死生係
椿屋 ひろみ
死生係
ここは田舎の市役所。
小太りの中年に連れられ、ルンペンのような男が建物の奥の小さい部屋に入った。
「今日から君はここで働いてもらう」
そこは厚いカーテンに閉ざされ、電話帳のような分厚い本とパソコンが置いてある以外何もなかった。
彼は無精髭を触りながら上司から仕事の説明を受けた。
上司が去り、一人になった彼はパイプ椅子に座ったまま背伸びし生欠伸をした。
「ついに俺も窓際か」
その証拠にさっき上司から仕事の方法は教えてもらったが、どんな仕事か教えてもらってないのだ。
ただ、書類にある郵便番号みたいな数字の列をパソコンに打ちこんでメールで送るだけ。
あとミスは絶対に許されないと何度も念を押された。
それにもう一つおかしいことと言えば、この部署に入った途端に周りが極端によそよそしくなったことだ。
まるで俺がヤクザか何かの仲間入りしたかのようにおどおどしている奴だっている。
そんな中、同期の杉田がそれを見かねて麻雀に誘ってくれた。
場末の小汚いビルにある雀荘に入り、彼の麻雀仲間とかいう奴二人と合流した。
初対面でも麻雀が始まれば皆仲間。
ホープを吸いながら牌を慣れた手つきで混ぜる。
マルボロを片手に杉田が言った。
「君はいつ見ても役所勤めとは思えないなぁ。土方がお似合いだ」
「何を仰りますか、俺も始めは真面目を絵にしたような野郎でしたわ。それもここ数年過ぎたころからどうも世間に冷めちまってね」
杉田の仲間の中年が言った。
「ということは先生や親が言っていた社会というのは厳しいものだって信じてた口だね。どこ行っても不正が暴かれるとどこかが都合が悪くなるからごまかす。結局嘘もごまかしも言わないだけで大人の方がやっているもんだ」
「そりゃそんなこと言ってしまったら子供に大人に対する尊厳なんか育ちませんよ」
麻雀大会は夜明けまで続いた。
退くに引けないほど盛り上がってしまい、その体でまたデスクに至る。
昨日のことですっかり疲れ果ててしまった俺はコーヒーを片手にカタカタとパソコンにデータを入力した。
すると杉田が顔を青ざめてやってきた。
「どうした、急に」
「野々村さんが亡くなったって。ほら昨日一緒にいたあの・・」
嫌な予感がした。思わず立ち上がり、コーヒーを零してしまった。
すると係長が頭を湯気立ちながら殴りこんできた。
「どうしてくれるのだ!関係ない人が死んで死んだはずの人が生きかえってしまったじゃないか」
どうやら俺は入力ミスをしたまま送ってしまったようだ。
それがどういうことなのか、ようやくわかった。
・・この仕事は死生係だ。
役所関係の間でまことしやかに噂されていたもので、俺も都市伝説ぐらいにしか思っていなかったが、まさか自分がこの仕事をしていたなんて。
上司に必要以上に怒鳴られた俺は疲れもあって現界に達した。
そりゃ人の運命を滅茶苦茶にしたのは事実だが、これは過失だ。
元をたどればこんな部署に俺を入れたのが悪い。
虫の居所が悪い俺は、この後死亡欄に部長の番号をこっそり打ちこんだ。
それを躊躇いなく送信すると胸がスカッとした。
そうだ、俺は神様になったのだ。
気に入らないやつはここに書いて殺せばいいんだ。
何とも言えない優越感に震えた。
さて、誰を殺そうか・・俺を振った明子か、
どす黒い考えがぐるぐると廻った。
すると背後から肩を叩かれ、振り向くと顔面蒼白の何かが立っていた。
「・・あ、あれ?」
「そうだろうと思ったよ。一体今まで何人同じことをしたか・・実に浅はかだ」
次の日、男はこの世にない悍ましいものを見たような顔で死んでいた。
係長は散乱した書類を片付けながら呟いた。
「また新しい人を探さないとな」
死生係 椿屋 ひろみ @tubakiya-h1rom1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死生係の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます