第2話宿~

 鳥取駅まではバスで40分ほどかかった。そこで、いくつかの宿を当たった。3軒目にして、少年の宿泊先が判明した。駅から歩いて10分ほどのところにある「観水庭こぜにや」という温泉旅館だった。銭をかたどった塀に囲まれた旅館で、中庭に大きな池があり、鯉がたくさん泳いでいた。

「佐藤優哉君は、今朝チェックアウトしたんですね?それは何時ごろでしょうか?」

良平は番頭と思われる男性に聞いた。

「はい。8時ごろでございました。」

「これからどこへ行くか、話しませんでしたか?」

「どこへ行くかとまでは。駅へ向かわれるのでしたらお送りしますと申し上げたのですが、歩いてすぐだからいいとおっしゃって、歩いて駅の方へ向かわれました。」

「朝8時のチェックアウトは早いですよね。朝食は何時だったのでしょうか?」

律子が尋ねると、

「いえ、佐藤様は素泊まりプランでございました。朝食は召し上がらずにご出発されました。」

律子はうなずいた。そして良平に、

「駅の近くで朝食を取った可能性が高いわね。探しましょう。」

と言い、こぜにやを出た。


 静かな道を歩き、小さな川を越える。すると繁華街になる。お店も多くなる。しかし、朝8時から開いている店はそう多くない。朝食の取れそうな店、もしくはコンビニを見かけると、片っ端から店員に写真を見せて歩いた。今朝の事なので、店員もそのままの可能性が高い。

 数軒の店やコンビニに立ち寄った後、東京の人間がはっと目を引く店があった。それは

「すなば珈琲」。

「あ、佐藤さん。これって確か鳥取県知事が“鳥取にはスタバはないけど砂場がある”とかなんとか言ったことに因んだ名前じゃないですか?」

良平が興奮気味に言った。

「でも、鳥取にもスタバができたのよね。確か。」

もう数年前の事になるが。

「ええ、スタバは駅の向こう側ですかね。見かけませんね。」

東京の人間なら、このすなば珈琲に入る気がする。二人はそんな感に突き動かされ、すなば珈琲に入店した。

「いらっしゃいませ!」

元気よく、店員の女の子が出迎えてくれた。

「警察の者ですが、今日この少年がこの店に来ませんでしたか。」

良平が写真を見せると、その店員はぱっと顔を上げ、

「来ましたよー、今朝!ちょーかっこよかったー。もう一回来ないかなーって思ってたんです。この人、やっぱり芸能人ですか?」

とまくし立てた。

「あ、いえ。芸能人ではありません。」

良平は、ちょっと面食らってそう答え、律子を見た。律子は苦笑いをしたが、

「私たちは、東京からこの少年を探しに来たのです。彼は何時ごろに来ましたか?」

と店員に話しかけた。店員の女の子は少し考えて、

「8時半くらいでしたかねえ。8時20分くらいかも。それで、8時50分になったら出ていきましたよ。電車かバスの時間を気にしていたみたいです。時計を見て、そろそろだなって感じに立ち上がったから。」

「よく見ていましたね。他に何か変った事とか、思い出すことはありますか?」

良平が聞くと、女の子は、

「だいたい一人のお客さんって、新聞を読むか、スマホを見るかしているものですけど、この人はそのどちらでもなかったんですよ。あそこの窓際に座って、食事が終わっても、ただ窓の外を見ていたんですよね。背もたれに寄りかかって、ちょっと首を傾げて。それがなんか普通じゃなくて、かっこいいなあって。」

そう言って遠くを見るような眼をした。

「東京の人だったのかあ。やっぱりねえ。」

「彼の荷物はどんな感じでしたか?大きかった?」

良平が聞くと、

「大き目のデイバッグでしたよ。確かに、普段の荷物にしては多めに入っている感じでしたね。」

と答えてくれた。律子は、先ほど示された窓際の席に行き、座ってみた。そこから何が見えるのか。このすなば珈琲は、駅前の大通りから斜めに入る道の入り口にあり、窓の目の前は銀行で、窓の方に体を寄せると、大通りの向こうに駅前のバスロータリーが見えた。

「佐藤さん、何が見えますか?」

良平が目の前の椅子に腰かけた。

「バスロータリーが見えるわ。」

「つまり、少年はバスに乗ろうとしていた?」

「こぜにやを8時に出たとしたら、一度駅へ行ってバスの時刻を確かめたのかもしれないわ。そして、ここへ入って、バスの時間まで朝食を取った。」

「なるほど、じゃあ、ここから9時ごろのバスに乗って出かけたわけですね?」

「まだ電車の線も捨てきれないけれどね。とにかくバス停へ行ってみましょう。」

律子と良平は店員にお礼を言って店を出た。出る時、

「彼に会ったら、またこの店に寄ってくださいって伝えてください!」

と言われた。そののん気な申し出に、律子も良平もまたもや苦笑いが出たのだった。彼女はこれが家出の捜索だとは思っていないようだ。

「彼女、この少年より年上でしょうけど、子供扱いしていない感じでしたね。大人に見えるのかな。」

良平は写真をもう一度見た。17歳というのは、大人に見えるか子供に見えるか、個人差があるものだ。

 鳥取駅はバスの発着点である。大きな営業所が駅前にあり、待合室は広い。ここからあらゆる方面に向かうことができる。鳥取市内を循環するバスもある。さあ、佐藤優哉少年は一体どのバスに乗り、どこへ向かったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る