人間を愛した悪魔
フルフルと呼ばれる悪魔は、かつてソロモン王に仕えていた。嵐と雷を操る悪魔であり、直接戦闘能力もかなり高いが…実際には愛を司っていた。
だが、そんなフルフルであってもソロモン王に愛を教える事は出来なかった。だからせめて他人からは愛されるようにと、王に祝福を与えたのだ。自らのような悪魔以外の誰かならば彼に愛を与えられると信じて。
だが、だめだった。王は愛を知らず孤独なままに死に絶える。だからこそ王の落命の日を予感したフルフルは自らの未熟さを嘆き、そして自らも人になり愛を学ぼうと思ったのだ。
フルフルは悪魔らしく策を巡らせた。ソロモン王の眼を盗み、宮殿内の男に声をかけ、彼の愛を実らせる対価にフルフルは一人目に生まれた子供の体を求めた。自らの依り代としての体を。
そうしてフルフルは何度も何度も体をのりついだ。愛を学び愛を知り、慈しみを覚え悪魔の力を使わずとも愛で人の心を支配できるようになり、そうして流れ往くままに現代に…日本にたどり着いたのだ。
其処で、クロウと出会った。
闇夜の様な少年は格上相手にひるむ事無く立ち向かい、無謀な迄の戦いを常に勝利で終わらせた。傷が深くても立ち上がり。異能が切れても立ち向かい。四肢動かずとも這いずった。
「どうして其処までがんばるの?」
学校で一人休む彼に思わず声をかけた。
「頑張らなきゃ他の奴が襲われる」
『愛』だと、フルフルは理解した。彼は人類を愛している、まだ見ぬ人を愛している、出会った人を愛しているのだ。そして、愛を貫き通す為の力もあった。だからだろうか?フルフルは彼と行動してみようと思ったのだ。
彼に雷鳴の如き体術を教えた、彼にかの王が持つ叡智を授けた、何も直ぐに自らの物として操りより強くなった。
フルフルは彼を愛した。彼もフルフルを愛した。だが…その日は来た。
不注意からイザナギに自らが悪魔であるという事がバレてしまい、白虎との遭遇戦に陥ったのだ。離脱して状況さえ整えれば迎撃は可能であると踏んで逃げ出すも…偶然居合わせたクロウが其処へと割り込んだ。
フルフルはクロウに自らが悪魔である事を知られたくは無かった、悪魔である事を明かして戦えば乗り切る事は出来るかもしれない。だが、彼が自らを受け入れてくれるかは分からなかった。
そうしている内に、負傷した自分を見て血相抱えたクロウは…闇雲に間に入っていつも通りに無謀な戦いに挑み。
そうして勝利した。
いつも通りに満身創痍で、いつも通りに大地に伏せて、いつも通りに微笑んで。いつも通り一言だけ。
「勝ったよ」
と。
初めて人を殺したのに、泣きたいだろうに、痛いだろうに、彼は愛ゆえにそれらを捨て去った。フルフルは初めて涙を流す、愛がこんなにも痛いなんて知らなかった。愛がこんなにも不自由だったなんて知らなかった。だからあの王は王である為に愛を捨て去ったのだと理解した。
初めて普通に恋をして、愛してしまう事がこんなにも苦しいなんて…悪魔は知らなかったのだ。だから、フルフルは少年から離れた。イザナギに失った白虎の代わりとして自らを売り込んだ上で…クロウをイザナギから守る為に。
だが、時を経て少年は強くなった。最早悪魔を遮る物は無い。
いや、だからこそ…悪魔はあの日を振り切らねばならない。愛と愛を天秤に掛けてしまったあの日、答えを出せずに無為に彼を傷つけてしまったあの日の為に。
2度目の選択の刻限が来たのだ。
◇
「各個体ともに精神は安定しています、体格に個体差はあれども皆私達の戦闘データを肉体に叩き込まれているようですから戦闘は問題ないかと」
「流石博士だ、服が無い事以外完璧だな…ヒロフミさん、そちらの準備は?」
「まだ調整に時間がかかりそうです、しかし実戦でいきなりの投入なのは少し不安ですね」
そう言いながらトンと、強化スーツに身を包んだヒロフミが踵を鳴らす。長時間の戦闘が予想される為に、体力的に不安があるヒロフミへ強化スーツの身体補佐が必要であるとクロウが強く勧めたのだ。結果、押し切られる形で渋々ながらも装着するに至っている。
クロウ達は、CLOSEビルの地下で全員が慌ただしく決戦の準備を進めていた。それに際し、幾つかの互いの予備装備等をそれぞれの前線メンバーに装備させる事で持続的戦闘力を上げる方針を取ったのだ。
「無理だと思ったら最悪投棄してもらって構わないさ、使い捨てるには惜しいが状況が状況だ」
「ソチラもかなり無茶な装備をしてますが…まぁ貴方に関しては心配する必要も無いですか」
チラリとクロウの増設されたエクステンドアームを見るヒロフミ。通常太ももに2つなのだが、今回は追加オプションとして背と腰にさらに2つ、葛乃葉のフロートウェポンの予備4機と異能で打たれた刀を2本追加装備として装着しているのだ。決戦装備のように見えなくもない。
「社長、私は本当に待機で良いの?」
不服という訳ではないが、自らの配置に疑問を持ったリーリャがクロウに尋ねる。今回のような相手の場合リーリャが前に出るのは確かに間違いでは無いのだが…。
「待機と言うよりも後方支援だ、通信状況の安定化とHQ《ヘッドクオータース》の役割を担ってもらいたい」
「まぁ、ウチかリーリャちゃんのどちらかは残って式の制御せんとあきまへんし、身体能力で言うたらウチの方が前線は適任やからねぇ」
壁向こうからヒョッコリと顔を出して、それだけ言うと再び引っ込む葛乃葉。葛乃葉も葛乃葉で現在リーリャと合作した式神の準備中であり中々忙しいようだ。以前話しに出ていたクロウの腕を利用した重火器装備の式神を今回の戦闘で実際に試す事になったのだが、失敗したとしても葛乃葉が前に出て戦えば良いので然程変わらないだろうというクロウと葛乃葉の判断である。
「そういう事だ、無いとは思うがアルフォンソが少女達を連れて此方に来たら少女達を預かってアルフォンソを前線に送ってくれ」
「りょーかい、一人守るのも複数人守るのも、あんまり変わらないものね」
そうリーリャが納得して頷くと、バァンと扉が開け放たれ、其処には大量の紙袋を持った上原が息を切らして立っていた。どうやら目当ての物は手に入ったらしい。
「社長!ありったけの服買い集めてきました!!」
「ナイスだ上原、急いで付喪神達に着せていってくれ」
「はい!」
『そこからここまでの服全部下さい』などという成金買いを人生で初めてしてしまった上原は、こころなしか少しご機嫌だ。つい先程までアリアのクルマにゲロった反省文を書いていた事など忘れ去ったかのような清々しさすら感じる。
「あ、そういえば社長、コレットには電話した?ほら、ソロモン王候補の…」
「っと、忘れてた、リーリャ!ソロモン王候補との交渉を頼む!」
「額は?」
「
「りょーかい、スカウトも掛けて良いのよね?」
「むしろそっちがメインだ、宜しく頼む」
やいやいと皆が忙しく装備を整える中、ポーンとメールの受信音が響いた。急ぎリーリャが確認すると、其処には政府からの緊急召集令のメールがBOXの中に一通入っているのを見てリーリャは内容すら確認せず即削除した。
「会議の出席依頼着てたから消しといたわ、変わりにメールで先手打って動く事を伝えとく」
カタカタとキーボードを操作し、メールを送り返すと今度は輪転道からのメールが1通届いた。
「輪転道のオジサンからメール、あっちは既に部隊展開終わったって…流石に早いわ、黒鉄?っていう部隊も出たらしいけど…」
「ウチの古巣やねぇ、皆結構強いから戦力として見て良いと思いますえ?」
「あら、なら期待できそうね?それと他の企業も足が速いのは既に前線メンバー決めて前に出てるみたい」
「ウチが一番早く情報掴んだのに一番遅参しそうだな…」
「政府の間抜けより早いからセーフで良いと思うわよ?後、輪転道からのリークによると今回イザナギは様子見らしいわ」
「……は?」
「下らない駆け引きよ、他の組織が苦戦したら兵を出すみたい」
その言葉を聞き、ため息をつくヒロフミ。
「其処まで堕ちましたか、愚かな…」
確かにイザナギが既に腐りつつある事は知っていたが、それでもある程度の理性はあると思っていたヒロフミにとってそれは悲報だった。とはいえ、そのあたりの事を知っていた葛乃葉にとっては今更感あふれる対応ではあったのだが。
「正義の味方するよりは、ウチ等みたいに悪人が集まった方がぎょうさん儲かるからねぇ…あっちもそういう舵取りに入ったんとちゃいます?」
「ハハ!言いたいこと色々あるけどウチが悪の組織みたいな言い方やめない?」
思わず素で突っ込むクロウ。もっとも、法律的には所属人員からして既にアウト・オブ・アウトなのでそれこそ今更である。
「法律に幾つ接触してるか数えてみましょうか?」
そうリーリャが言うと。
「10から先は覚えてない」
と、とぼけて返すクロウ。
「カッコイイ風に言ってはるけど、銃と草売ってはるヤクザよりウチ等ヤバイ扱いやからねぇ?その辺どうですの社長はん?」
「捕まってないからセーフの精神で行きたいと考えております」
皆からドっと、笑いが溢れた。決戦前にしては少々緩いが、強者である彼等らしいとも言えるだろう。
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