ヤシロの真意

 きらめく光を纏ってフワリと降り立つ上原。今までの雰囲気とは違い、これぞ妖精の女王であると言った雰囲気を纏わせている。


「驚いた、マジもんの妖精女王か……しかも人間からの転生たぁな」


 珍しく感嘆の声を漏らすアルハド。どうやら、それ程までに珍しい光景であるらしい。同時に、周囲に広がる甘い香りに僅かに眉を顰める。


「ステージの逢魔……上原はん、完璧に人間やめはったんやね」


 香りを基軸とした逢魔の形成。さらに逢魔での範囲内での、戦闘行為の禁則事項が作られている事を一目で見抜いた楓。ありとあらゆる法則性の書き換え、すなわちアルハドのような頂点に立つ種族としての逢魔の生成だ。


 上原の周囲で戦闘を起こす事は出来ない……というのがこの逢魔の特性。それでいて現実世界にかぶさる逢魔。長距離からの狙撃ならまだしも、接近した時点で戦闘そのものを封じられてしまうのは、場合によってはハメ殺しになる。なにせこの空間の主である上原だけは、その制限に囚われ無いからだ。


「ええ、私としては自覚は無いのですが、どうやらそうみたいですね」


 楓も先程からヤシロを蹴り殺そうとしているのだが、どうにも体が思い通りに動かず困惑する。殺意を覚える度にそれが霧散し、穏やかな気分になるのだが、また足元に転がるヤシロを見ては殺意を覚えての無限ループが発生しているのだ。


「ま、これなら最低限の話し合いは出来るか?其処のティターニア、俺の逢魔で周囲を囲うからそのまま展開し続けろよ」


「ティ、ティタ……?えーっと、その、これ常時展開型みたいなので大丈夫です」


「ハっ、流石俺よりも歴を持ってるだけはあるな」


 そう言って足を打ち鳴らすと、周囲に黒い壁が展開される。時間壁とでも言うべきソレは外部からの狙撃を防ぐための物だ。その状態になって、ようやく全員が落ち着いたといえる状況になった。


「まぁ、座れ、色々話し合わなきゃなんねぇのは皆同じだ」


 そう言って、さり気なく議長を申し出るアルハド。尊大だが気遣いも出来る男である。ひとまず、皆が席に大人しくつくとそのまま会話を始める。ちなみに、メイド達は未だに床で正座したままであるので、中々シュールな光景だ。


「おう、そんで葛乃葉のババアも話し合いに来たんだろうが?次余計な事言ったら縊り殺すから、真面目に答えろよ?」


 そう言われて、僅かに肩を竦めるヤシロ。


「そうやね、そしたら、ウチもちょっと真面目にやろか」


 席に座ったままその姿を変えるヤシロ。扇子でそっと顔を隠し、ズラした瞬間にその顔は今までの物と別の物になる。葛乃葉の姉とでも言うべきうら若い顔ではあるが、僅かに泣き黒子や化粧のセンス等が、彼女とは明確に異なる艶やかな雰囲気を醸し出している。


「ほな、改めて。ウチは葛乃葉社いいます、お見知りおきを。まぁアルハドさんがえらい先急かすから言ってまうけどな?あの輪っかが落っこちた後の事を話に来たんよ」


「天使の輪が落ちた後の事……ですか?」


 アルフォンソが言うと、ヤシロは頷いた。


「まぁ、極論言うと、ウチ等の次元は上がらへんのよ。そうなると種として滅ぶよって、楓ちゃんを高齢出産した訳やね」


「……何言うとんねんこのババア」


 思わず楓が思った事をそのまま口に出す。だが、ヤシロは言葉を続けた。


「土着信仰。ウチ等は人とある事を選んだ半端者や、神様に熨斗のしつけて手ぇ切った連中が、いまさら上に上がれる訳あらへんやろ?」


「神としての進化の形を切ったのか、ババア」


ヤシロの言葉を補足する形で


「そういう事やね?けど、楓は違う。新たに新造した人に踏み込んだ狐や、どっちか言うと人に近い狐のイヴ言う所やね……ウチ等の中で唯一この子だけが世界と共に上に上がれる。宇迦之御魂神と繋がる事の出来る、本物なんよ」


 ヤシロがそう言うと、僅かに眉を潜める楓。そして何かを口にする前にヤシロが先んじてまくし立てた。


「せやのにこの子と来たら!未だに一個も浮いた話あらへんやないの!はよ結婚してポコポコ子供作ってくれんと、ウチも安心して死ねへんやろ?せやからほら、安倍のボンとお見合いとかさせてんけどな?ボンはえらい楓の事気に入ってんけど……」


「ウチと安倍がお見合い?」


 楓の記憶の中にはそんな事を行った覚えは無い。そう思って思い返していると……。


「あら、おぼえてへん?アンタあの子ボッコボコにしてなぁ、」


「あっ、えっ、ウチ6歳の時の話それ?」


 確か6歳ぐらいの時に、小さな男の子をボコボコにした記憶があるのだ。未来の結婚相手だかなんだかと説明されたが、あまりにも弱そうで小心者っぽくて、イラっと来たのでつい殴ってしまったという奴である。


「なんや、よう覚えてるやないの!まぁえらい大暴れしてな!ウチと結婚したかったらウチより強くなってみんかい!ってまぁえらい男前な啖呵切って……流石にちょっとおしとやかさが足りへんから、青龍ちゃん所に預けたんよ」


 ふと、楓の中で幾つかの推察が浮かんでは消えた。いや、消えたのでは無くそう思わないようにしたのだ。もしも安倍景之が凶行に及んだ原因が自分にあるのだとしたら……。


「まぁ、その後ボンが変な事しだしたのは、間違いなくアンタの捨て台詞が絡んでるんやけどな?」


「チッ、人がせっかく考えへんかった事を言いよってババア……」


「罪から目ぇ反らすんもどないかと思うでウチは」


「あーちょっといいですか?」


 不意に2人のやり取りを止めるように、手を挙げるアルフォンソ。


「シレっと滅ぶとか言ってますけど、回避する方法とかは……その……」


「ま、無くは無い程度のお話やねぇ?どっちにしろ楓ちゃんに生み直ししてもらわな始まらへんよって」


「生み直し?」


「転生言う奴やね、最近の言葉で言うならデータ化いう奴?なんにせよ、普通の方法ではちょーっと無理やからね?遺伝子というか、歴言うか、そういうのが根付いてしまったさかいに、色々制限があるんよ」


 ヤシロに向かって露骨なため息をつく葛乃葉。


「あの阿呆ボンが焦った理由はコレかいな。これやから電子機器に詳し無い阿呆はホンマ……もう一段上の話で騒いどるんかと」


「あーら?楓ちゃんは何かええ策もってはんの?」


「さっきデータ化言うたから、もう知っとるんやろ?怪異をデータ化して、向こう側で再誕させる。その上で、狐が天下取る言う話ちゃうの?」


 その言葉に眉を潜めるアルハド。


「天下だぁ?」


「ちょっと楓ちゃん、それ言うたら……」


「だから、そこの話を頭として纏めに来たんやろ?うだうだ言ってんと、さっさと本題に入れっつー話やね」


「もうちょっと駆け引きとか……あー……もうええわ、楓ちゃんが言ってしもたさかい言うけど、楓ちゃんのお陰で上手い事行ったらウチ等狐が輪っか落ちた後の覇権を握る予定やったんよ」


 やれやれと、諦めた様子で語り始めるヤシロ。だが、アルフォンソとアルハドの視線は鋭い物だった。


「種族としての覇権?」


「せや、そもそもの話なんやけどね?今の神様っちゅーんは、次元が上がってしもたさかいにこっちには手出せへんって話やろ?でも、別に上の世界に適応はしてるけどその本質は次元が上がる前のママや」


 ヤシロの言葉に補足するように付け足す楓。


「わかりやすく言うんやったら、最新式のPCに窓の98とか入れてる状態やね。中身がガワに付いて来てない言う話。せやから、狐や人やなんやかんやをデータ化して一旦保存してから、ソフト側を次元の上がった世界に適応させて出力する……これを上位構造体って仮称しよか?とにかくまぁ、上に上がれへん連中をソレに変換しようとしてたんよ」


「理屈は分かるが、そもそもなんでその上位構造体にしなきゃなんねぇんだ?普通に出力すりゃ手間かからなくて楽だろうが?」


 アルハドがそんな最もな事を言うと、楓は首を振って苦言を呈した。


「いいや、必要や。なにせウチ等じゃ次元が上がった場所での戦いに慣れとる神相手に喧嘩吹っかけても勝算は少ない」


「ああ、そういう事か……下から上がってきた僕等を、神が祝福するとも限らない訳だ」


「なるほどな、良い所奴隷か流民って所か?安全に住まう場所の確保や、必要な物資をどっから回収するかって話になったら、持ってるであろう神々から奪うしかねぇ訳だ」


 アルフォンソとアルハドの言葉に頷く楓。


「そういう事。あと、神々も高位次元で戦い慣れてる言うても、ソフトはウチ等と同じで生きてる限り変えれる物や無いんよ、其処で転生言う形でソフトとハードを次元の上がった状態に適応した形に再変換して兵として運用する……そういう話やね」


「ザコ相手なら余裕だが、神々相手じゃって所か。まぁ俺とクロウが組めば主神クラスの5、6柱ぐらい余裕だが、流石に10や20を捌くとなれば下を切り捨てざるをえねぇだろうな」


 全員が黙り込む。アルハドの言葉も可能性としては、非常に大きく存在している事も事実だ。幹部クラスだけならゲリラ的に戦えばどうとでもなる。だが、沢山の人々を守らねばならないとなれば、確かに数が必要になってくるだろう。


 "最悪男子とお嬢だけであっても最悪の事態は回避できるだろう、下の怪異も加われば更に事態が良い方向へ進み…先に居た"ネクロマンサー"と"剣士"も居れば…おそらくはある程度の余裕も出来る筈だ"


 以前、酒呑童子がクロウに対して言った言葉である。


 ある程度の余裕。それは決して日の本の人々全てを、救い上げる事を指している訳では無いのだ。



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