみを受け取ると、やおら靴を脱ぎ、棒の先端に取り付けた。

 棒の先についた靴を手前からぺた、ぺた、と少しずつ奥へ進ませる。

 クラマのいる位置から2メートル半ほど靴が進んだところで……


「キィィィィイイイッ!! ギッ! キィッ!」


 まるでガラスを引っいたような耳障みみざわりな鳴き声とともに、何もなかったように見えた壁から何匹もの小動物が飛び出し、棒の先端についた靴に飛びついた!


「よしきた! そらっ!」


 クラマは構えていた網を投げる!

 投網は見事に獲物を捉え、クラマは計4匹の小動物を捕獲した。


「クラマ、すごーい!」


 背後の3人から歓声が上がった。

 イエニアは網の中でぐったりしているそれらを確認する。


「これは……サイヨロアーピント。別名、隠れ岩ねずみですね。鍾乳洞などの岩場に生息せいそくして、壁に擬態ぎたいして通った生き物を襲う獰猛どうもうな生物です。よく気が付きましたね」


 深く感心しているイエニアに、クラマは答える。


「うん、壁の両側に細いフンがいくつか落ちてるでしょ? それがあったらこいつに注意しろって、ギルドにいた冒険者の人達に教わったんだ」


「そうでしたか……冒険者はライバルとなる他の冒険者には、タダで情報を与えることを嫌うものですが……珍しいですね」


 レイフもしげしげと隠れ岩ねずみサイヨロアーピントを眺める。


「へえ~、目も耳も鼻もないのね。そんなに危ないやつなの、これ?」


「ええ。集団で狩りを行い、獲物が人間であればまずアキレス腱を強靭なあごで食いちぎり、逃げられなくしたところで、2~3日かけてゆっくりと全身をむさぼっていきます」


「うわぁ……」


 生きたままじわじわ食われることを想像したのか、レイフは引きつった顔で後ずさった。


 捕獲した隠れ岩ねずみはイエニアがしっかりしめてから、レイフの荷袋に入れられた。

 野生動物に詳しいイエニアによると、


「皮をけば、似ても焼いても全身あますところなく頂けます。滋養強壮にもいいんですよ」


 とのことだった。


 それからもクラマは他の冒険者から得た知識で危険を避け、運量の消費を少なく抑えて探索を進めていった。



> クラマ 運量:9572 → 9527/10000(-45)

> クラマ 心量:94 → 89(-5)

> イエニア心量:423 → 416/500(-7)

> パフィー心量:489 → 484/500(-5)

> レイフ 心量:411 → 404/500(-7)






 クラマは慎重に、注意深く探索を続ける。

 しかしどれだけ気をつけようとも、危険な生き物との遭遇が避けられないのがダンジョン探索というものである。

 パーティーは遭遇した獣と戦闘になった!


「イエニア!」


 クラマはイエニアに声をかけてから、手にした棒をイエニアの後ろから思いきり突き出した!


「ギャウ!」


 鳴き声をあげてひるんだのは、2メートル近い巨体の、6本足の獣。

 獣はアリクイのような顔で、2本の足で直立している。

 目を突かれた獣が怯んだ隙に、イエニアは盾を構えながら詠唱を行う!


「オクシオ・ビウヌ! サウォ・ニノ・シニセ・ノウツ――ファウンウォット・シヴュラ!!」



> イエニア心量:416 → 386/500(-30)



 詠唱が完了した瞬間、イエニアの盾に燃えるような赤い紋章が浮かび上がる!


「クラマ!」


「おおっ!」


 イエニアに呼びかけられたクラマは、もう一度イエニアの後ろから棒を出して突く!

 ……が、獣は学習したのか前足を上げてそれを阻む。

 さらには圧倒的なパワーで押し返してきた!


「ふんっぐぐぐぐ……!」


 クラマは負けじと押し返そうとするが、獣の前足はぴくりとも動かない。


「もういいですよ、クラマ」


 凛と響くイエニアの声。

 獣がクラマに目を向けている間に、イエニアは獣のももに乗り上げていた。

 相手の足に乗り上げたことで身長差が埋まる。

 イエニアの前には獣の頭部。

 ――うな剛腕ごうわん

 イエニアの手にした盾、それが颶風ぐふうのごとき唸りをあげて、獣の側頭部へ直撃した!


 ガァァァァアン!!!


 破裂音にも似た轟音が鳴り響く!

 フックの要領で大きく遠心力をかけた、イエニア必殺の一撃。

 打撃など効果があるとは到底思えない獣の巨体であったが、ゆらり、ゆらりとその体を揺らし……最後に身を投げ出すように倒れた。


 ズズン……と地響きを鳴らして倒れる巨体。

 仲間達から安堵あんどと喜びの声があがった。


「すごいわ、ふたりとも!」


「さっすがねぇ~。クラマも頼りになるじゃない」


 仲間の称賛しょうさんに応えるよりも先に、イエニアは剣を抜いて獣の首を切り裂き、とどめを刺した。

 イエニアは大きく息を吐く。

 クラマはそこに声をかけた。


「お疲れ、イエニア。どうだったかな?」


「ええ、いい感じでしたね。ただ、突きを止められてからねばるのは、押し返されて壁と挟まれる危険があるので、すぐに引いて手数で気を引く方がいいですね」


「ふーむ、なるほど」


 クラマとイエニアは連携について軽く話し合う。

 イエニアとの話を終えたクラマは地面に投げ出された棒を拾い上げると、既に持っている棒と先端を合わせてひねる。

 すると2本の棒が合体し、長い1本の棒になった!


「よく考えますよね、そういうの……」


 若干呆れの混じったイエニアの感嘆。

 クラマはフッと笑うと、棒を構えて声高に叫んだ!


「これこそは、古代ギリシアはマケドニアが当時世界最強を誇ったファランクスより着想を得た、ランス・オブ・ピリッポス・ザ・セカンド!」


 だが棒であった。


「でも作ったのはパフィーですよね?」


 そして作ったのはパフィーであった。

 クラマが自分も戦闘で何か出来ることはないか……とイエニアに相談した結果、すったもんだがありつつも最終的に出た結論が、棒であった。

 剣道の経験もないクラマが、剣を持っていきなり戦えるわけがない。

 そもそも刃物は素人が扱うと、誤って仲間や自分を斬ってしまう危険が大きい。

 ……という説明をされてもしつこく食い下がるクラマに折れたイエニアは、先程のようにイエニアを盾にしてクラマが後ろから棒でサポートするという案を採用することになったのであった。


 イエニアから戦闘の許可を得たクラマはパフィーと相談して、探索用の棒を分割・連結して、戦闘にも使えるように改造してもらった。

 この長物を分割・連結する事と、味方の背後から長い武器で攻撃するというアイデアは、先ほどクラマが言っていた通り、マケドニア王ピリッポス2世が考案した長槍・サリッサによるファランクス戦術をもとに考えたものだった。

 もっとも、本来は槍を分割して持ち運び、戦闘時には繋げて使用するものであるが……残念なことにそれはダンジョン内で使うには長すぎた。


 そうしてクラマは、3日前からこの棒を使って、毎日イエニアに稽古けいこをつけてもらっていた。


「何度も言いますけど、忘れないでくださいね。あなたが武器を持つのは敵を倒すためではなく、パフィーとレイフ、そして自分を守るためですよ」


「うん、わかってる」


 イエニアの念押しにクラマは頷く。

 話が終わったところで丁度いい時間だったので、一行はそのまま食事休憩に移ることにした。

 倒したばかりの獣は、イエニアの主導によってシンプルなブロック肉のバーベキューとなった。


 作り方は以下。

 1.適当に切った肉に調味料をまぶす。

 2.肉に鉄串を刺す。

 3.火の上で回しながら焼き上げる。

 4.完成!


 食欲をそそる焼肉の香りが広がった。

 クラマは豪快にブロック肉へとかじりつく!


「はぐ、あむ、ん………………………」


 固い。しかしあれほどの筋肉の塊なのだ。仕方ないとクラマは考えた。

 だが。だがしかし。口の中に広がる、強いくさみ。こればかりは如何いかんともしがたかった。


「どうしました、クラマ。食が進んでいませんよ」


 イエニアは肉の固さも匂いも物ともせずに、がつがつと食いちぎっている。


「あ~、やっぱりダメみたいねぇ」


「わたしもこのくさみはちょっと……」


 クラマだけでなく、パフィーもこれには不満顔である。


 次の探索までに、必ず何らかの対策を講じる。

 そうクラマは固く心に誓った。

 固い肉にかじりつきながら。



【クラマのメモ】------------------------

イーノウポウ(別名:舌伸び大熊)


 地下2階で遭遇。洞窟や山岳地帯に生息し、微生物から大型の獣まで何でも食う悪食。

 熊の体にアリクイの顔。二本足で直立する。ごつい体格で、大きいものは全長3メートルを超える。

 六本足を器用に使ってどこにでも入り込んでいき、細長い舌を伸ばして微生物を舐めとったり、小動物を捕食する。唾液には麻痺毒の成分が含まれており、獲物を逃がさない。

 爪や牙だけでなく、舌による攻撃にも警戒する必要がある。


 肉は臭みが強い。そして固い。

 体の大きさのわりに食べられる部分は少ない。

 毛皮は高く売れる。

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 食後の休憩時間にて。

 クラマは今の戦闘で気になったことがあった。


「そういえばさ、イエニアの盾って魔法で硬度を強化できるんだよね?」


「ええ、そうです。陳情句ちんじょうくまで入れれば、熱や冷気、腐食液ふしょくえきに至るまで、あらゆる外敵からの脅威を遮断しゃだんできます」


 魔法については、クラマもあれから簡単に説明を受けていた。

 魔法は詠唱によって発動し、詠唱は「始動句しどうく」「律定句りつじょうく」「陳情句ちんじょうく」「発動句はつどうく」の4つから成る。

 「オクシオ・○○」の部分が始動句。〇〇の部分は魔法の種類で変わる。

 その後に続く、長くて意味の分からない呪文が律定句。これで具体的な魔法の効果を決める。

 次に続く日本語の部分が陳情句で、これは魔法の効果を高めるもの。省略しても構わない。

 そして最後に発動句。これを言うことで魔法が発動する。


 本来はこの他に「心想律定しんそうりつじょう」といって、律定句の部分を空間的にイメージする必要があるのだが……これを省けるようにしたのが、魔法具というアイテムである。

 代わりに魔法具では、あらかじめ決められた魔法しか使えない。

 それでも、それまで極度の集中を要するために戦闘時にはほぼ使用が不可能だった魔法を、限定的とはいえ戦闘中にも使用できるようにした魔法具の存在は大きい。


 現在このパーティーが保有している魔法具は3つ。

 1つ目はイエニアの盾。魔法によって防御力が上がる。

 2つ目はパフィーの胸当て。解毒と、火炎による攻撃の2つが使用できる。

 3つ目はレイフの短剣。心量の低い者を眠らせる魔法が入っている。


 心量の低い地球人はほとんど魔法を使用できないが、いざという時のためにクラマも詠唱は暗記している。


 ……というわけで、クラマは尋ねた。


「盾で殴る時に使っても、あんまり意味なくない?」


「……………………」


 沈黙。

 もしや何か聞いてはいけない事だったのだろうか?

 クラマが様子をうかがっていると、イエニアはゆっくりと口を開いた。


「クラマ、効率ばかりを求める風潮はいかがなものかと思います」


「うん」


 あ、やっぱり効率悪いんだ。と思ったがクラマは口に出さなかった。


「それに、この盾は誇りある王国騎士として叙勲じょくんしたおりたまわる正騎士の証。たとえ剣と命をなくそうとも、盾と誇りを失うなと言われています」


「へえ、じゃあ他の騎士もこうやって盾を使って戦うんだ」


「……………………」


 再びの沈黙。

 イエニアはとても言いにくそうにしている。


「……イエニア?」


 クラマが呼ぶと、イエニアは伏し目がちに語った。


「……他の騎士たちは皆、様々な武器をたくみに操り流麗りゅうれいに戦います。彼らは幼い頃から騎士となるべく武芸百般を身に着けますから。このように地味な戦い方をするのは私だけです」


「そっか。お姫様だもんね」


 イエニアの気さくな態度のために忘れそうになるが、19番目の王女とはいえ、彼女はれっきとしたお姫様なのである。

 姫として育っていたのが、事情により騎士とならざるを得なかったのだろう。とクラマは得心とくしんした。


 イエニアの事情はクラマには分からない。

 クラマは何度かイエニアに過去の事を尋ねていたが、いつも適当にはぐらかされていた。

 なので、このようにイエニアの方から語ってくれるのは珍しい。

 以前よりもイエニアとの距離が縮まっているのを、クラマは感じていた。


「はーい、時間よー! みんな休憩終わりー!」


 パフィーが休憩時間の終わりを告げる。

 しかしそこには地面をごろりと転がってあらがうレイフの姿が!


「えぇ~、もうちょっとだけ……だめ?」


「だめー! 起きなさーい!」


 そんな微笑ほほえましいやり取りを眺めながら、クラマとイエニアも探索再開の準備にとりかかった。

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