第31話 ぎゅ ぎゃ ぎょう?

「ディア?」

「やだもん。」


 抱き着いたディアを離したいわけではない。鼻をすすっているので、服で拭かないか、を警戒しているのだ。「すっかり懐いちゃってるねぇ。」と、おばちゃんたちに言われてしまう。苦笑するしかない。

 目の前にある可愛らしい耳に触れるほど近づき言う。


「少し、ギュっとして良い?」

「うん、セレス好きぃ。」

「ありがと、ぎゅ~。」

「ぎゅ~。えへへ。」


 柔らかいなぁ、と……いかんいかん。不思議な魔力があるな、ディアは。少し獣臭いけれど、バスタブでの入浴も無い生活では仕方ないだろう。スプレータイプの消臭剤も無いし。


 空けてもらった椅子に座ると、抱えたディアは周りの視線に気づき縮こまってしまった。

 皆が私たちを見て様々な反応をしているので、恥ずかしくなったのかな。


 優しく撫でていると私の葛藤を察したのか、抱擁を先に解いたディアは、背中を私に預け座り直した。

 私を見上げるディアの笑顔に私も笑顔を返し、アンナさんに声をかけた。


「アンナさん、今日は手伝え——」

「良いの、良いの。休んで良いよ。」

「——そ、そうです? お言葉に甘えて。ん?」


 苦笑いの私を引く少女は、含み笑いで握り拳を突き出した。

 目が点になっていると、ディアは掌に乗せた金色の貨幣を掲げ、宣った。


「セレス、これで今夜、良い?」


 ざわっと、食事処はどよめいた。アンナさんが落とした食器が乾いた音を響かせる。

 誰かが生唾を飲み込む音すら耳に届いた。


 周囲の変化に気づいたディアが、キョロキョロしている。

 放心から再起動した私は、真意を確かめるべくディアに聞いてみる。きっと、では発言していないと思うから。


「ディア、昨日みたいに皆で一緒に寝るって事だよね?」

「え? うん……あ。」


 気づいたらしい。紅潮していく顏を両手で隠すディアの様子に、周りの大人たちも察したようで、元の喧騒が戻ってきた。

 ディアの女の子らしからぬ叫びを、周りの大人が笑っているのは見なかった事に。


「あとで慰めないと、いけないだろうなぁ。」


 この時の私は、マノンを止める事など考えもしなかった。


――――――――――


「そろそろね。」

「……ぎょう? ええ、伝えておきます。」

「あなたも向かって良いわよ?」

「ありがとうございます。お土産は——」

「——いつもの。」

「どこぞのバーみたいな事を言わないでください。食べカス持ってきますよ?」

「じゃあ、八つ橋で。」


――――――――――


被害

 ある少女の羞恥心「皆に聞かれたぁ……。」「よしよし。」


補足

 マノンは空腹を我慢しきれません。探しに行きたくなります。

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