新月の空には氷の礫を

佐久良 明兎

●それは十二月十日の新月の日。

「それで、きみはモラトリアムを十二分に謳歌しているのかい」


 どんな文脈であっただろうか。今となってはそれも思い出せない。


 おそらく大した意味も無く、深いことも考えずに成り行きで飛び出した言葉であったのだろうと思う。

 ともかく、その何気ない僕の質問に、彼女は淀みなく答えた。


「いいえ」


 そう言って微笑む彼女はどこか妖艶で。


「謳歌なんかじゃない。……歌を歌うどころか、私はきっと呪いの言葉を吐いているの」


 言葉を失った僕に、たたみかけるようにして彼女は厳かに続けた。


「嫌い。この、地に足が付かない、自分の所在が判然としない、それでいて名称だけは偉そうな期間が大嫌い。何もかもが朦朧としていて、分かり切ったことなど何一つ無いというのに、謳歌なんてたまったものじゃない」


 夕陽にその横顔を照らされながら、机に腰掛けたままで彼女は校庭の喧噪を見下ろす。


「ね。みんなはこの刹那的な時代の、何が楽しいの。手にしたものは結局偽物で、いつかそれは泡と消えていく。人はそれを美徳と讃えるけれど、私にはそれの何がそんなに美しいのかが理解出来ない」


 そうしてマユは、僕に向かって絶望的な眼差しを向けながら呟いた。


「いっそこんな期間が続くのならば、私は逃げてしまいたい。この、中途半端な舞台から、自ら」


 何と答えたか、不甲斐ないことに僕は記憶していない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る