第36話 危機

さてついに、二次試験は明日となった。私は朝、目覚めたときから胸が苦しかった。緊張のせいである。私が焦っても、どうにもならない。それはわかっているのだが。

また日菜子ちゃんが、金曜の夜から泊まりにきていた。今朝の朝食は、彼女が作ってくれるという。大丈夫かな、と少し不安になったが任せることにした。

私は、今日の授業はなしにした。直前でジタバタしても始まらない。ゆっくり過ごして、これまでの勉強をおさらいすればいい。

涼ちゃんと真理ちゃんは何も言わないが、私はまた二人を試験会場まで送らねばならないだろう。そして、試験が終わるまで待つんだろう。それならばと、験担ぎではないが私にあるアイデアが浮かんだ。

「洋服を、買ってくる」と、朝食の後私はみんなに言った。

「誰の?」と、涼ちゃんが聞いた。

「俺の」

「うわー、楽しみ。私も行く!」と、真理ちゃんが大きな声で言った。

「私も行くー」と、涼ちゃんが続いた。

「私もー」と日菜子ちゃんも言った。

うーむ、私は一人で静かに買い物したかったのだが。でもいいか。試験前日にリラックスするには、買い物はちょうどいいかもしれない。


10時15分くらい前に、私たちは車で出発した。目指すは、千葉そごうである。空は冬らしい快晴、寒いけれど空気が透けるような爽やかな朝だった。私たちは日菜子ちゃん選曲のミスチルを聴きながら、千葉そごうの隣の立体駐車場に入った。

車を降りたら、エレベーターを使って四階の空中通路に行き、そこを通って千葉そごうに入った。五階が、紳士服売り場である。

「ねえ、どんな服買うの?」と、涼ちゃんが聞いた。

「以前涼ちゃんが、俺に似合う服装って教えてくれたやつ。ほら、茶色い革のハーフコートに黒いセーター、それから何だっけ?靴は、ブーツでいいんだよね?」

「拓ちゃん、ちょっと待って」と、涼ちゃんが言った。

ちょうどすぐそばに、休憩するための三人がけの椅子が三つ並んでいた。女性陣はそこに腰を下ろすと、何やら真剣な表情をして小声で話し合った。まるで朝鮮半島の非核化実現について、米朝が会談してるみたいだった。俺の洋服なんだけどな。

以前もお話ししたが、私は30年間同じ格好しかしていない。フード付きのスウェットにジーンズだ。だから、洋服について悩むことがない。しかし今日は違った。いったいどの店に入ればいいのか、検討がつかなかった。だがこの紳士服売り場のどこかに、目指す物はあるだろう。

話がまとまったのか、三人は立ち上がった。いったい何が決まったんだろう?

「まず、革のハーフコートを探そう」と、私は言った。三人とも、大きくうなずいた。

さてと。私はまず普段なら絶対入らない、ブランド物の店に入った。ちょうど冬物のセールをしていて、全品50%引きだそうだ。

私は、早速皮のコートを見つけた。色は黒に近い茶色だった。手に取って見ていると、早速男の店員が寄ってきた。

「これは、おいくらですか?」

「12万円になります」

何?!

「12万円で50%引きだから、6万円ですか?」

「いえ、50%引きで12万です」と、彼は答えた。

ぎょええ、もとは24万円ってことか。そんな服、一般庶民が着るものじゃない。勘弁してくれと考えていると、涼ちゃんが冷徹に判決を下す裁判官のように言った。

「色が、濃すぎる」

この一言で、私は12万円のコートから逃げ出すことができた。その店員は心から悲しそうな顔をしたが、ダメなものはダメだ。

「気に入ったコートを見つけてから、また来ます」

私は彼にそう言って、みんなとお店を出た。


こうして私たちは、5階の紳士服売り場をしらみつぶしに回ることになった。とにかく涼ちゃんが厳しい。なかなかOKが出ない。そういや真理ちゃんも、自分の服を買うとき涼ちゃんのこだわりがすごいって言ってたっけ。こういう人生の楽しみ方もあるんだな。

私は、自分の思考回路を停止した。そして15軒目くらいで、涼ちゃんが納得するハーフコートが見つかった。

「どうぞ、試着なさってください」

店員の勧めで、私はそのハーフコートを着て鏡の前に立ってみた。しかしコートよりも、老いた自分の顔に目がいってしまった。深く後退した額。白髪混じりの髪。薄汚れてシミだらけの肌。そして、深く刻まれた幾筋もの皺。もう、中年というより老人だ。そんな自分が、高いコートを着ても意味ない気がした。この企画は、失敗だったかな。

「いいよ。合ってる、合ってる」と、涼ちゃんが目を輝かせて言ってくれた。そうかなあ?

こんな調子で私たちは、五階フロアをぐるぐる何周も回った。私はクラゲのように、波に任せて漂った。私は、陸上競技の一万m走を思い出した。黙々と、トラックを回るのだ。やがて鐘が鳴るだろう。最後の一周の合図だ。

結局私の服は、すべて涼ちゃんが選んだようなものだった。黒のセーター、カーキ色のズボン、レッドウィングの革ブーツ。やっと終わったかと思ったら、涼ちゃんが「可愛いマフラーも必要だ」と言いだした。

私はもう、何も考えられなかった。なので、マフラー選びは女性陣にすべて任せた。三人はまた店をいくつも巡り、あーでもない、こーでもないと悩んでいた。マフラーなんて、私は普段しないんだけど。まあ、みんなの気分転換になるならいいか。

ようやくマフラーも決まった。紫とピンクと白が、縞模様になったマフラーだ。こんなのが私に似合うんだろうか?試しに、首に巻いて見るとことにした。真理ちゃんが、あやとりでもするみたいな複雑な巻き方をしてくれた。ダメだ。こんなの絶対に覚えられない。

「悪くないね」と、厳しい涼ちゃんが言った。

「いや、可愛いよ」と、真理ちゃんが言った。可愛くても、なあ?

私は鏡を見るのはやめた。みんながいいというなら、いいんだろう。自分の価値観は捨てることにした。日菜子ちゃんも、「いいよ、すごく」と言ってくれた。

さて会計は、結構な金額になった。前月のボーナスに、深刻なダメージを与える額である。まあ、いいさ。もうこんなこと、死ぬまでないだろう。

両手一杯に袋を抱え、千葉そごうを出た。11時半だった。すると涼ちゃんと真理ちゃんが、行きたい店があると言いだした。彼女たちの案内で街を歩くと、卵料理の専門店という不思議なお店に着いた。まだランチタイム前なので、幸いお店は空いていた。

「拓ちゃん、ここに来たらオムライスを食べないと損なんだよ」と、涼ちゃんが教えてくれた。彼女のお薦めに従い、全員オムライスを頼んだ。

「とうとう、明日になっちゃった」と、食事を待っているときに真理ちゃんが口を開いた。私はその話題を、意図的に避けていた。

「緊張してる?」と、日菜子ちゃんが聞いた。

「いや、そうでもない。ここんところメチャクチャ勉強したから、もうこれ以上は無理。それでダメなら、諦めがつくって気分かな」と、真理ちゃんは言った。

「私は受かる気満々だよ。真理ちゃんと一緒に受かるの。そう信じてる」と、涼ちゃんが言った。そう言う彼女の目は、熱かった。目つきは鋭く、瞳はギラギラと輝いていた。しかしこの気合いは、明日まで続くだろうか?


実に美味しいオムライスを食べた後、私たちは家に帰った。涼ちゃんと真理ちゃんは、それぞれ一人で部屋にこもった。最後の復習をしているのだろう。私と日菜子ちゃんは、何もすることがなくなった。

夕食は二人が大好きな、鶏肉のクリームシチュウにすると決めていた。材料はすべて買ってある。だから、買い出しに行く必要もない。かと言って、二人を置いて日菜子ちゃんと遊びに行くのも気が引けた。さて、どうしようか?

私と日菜子ちゃんは、ダイニングルームの机で紅茶を飲んだ。彼女に伝えるべきことは、実はたくさんある。しかしそのどれも、今は話すべきではないと思えた。私は基本的には、「待ち」の男だ。話題の材料は用意しておいて、本人がそれを聞いてきたときに話す。そのほうが、無理矢理説得するよりずっと効果的だ。だから私は、主導権を日菜子ちゃんに渡した。

「どうしようか?」

日菜子ちゃんは、少しうつむいて恥ずかしそうに笑った。緊張しているのか、可愛らしく少し身をすくめた。

「拓ちゃん、会ってきたよ」と、日菜子ちゃんは突然言った。

「会ったって、誰に?」

「私の、子供のころからの親友。あ、彼女の名前は、佐藤絵里子って言うんだけど。拓ちゃんの言う通り、会ったよ」

そう話す日菜子は、どこか晴れ晴れとした笑顔を見せていた。彼女の中で、何かが吹っ切れた様子だった。そのときのことを話したがっているのは、手に取るようにわかった。ならば、仕方がない。きっと部屋で話す内容ではない。

「どっか、出かけようか?」

「うん!」

私は部屋で勉強している、涼ちゃんと真理ちゃんに出かけるとことわった。時間はまだ14時過ぎだった。私は車に日菜子ちゃんを乗せ、幕張の浜に向かった。ここは最初、新宿に変わる副都心を目指したが見事に失敗。その代わりに、都心まで30分のベッドタウンに方向転換した。オフィスビルではなく、高層マンションが林立している。だがこのマンション街が、まるでディズニーリゾートにありそうな建物で、見るものを楽しませてくれる。

私は車をだだっ広い駐車場に停めた。ここには、巨大な催し物会場があり、モーターショウもここで開催される。おまけにすぐそばには、プロ野球のロッテのホームグラウンドもある。人がたくさん訪れる日は、近づかない方がいい場所だ。だが、何のイベントもない今日は、駐車場は閑散としていた。

私と日菜子ちゃんは、まず歩道橋を渡った。それから、野球場の横を通り過ぎて浜辺に向かった。冬の弱々しい日差しが、私たちを照らした。街路樹の根元を覗いてみると、14時を過ぎても日陰では霜ばしらが残っていた。

私たちはお互い、何も話さず歩いた。まだ、そのときではない。日菜子ちゃんはそう考えているようだった。横目で彼女の様子をうかがうと、日菜子ちゃんは実に清々しい笑顔をしていた。私に悩みごとを相談するときの、少しおどおどした彼女ではなかった。

球場の脇道を抜けると、すぐ浜辺である。海が近いので、この球場は風で中止になることがある。だが幸い、今日は気づかないほどの微風だった。しかしそれでも寒い。息を吐くと白かった。日菜子ちゃんは手袋をしていたが、私は素手だった。私はコートのポケットに、両手を突っ込んだ。

私たちは砂浜へ進み、波打ち際まで近寄った。波はほとんどなかった。まるで撫でるような、砂浜を軽く洗うような波だった。顔を上げると、東京や神奈川の工場や高層ビルが手に取るように見えた。その先には、富士山、箱根、丹沢の山々も見渡せた。

日菜子ちゃんの提案で、私たちは波打ち際に沿ってゆっくり歩くことにした。決して急がず、一歩一歩を確かめるように。

「絵里子ちゃんに、電話したの。一年振りかな」と、日菜子ちゃんは切り出した。「私たちの間では、エリとヒナって呼び合うの。昔からそうなの」

「そうなんだ」

「エリは、私が電話したらびっくりしてた。今週の月曜の朝に電話して、今週中に会わない?って言ったの。彼女の都合で、木曜に会うことになった」

 日菜子ちゃんはそう言って、足元の砂をちょっと蹴った。砂が少しだけ、宙に舞った。

「エリは、服飾デザイナーなの。でね、生活がとても不規則なの。お客さんと夜中まで打ち合わせなんてザラ。だから彼女は、木曜は半休にしたの。そしたら夕方から、ゆっくる私と会えるから」

「忙しいんだね」

「そうなの。長時間労働、当たり前の会社。でも、スカッと暇な時期もある。何ヶ月も仕事がないとか。すごい不規則。そんなときは、別の会社に出稼ぎにいくの。トップじゃないデザイナーは、そんな世界」

「エリちゃんは、子供のころスポーツはしてたの?」と、私は聞いた。

「何で?」

「いや、日菜子ちゃんと同じくバスケをしてたのかなと思って」

「エリは、私と方向性が違うの。エリは、中学のとき美術部だった。私は彼女の、自分と全然違う部分が好きだったの。肉体派の私と、知性派のエリ。彼女と話してるのは、本当に楽しかった。でも二人で話すことは、好きな音楽の話とか、洋服とか、男の子の話だったんだよ」

「男の話?」

「うん。今にして思えば、エリは私に合わせてんたんだね。ほんとは、男の子の話なんてしたくなかったんじゃないかな。最近になって、やっと気がついた」

 ということは、その頃からエリちゃんは、日菜子ちゃんに思いを寄せていたということだろう。

「休日になると、お互いの家に泊まりっこしてて。最初にエリとキスしたのは、中二のとき。なんだろ?男とか女じゃなくて、人と触れ合う興味でキスした感じだった」

 夏目漱石の「こころ」の中で、中年の「先生」が主人公である大学生の「私」に、『あなたは異性と抱き合う順序として、私のところにきたのです』とちょっとびっくりするセリフを言うシーンがある。「先生」は言いたかったのだ。自分を慕う若い「私」の気持ちは、恋というものの萌芽だと。それはやがて、異性に向かって本物に変わるだろうと。まだ君は若いから、それに気がつかないのだと。

「私はバスケの強豪校に進学した。スポーツ推薦だったから、簡単な試験と面接だけ。でも偏差値の高い学校だったの。エリは一般入試で、死ぬほど勉強して合格した。ほんとに、ものすごく勉強したんだよ」

「頑張ったんだろうね」

「そう。すごい頑張ったから、合格祝いをしようということになって。エリの家に泊まって、小さなケーキ食べてお祝いしたの。そしたら・・・」

 話がよくない方向に向かっているのがわかった。いや、よくないとも言えないか。波長が合えば、丸く収まっただけの話だ。波長が合わなかったから、十数年間も禍根を残すことになったのだ。

「お風呂に入ってパジャマに着替えて、さあ寝ようというときになって。私たちはいつものようにキスしたの。もう、寝る前にするのは当たり前だったし、抱き合ってお互いの身体に触れるのも普通だったの。でもその晩のエリは、思い詰めてて、それじゃすまなかったの」

 私たちは、もう砂浜の端まで来てしまった。そこでもと来た道を引き返し、今度は砂浜に隣接する森の中を散歩することにした。日菜子ちゃんは、樹々の下に入るまで口をつぐんでいた。

 森の中は、びっくりするほど暗かった。力のない日差しが、かろうじて枝の間から差し込んでいた。その森林公園は、ほとんど人影がなかった。私と日菜子ちゃんは、公園を独り占めにしてゆっくり歩いた。

「拓ちゃんだから、正直にいうね」と、日菜子ちゃんは言った。「エリはベッドの中で、私のパジャマと下着を全部脱がせたの。私を裸にしたの」

「うん」

「そしたらエリも、自分で服を全部脱いで。二人で裸になったの。こんなの初めてだったし、私はパニックだった」

 薄暗い森の中を、私たちはゆっくり歩いた。私は、日菜子ちゃんが次の言葉を発するのをじっくりと待った。焦ることはない。話したくなったときに、話したくなったことを話せばいい。私は年を取っている。君が話すことも、話さないこともわかる。だから、安心していい。

「エリは、私の全身を愛撫したの。ものすごい時間をかけて。とても優しかった。でも私は、これは違うと感じてた。だけど、エリを傷つけたくなかった。だから、ずっと我慢してた。気持ちよかったけど、我慢してた」

私は先にハイデガーを引用して、人の心は気分に左右されると書いた。これはもっと詳しく言うと、情動性と呼ばれる。この気分(情動性)の正体は何だろうと考えたとき、人は自分の内部からその都度ある「答え」を受け取っていることに気づく。

日菜子ちゃんは、エリちゃんを受け入れなかった。日菜子ちゃんはエリちゃんに抱かれながら、「これは違うと感じてた」。このことが決定的に重要だ。この「違う」という言葉が、自分のコアから「告げ知らされる」のだ。

例えば涼ちゃんと真理ちゃんだ。二人は毎晩、寝る前にキスをしているだろう。見てないので予測だが、きっと裸になってベッドの中で抱き合っているだろう。それからたまに気持ちのいいこともして、ときどき声が漏れちゃうのだ。全て何の問題もない。二人は、愛し合っているんだから。だが、日菜子ちゃんとエリちゃんはそうならなかった。

「次の日の朝、私はエリがまた寝てるうちに彼女の家を出た。そして自分の家に帰って、部屋に閉じこもった。そんときの気持ちは、・・・。あのとき、拓ちゃんがそばにいてくれたらなって思う。『お前の悩みはこうだ!』って、ビシッと言われたかった」

「このことは、誰かに相談しなかったの?」と私はあえて聞いてみた。

「まさか!?この話を誰かにするのは、拓ちゃんが初めてだよ」

私たちは、犬を連れた老人とすれ違った。もう七十台後半の男性で、犬が彼を引っ張っているみたいだった。彼らが十分に離れるまで、私たちは会話を中断した。

「高校に入ってから、私はエリを避けるようになったの。バスケ部の練習は土日もあったし、そもそも私は推薦入学で活躍しなきゃいけない立場だったから、エリと会う時間は昼間の学校しかなかったの。

それから、お互いの家に泊まり合うのもやめた。表向きの理由はバスケだけど、私はもうあんな怖い思いはしたくなかったの」

怖い思い、か。私は人の心のすれ違いに、寂しさや虚しさを感じずにはいられなかった。同時に厳しさと残酷さか。エリちゃんにとって、それは夢にみたことの実現だったはずだから。 でも日菜子ちゃんには、とても穢れた、間違ったことだった。

「エリとは、昼間はこれまで通り接したの。時間の合うときは、お昼を一緒に食べた。そして普通に、芸能界のこととか学校の有名人の噂話をした。だけどエリも私も、春休みの話題はしなかった。お互いに何も言ってないのに、あのことは話さないと決めてたの」

「高校生のとき、日菜子ちゃんはエリちゃんをどう思ってたの?」と、私は聞いた、

「それはもちろん、一番の親友だったよ。昔からの付き合いだし、お互いに理解し合ってたし。でもあの日を境に、ベッタリくっつく大親友ではなくなってしまった」

「バスケ部の友達は?」

「拓ちゃん、厳しいなあ」と、日菜子ちゃんはまた困った顔をしながら笑った。

「女の運動部ってね、女同士でデキちゃうことも多いの。先輩と一年生みたいなカップル。私も先輩に狙われて、逃げまくってた」

「共学なのに?」

「いや、高校は女子校だったの。共学は、中学まで」

「そうだったんだ」

「私、部活の仲間と打ち解けることがなかったの。私は一年からレギュラーだったから、チームメイトはみんな先輩だった。同級生はみんな補欠。私は同学年の中で浮いてたの」

「ほんとに?そりゃ、可哀想だ」

普通高校時代の部活の仲間は、厳しい学校であるほど強い絆で結ばれるものだ。何人かとは、一生付き合うだろう。

「それに加えて、私は誕生日やバレンタインにどっさりプレゼントもらうから、ますます同級生と疎遠になった」と日菜子ちゃんは足元を見て、つらい記憶を噛みしめるように言った。

おそらくひとつには、日菜子ちゃんのコミュニケーション能力の問題だろう。どこの学校の運動部にも、一年生のエースなんているだろう。彼ら、彼女らは、同級生と上手くやっているはずだ。そしてむしろ、リーダーシップを発揮するだろう。だが日菜子ちゃんは、そういうタイプではない。いつも自分の世界のなかにいて、心を許せると感じた人にしか近づかない。孤高のエースだ。もちろん、こういうタイプの人もたくさんいる。そんなときは、日菜子ちゃんと他のメンバーを取り持つ参謀を必要とする。その人が、みんなと日菜子ちゃんを繋いでくれる。そんな人がいなかったのだろうか?

「全国大会に出場して、日本代表にもなって、いろんな大学から誘われたの。でも私は、全部断った。そして、一般入試で大学に入ったの」

「なんで全部断っちゃったの?」

「それは・・・、それは・・・」

日菜子ちゃんは、言葉が出てこなかった。もう、森林公園の出口だった。気分を替えて、私たちは街の中を歩くことにした。海浜幕張の街は、何もない埋め立て地を開発したので、道路は真っ直ぐで道幅も広い。歩道も、たっぷりと幅を取って作られている。公園を出た私たちは、海沿いから離れてマンション街に向かって歩いた。

「私は、エリから離れたかったんだと思う」と日菜子ちゃんは、ようやく絞り出すように言った。

「だから、早稲田の政経を選んだの?」

「うん」

「難し過ぎて、まず合格できない学校だから?」

「うん」

もちろんこれは、 ベストな解決策であるはずがない。涼ちゃん、とくに真理ちゃんと親密に暮らすものとして、私はエリちゃんの苦しみが骨身にしみるほど想像できた。彼女はつらかったろう。日菜子ちゃんは、自分の手の届かない世界へ行ってしまった。

「エリちゃんは、どこに進学したの?」

「エリは、SS女子大に進学した。エリは、高校の途中から付き合っている彼女がいたと思う。そのことは、私もうすうす感づいていたの。でも、そっちの世界には近づきたくなかったから、詳しく聞いたことないの」

騒がしい駅前を離れると、閑静なマンション街についた。洒落た造りのマンションと、こじんまりとしているが気の利いたパン屋や喫茶店や本屋が並んでいた。でも私たちは、そのどれにも寄らず歩き続けた。日菜子ちゃんは、ずっと下を向いていた。

「大学生になって、生活は激変したの。エリと会うのは、一年に一度くらい。私も男と付き合い出した。この辺は、以前話したよね?」

「うん、聞いた」

「私は・・・、男と付き合って気がついたの」

「どんなことを?」

「男って、全然優しくないんだって。それは、別の男も同じだった」

男も女も、若いうちは自己中心的である。それは、仕方ないことだ。エゴとエゴをぶつけ合い、お互いに傷つく。でもそれは、みんな同じだ。日菜子ちゃんが特別なわけじゃない。でも彼女はそこから、人とは違う答えを引っ張り出した。

「私は男と寝るたびに、エリを思い出しちゃうの。彼女の優しさを。あのときのことを、思い出しちゃうの。もう大学時代の私は、つらくてつらくてしょうがなかった」

日菜子ちゃんは立ち止まった。そして私の方を向き、泣き出しそうな目で私を見た。首を少しかしげ、見上げるように私の目を覗き込んだ。

私は反射的にポケットから手を出して、彼女の手を握った。しっかりと。そうすべきときだと、私は思った。すると日菜子ちゃんは手を握ったまま腕を絡ませ、体重を私に預けた。そして頭を私の肩に乗せ、頬をそこにこすりつけた。それから私たちは、そのままゆっくりと歩き出した。

「私はレズなのかな、と思った。でも、女性に恋愛感情を抱くことは、エリにもなかったし他の人にもなかった。私は自分のことが、よくわからなかった。わからないまま、男と付き合ってた」

「そうだったの」

「私、男と『して』よかったと思ったことは一度もない。一生懸命演技して、感じてる振りしてた。それが礼儀だと思ったから。バカみたいだけど」

 そう言って日菜子ちゃんは、少し自虐気味に笑った。そしてすぐに、真面目な顔に戻った。

「ごめん、嘘」と、彼女は言った。「私、嘘ついた。よかったことがある。それも最近。拓ちゃんとしたとき」

 私はちょっと驚いた。あれは「した」というのかな?私は寝巻きを着たまま、寝ていただけだ。

「私は元旦の夜、ずっと興奮してたの。そして寝るときになって、我慢できなくなった」

 日菜子ちゃんは絡ませた腕に、さらに力を込めた。そして、とても穏やかな表情になった。少し頬が、紅潮していた。

「飾りも言い訳も、一切必要ないと思った。だって、拓ちゃんに全部見破られるから。でも拓ちゃんが、私を受け入れてくれることは確信してた。間違いないって、心底思えた。だから、ああなったの。気持ちよかった、今までで一番。エリの思い出も吹き飛んだ。ほんとに、ほんとによかったの」

 日菜子ちゃんの言葉には、重要な直感が二つ含まれている。一つは「自分が相手に欲望(我が物にする)を抱いている」こと、もう一つが「相手が自分を必ず受け入れる(好きでいてくれる)」こと。これらは、「いや、本当は違うのではないか?」と疑うこともできる。しかしそれは、机上の空論だ。元旦に日菜子ちゃんが抱いた直感は、それ以上疑うことが無意味なものなのである。これを、「認識の底盤」と言う。

 それはありていに言えば、恋である。この世の誰も、恋の中心に身を置いたとき、そして相手の自分に対する好意が実感できたとき、幸福感に包まれてそれをじっくり噛みしめる。わざわざその気持ちを疑ったりしない。

「だから私ね、エリと会う勇気が湧いてきたの。もう随分前に、拓ちゃんから『エリと会って、親友に戻れ』って言われたし。今なら、きっと平気だと思って」

 マンション街の一角に、品の良い喫茶店があった。もう歩くのにも疲れたので、私たちはその店に入ることにした。中に入ると、入口のすぐそばに窓に面した二人席があった。他の客席は、一段ステップを上がった奥にあった。他のお客と離れたその席は、いまの私たちには好都合だ。私たちは、迷わずその窓際の席に座った。

 初老だが上品な女性が、オーダーを取りに来た。そこは、コービー専門店だった。私はモカを、日菜子ちゃんはキリマンジャロを頼んだ。

「木曜の夜に、有楽町でエリに会ったの。店は、個室の居酒屋にした。周りを気にせずに話したかったから。

 私より先に、エリが店に着いてた。一年ぶりに会った第一印象は、『老けたなあ』だった」

 そう言って、日菜子ちゃんは少し笑った。そして続けた。

「多分私も同じだよね、同い年なんだから。女にとって、三十ってものすごく重い年齢なんだなって思った。あとはもう、坂を転げ落ちるように醜く老いていくだけ」

「そんなことないよ。年齢を重ねても、綺麗な人はその年なりに綺麗だよ」と、私は反論した。

「それは、元が綺麗な人の話。私もエリも、平々凡々な女だから、いつまでも過去に止まっていられないと思った」

「うん」私はここで、あまり抵抗しないことにした。

 いい香りがして、さっきの初老の女性がコービーを運んで来た。私は早速一口飲んでみた。なかなか悪くない味だった。

「私ね、最初にエリに言ったの」

「何て?」

「今、好きな人がいるのって」

 むむ!?

「エリは顔を歪ませて、『学校の人?』って聞いた。私は、『ううん、普通のサラリーマンだよ』って答えた」

 むむむ!?

「エリはしばらく、手にしたカクテルのグラスを睨んでた。それからボソッと、『私も、好きな人いるよ』って言ったの。『それ、女の人?』って、私は聞いてみた。エリは『うん』ってうなずいた。私は言ったの、『男でも女でも、好きな人がいてその相手が自分を好きだと言ってくれるなら、こんな素晴らしいことはない』って。これ、完全に拓ちゃんの口真似」

 そう言って日菜子ちゃんは、にっと口元を緩めて笑った。

「そう言えば私たちは、初めてエリの彼女の話をしたの。これまでは、それも私たちの間ではしない約束だったの。

 私ね、涼ちゃんと真理ちゃんの世話を焼く拓ちゃんを見てると、自分はなんでこんな風にエリに接しなかったんだろうと思うの。確かに私はエリの彼女にはなれないけれど、エリなりの幸せのために何らかの手助けが出来たと思うの。それなのに私は自分のことだけ考えて、彼女から逃げることばっかり考えてた。友達としては、エリのことがすごく好きなのに」

 そこまで話すと、日菜子ちゃんは一転してまた今にも泣きそうな顔に変わった。あとちょっとしたきっかけがあれば、彼女は大粒の涙をこぼしそうだった。

「それだよ、それ。それに気がつくことが大事なんだ」と私は言った。「今感じていることを、どこかにメモしてずっと忘れないようにしなさい。そして、徒らに過去を振り返るのはやめること。そんな暇があったら、未来に目を向けることに力を使うんだ」

「うん、わかってる。このあいだの、日曜の授業だよね」日菜子ちゃんは、泣きそうな顔を無理矢理振り切って言った。「だから私はエリに言ったの。『その彼女とエリのこと、私応援するよ。何か私にできることがあったら言って』って。エリはもうビックリして、『ヒナ、変わった』って言った。『今、好きな人のせい?』って、彼女は聞いた。そうだよって私は答えた」

 むむむむ!?

 私はこの期に及んでも、日菜子ちゃんが年下の男と結ばれることを夢想していた。身長が2mくらいあるシャキール・オニールみたいな男と結婚して、子供を三人産む。子供たちはみんなバスケットボールやバレーボールの選手になって、日菜子ちゃん並みかそれ以上に活躍するのだ。だがそんな夢想は、私の独りよがりでしかなかった。

 テーブルを挟んで真正面にいるこの女性は、笑ったまま鋭い視線を私に浴びせていた。その視線には、感情があった。好きという感情が、視線を通して途切れることなく私に送り届けられた。それは清流の流れのように、こんこんと尽きることなく湧き、私へと注がれた。

「私思い切って、例の春休みのことも話したよ。エリに、あれは気持ちよかったけど嫌だったって。エリは、『わかってたよ』って答えた。『あの日以来、ヒナはキスもしてくれなくなったもんね』

『ねえ、ヒナ。私の高校時代がどれだけつらかったかわかる?』って、エリは言った。

『ごめん、わからないよ。深く考えたことなかった』って答えた。

『ヒナはバスケで忙しかったもんね。私は・・・』そこまで言って、エリは黙っちゃった。両手で顔を覆って、じっとしてるの。二、三分して彼女が顔をみせたとき、泣いてたことに気がついた。両目が腫れて、化粧も崩れちゃってた。

『私はあの夜から、ずっと後悔し続けた。自分のわがままを押しつけたせいで、ヒナを失ってしまったって』って、エリが言うの。

『でも、高校時代もよく二人でお昼食べたじゃない』って、言ったんだけど

『そうだけど、そうだけど・・・。ヒナの余所余所しさは、どうにもならなかった。中学までの親密な雰囲気は二度と戻らなかった』って。

私は何にも言えなかった。だって、高校のときの私はエリが怖かったから。もう一度あんな目にあいたくなかったから、彼女に極力近づかないようにしてた。それはエリに、全部バレてたんだね。

『バスケをしてるヒナを見るのが、唯一の楽しみだった。私、高校時代の全試合応援に行ってるんだよ』って、エリが言った。

『うそー?声かけてくれたこと、一度もないじゃん』

『ヒナに、余計な心配をかけたくなかったから。ヒナは、ほんと格好よかったなあ。私、全部じゃないけど、大学時代のヒナの試合も見に行ってるよ。インターハイとか、国体は交通費と宿泊費がかかってまいった』

『今さらだけど、ありがとう。全然気づいてなかった』

『いいの。目立たないように、人に隠れて観戦してたから』

私たちは、今まで避けてきた話をあえてしたの。そうすることで、お腹の中のものを全部吐き出したかんじ。お酒もたくさん飲んじゃって、すっかり酔っ払っちゃって。23時くらいに店を出たの。私はもうフラフラだった。

そしたらエリが、『うちに泊まりに来ない?』って、言ったの。そして、『最後に、一回だけ』ってはっきり言ったの。

私は・・・。私は、高校時代からエリにずっと冷たくしてきたことに、酔いながらも激しく後悔してた。だから、断れなかった。『いいよ』って、答えたの。

彼女の家は大森で、有楽町からすぐ着いた。駅を降りてコンビニ寄って、デザートにハーゲンダッツを買った。そしてエリの部屋に行ったの」

そこまで話して、日菜子ちゃんは表情を曇らせた。それから、大きなため息をついた。

「拓ちゃん。こっから先の話って、拓ちゃんにするべきなのかな?私、わかんないんだけど」と、日菜子ちゃんは言った。

「是非してほしい。俺は全部、聞かなくちゃならないと思う」私はそう、キッパリと行った。実は私は、日菜子ちゃんの話を聞きながら、ある可能性について考えていた。その可能性が現実に変わるのかは、日菜子ちゃんの話を聞かなければわからなかった。

「わかった」と日菜子ちゃんは言って、テーブルに両肘で頬杖をついて小声で話を再開した。私も身を乗り出して、彼女の声に耳を澄ませた。

「部屋に入ったらすぐ、エリは私に抱きついてきたの。そしてキスした。本当に、久しぶりに。

靴を脱いだら、電灯もつけないで彼女の寝室に行った。二人でベッドに腰掛けたら、また抱き合ってキスして。そのうちエリが、私の服を脱がせ始めて。気がついたら、全部脱がされてた。まるで、中学の春休みの再現だった。でももう私もいい大人だし、怖さはなかった。

そしたらエリが、部屋のどこかからロープを出してきて」

「ロープ!?」

「うん」と、日菜子ちゃんは小声でうなずいた。「エリは私をベッドに横にして、私の手足をベッドの四隅に縛り付けたの。ちょうど万歳して、両足を広げてるかんじ。それからエリが、いろんな道具を出してきて。私の身体に、その道具を使いだしたの。

もちろん私は嫌だった、そんなことするの。でもエリに対する、後ろめたさが上回ってたの、最初は」

「最初は?」

「うん」と日菜子ちゃんは、顔を赤くして小さくうなずいた。そして、「ねえ、拓ちゃん。気を悪くしないでね。私、あなたに嘘をつきたくないの」

「了解。気を悪くしないよ」

「エリはいろんな道具で、いろんなことを私にしたの。そのうちね、私・・・」

日菜子ちゃんは、もうほとんど飲んでしまったコーヒーカップを見つめた。その底に残ったわずかな琥珀色の液体が、店の照明や窓から差し込む西日を反射して光っていた。

「私、拓ちゃんにされてる気分になってきたの。ああ、こんなこと拓ちゃんにされたいなーって、考えてたら現実と妄想の境目がわからなくなって。気がついたら、大声出してた」

私の中で、嫌な予感はさらに膨らんでいた。日菜子ちゃんが語るエロティックな話を聞きながら、私は次にすべきことについて考え出した。

「ふと気がついたらね、エリがしくしく泣いてるの。私にいやらしいことをしながら、本人はちっとも楽しそうじゃないの。しくしく、しくしくずっと泣いてるの」

「エリちゃんは、なんで泣いたんだろう?」私は、日菜子ちゃんに聞いてみた。

「多分私が、拓ちゃんのことを考えてるのに気がついたんだと思う」

多分、その通りだ。まずい。まずいぞ、これは。

「その晩はもう、どっちらけになって。ロープを解いてもらって、私は床に布団を敷いてもらって寝たの。

次の日は、私早く学校に行かないと行けなかったから、5時半に起きてシャワー浴びてお化粧して。6時半には出たと思う。エリはベッドの上で、壁の方へ顔を向けて寝てた。私は寝てる彼女に、『じゃあ、またね』って声かけた。もちろん、返事はなかったけど」

「エリちゃんは、一睡もしてないかもしれないよ」と、私は言った。

「えっ、そうなの?」と、日菜子ちゃんは驚いて言った。

人は生きていれば、何度も傷つく。それは仕方ないことだ。傷ついて成長していく。しかし、致命的な傷を負ってはならない。その可能性があるならば、全力で、一刻も早く防がねばならない。

「日菜子ちゃん、店を出よう。外ですぐ、エリちゃんに電話して」

「ええっ、なんで?木曜に会ったばかりだよ?」

「木曜に、エリちゃんは全てに絶望した可能性がある。大丈夫かもしれない。だが可能性があるなら、それを潰さなくてはならない。今すぐに」私は力を込めてそう言った。

キョトンとしている日菜子の手を引っ張って、私たちは店の前に出た。

「エリちゃんに電話して。途中から、俺に代わって」

半信半疑の日菜子ちゃんは、街路樹の脇に立って電話をかけた。残念ながら、何度ベルを鳴らしてもエリちゃんには繋がらなかった。留守電にもならなかった。わざと止めたのかもしれない。

ただ電話に気づかなかっただけか?それとも、全てが手遅れだったか?わからない。生きている、エリちゃんと話さない限り。

「大森に行くよ」と、私は日菜子ちゃんに言った。

「ほんとに?」

「本当。もちろん、全部俺の勘だ。だけど、できることは全てやらなくてはならない。俺はそういう人間なんだよ」

私たちは急いで駐車場に戻った。日菜子には、エリちゃんへスマホでメッセージも送ってもらった。でも、返答はなかなか来なかった。

日菜子ちゃんを助手席に乗せた後、私はわざと車を離れて電話をかけた。涼ちゃんと真理ちゃんに、事情を説明するためだ。私は涼ちゃんに、電話をかけた。

「試験前日に悪いけど、まずいことになった」と、私は言った。

「えっ、なに、どうしたの?」

「日菜子ちゃんの、中学からの親友がいたでしょ?」

「うん、覚えてる」

「彼女が最悪、自殺する可能性がある」

私はこの言葉を、日菜子ちゃんに聞かれたくなかった。それが車から離れた理由だ。涼ちゃんは、電話口で絶句していた。

「電話しても出ない。留守電も切ってる。メッセージにも応答がない。こうなりゃ、彼女の家に行くしかない。だから、これから大森に行ってくる」

「ほんとに、そんなに危険なの?」

「もちろん、俺の考え過ぎかもしれない。でも、日菜子ちゃんの親友がひどく落ち込んでるのは事実だ。何かしなくてはならない」

「そう、わかった」

「夕食は、鶏肉のクリームシチュウの予定だったんだ。材料は、全部買って冷蔵庫に入ってる」

「じゃあ、任せて。真理ちゃんと二人で、作っとく」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」

「気をつけてね。早く帰ってきてね」

「わかった。じゃあ、真理ちゃんに代わってくれる?」

私は真理ちゃんに、涼ちゃんとほぼ同じ話をした。このへんが、二人いると苦労するところだ。同じ情報を伝えないと、不公平になる。

私は車に戻り、エンジンをかけた。私はこのとき、おそらくものすごく怖い顔をしていたのだと思う。可哀想に日菜子ちゃんは、すっかり無口になってしまった。

 三連休の東関道は、幸い夕方なのに空いていた。私は一番右の車線に移り、140km平均で突っ走った。走りながら日菜子ちゃんの携帯を車につなぎ、ハンズフリーで電話をかけてみた。何度かけても、エリちゃんは出なかった。

「私、悪いことしちゃったのかな?」と、すっかり動揺した日菜子ちゃんがやっと口を開いた。

「日菜子ちゃんは、何も悪いことはしてないよ。むしろベストを尽くしたと思う。問題は、エリちゃんが自分で自分を追い詰めちゃったことなんだ。だから俺たちは、彼女と会わなくてはならない」

 他ならぬ日菜子ちゃんからの電話だ。普段のエリちゃんなら、すぐ電話に出るだろう。事情があって出れなくても、すぐ折り返し連絡をくれるだろう。たまたま電話を失くした。それもあり得るが、可能性は低いだろう。

 エリちゃんは自ら、日菜子ちゃんの心が自分の心と永遠に通い合わないことを確かめてしまった。それが彼女の、涙の理由だと思う。失恋なんて、誰だってするさと言うこともできる。だがエリちゃんと日菜子ちゃんは、あまりにも長い時間をかけてこの想いに囚われてきた。キスをしたのが中二のとき、そして今が30歳だから人生の半分だ。それだけの時間を積み重ねた愛情が閉ざされたとき、人は何を思うだろうか?

 二人で会ってお店で話すだけなら、多分傷は浅かったろう。まずかったのは、エリちゃんが日菜子ちゃんを家に連れて行ったことだ。そしてエリちゃんは、日菜子ちゃんをほとんどレイプしてしまった。それがかえって、日菜子ちゃんにとって自分が何者でもないことを思い知ることになった。日菜子ちゃんは本当は、自分にキスする気もない、抱き寄せる気もない。他の男のことばかり考えていると。

 人は未来に、なんの目的も希望も見出せなくなったとき、喜んで自分の「存在を停止すること」を選択する。これは当人にとっては、必然的な帰結だ。未来なくこの世に存在することは、堪え難い責め苦だからだ。しかし、残されたものは違う。日菜子ちゃんはエリちゃんの死を、自分がきっかけだと考えかねない。彼女は自分のせいなのか、答えを求めるだろう。だか死人は答えない。死んでいるからだ。そうなると日菜子ちゃんは、ずっと解決することのない答えを求めて、残りの人生を生き続けることになる。そんなことには、絶対になってはいけない。私はさらに、アクセルを踏み込んだ。

「日菜子ちゃん、ミスチルをかけなよ」と、私は言った。

 助手席の日菜子ちゃんは、何も言わずに曲を選んだ。もうさっきまでの饒舌な日菜子ちゃんは、どこかに行ってしまった。だが、しょうがない。私は運転に集中していた。制限速度をはるかにオーバーしていたので、なおさらハンドルを握る手に力が入った。首都高に入り、何度も車線変更を繰り返してノロい車を抜いた。そして、大森に一番近い出口を降りた。

「まず、エリちゃんの家に行こう」

 私たちは大森駅前から少し離れた民間駐車場に車を停め、日菜子ちゃんの案内でエリちゃんの家に向かった。

「ええっと、ここを曲がったかな?」

 三日前とはいえ、一回しか来ていない家を彼女は迷いながら探した。

「あ、ここ、ここ」

 日菜子ちゃんが指差したのは、駅から徒歩15分くらいの五階建の賃貸マンションだった。彼女の部屋は、105号室だった。私と日菜子ちゃんは、玄関の前でインターホンを押した。返答はなかった。「鍵師」でも呼びたいところだが、住居不法侵入になってしまうだろう。私は玄関のドアの隙間に鼻をくっつけ、腐臭がしないか確認した。匂いは何もなかった。

「何してるの?」と、私のおかしな行動に日菜子ちゃんが聞いた。

「いや、なんでもないよ」と私は答えた。私は、間違っているかもしれない。日菜子ちゃんに、余計な心配をかけたくなかった。

 そのまま私たちは30分くらい、エリちゃんの帰りを玄関の前で待った。電話もかけたし、メッセージも送り直したが返答はなかった。私は警察署に行くことも考えた。身元不明の遺体が、安置されるのは警察署だ。一番最寄りは、蒲田警察署だった。

「とりあえずさ、駅前で夕食でも食べよう。その後で、またここに戻ればいい」

 私と日菜子ちゃんは、大森駅前に戻った。そして、駅前をウロウロとしていると、突然「ヒナ!?」という大声を聞いた。

 スーパーの大きなビニール袋を片手に下げた、小柄で少し太った女性が私たちに近づいてきた。

「エリ!」と、日菜子ちゃんが答えた。私は緊張感から解放され、腰から砕けて座り込みそうになった。あちらの世界に行こうとする人は、まず食べ物のことなんか考えない。食べても無駄だからだ。私はエリちゃんが手にした、大きなレジ袋を見て心からホッとした。

 エリちゃんは丸顔に長い髪をした、ごく普通の女性だった。あまり目立たないタイプと言えるだろう。彼女は団子鼻で少し顎がせり出していて、肌にはまだニキビが残っていた。彼女は化粧をほとんどしていなかった。ただ大きな瞳をしていて、それは相手を捕まえそうだった。

「ヒナ、どうしたの?こんなところで?」とエリちゃんは聞いた。

「こちらの柿沢さんが、エリのことを心配して会いにきたの」と、日菜子ちゃんは説明した。

 エリちゃんは、その大きな瞳で今度は私を凝視した。彼女の表情は驚きに溢れていた。まさか、こんな年寄りが現れるとは思っていなかったのだろう。

「ヒナ、この人が・・・?」

「そう、私が今好きな人」と、日菜子ちゃんは言った。

 あーあ。とうとう言っちゃったよ。

「初めまして。柿沢と申します」

 私はいつものように、名刺を出してエリちゃんに渡した。

「あ、あの、佐藤と申します。初めまして・・・」エリちゃんは、私に軽く会釈をした。そして、「あの、お忙しいのにこんなところまで来て頂いて・・・。立ち話もアレですから、もしよろしければ家に来ませんか?」

「すいません、こんな夕食どきに押しかけて。ご迷惑ではありませんか?」と、私は言った。

「私とヒナは、中学からの付き合いなんです。ですから、全然構いませんよ」と、エリちゃんは言ってくれた。彼女は、私がどこまで知っているか何も知らない。

 私たちは三人で、エリちゃんのマンションに向かった。真理ちゃんのお母さんが聞いたら、また怒るところだ。「人は一人で、生きていかなくてはいけない。それなのにお前は、本人の代わりに口を出して結論を出してしまう。それは本人のために全然ならない」と。それも、一つの正論だろう。だが今度会ったら言い返してやる。「一人で生きてるやつなんて、いないんだよ。みんな頼り合い、迷惑をかけあって生きているんだ。近しい人が困っていたら、何かしなきゃダメなんだ。そこに問題が、恐ろしい可能性があったら俺はそれにぶつかっていく。上手くいくかはわからん。でも、何もしないよりはマシだ。何が悪い」と。

 真理ちゃんのお母さんも、本当はわかっているのだ。人は一人で生きていけないと。人の問題を解くには、ある程度のテクニックの習得が要る。経験を積んだ上で、アンテナを張る必要もある。誰でもできるわけじゃない。だから彼女は自分の娘の問題を、田所さんの問題を私に託した。全くあいつは、狸野郎だ。

「来る前に、何回も電話したんだよ」と、日菜子ちゃんがエリちゃんに言った。

「ああ・・・、ごめん。なんか、電話に出る気がおきなくて。家に起きっぱなしなの」と、エリちゃんは弁明した。やはり、と私は思った。

 家について玄関を開けてもらうと、まずダイニングがあって、襖で仕切られたリビングが見えた。ついさっき生々しい話を聞いたばかりなので、嫌でも木曜の場面を想像してしまった。

 エリちゃんは部屋に入るとすぐに、ダイニングとリビングを仕切る襖をきっちり閉めた。恥ずかしかったのだろう。そのおかげで私も、ベッドに縛られた日菜子ちゃんのイメージを頭から追い出すことができた。

 キッチンの前に、四人がけのテーブルと椅子があった。私たちはその椅子に腰掛けた。

「何を飲まれますか?」とエリちゃんが聞いた。

「ワイン!」と、日菜子ちゃんが明るく答えた。本当に、この人のズレ方は。一生この調子なんだろうな。私は苦笑するしかなかった。

「私は車ですので、水でいいです」と私は言った。

「車で来られたんですか?どちらから?」

「千葉です」

「千葉!本当ですか?」と、エリちゃんは心から驚いたという顔をして、また例の大きな瞳で私を射抜いた。どうやら日菜子ちゃんは、私のことを詳しく話していないようだ。

 エリちゃんは私に冷茶を出し、日菜子ちゃんと自分にはワインのボトルを出してグラスに注いだ。私は彼女の行動をじっと観察した。

 乾杯と言ってみんな一口飲んだ後、私はまず自分の自己紹介を始めた。

「あらためて、柿沢と申します。ヤクザな建設会社のサラリーマンです。私は訳あって、高校三年生のレズビアンのカップルと一緒に暮らしてます」

 エリちゃんは、大きな瞳をさらに開いて固まった。口を開け、呆れ返った表情を見せた。

「その女の子の一人が、私のクラスの子なの。それが縁で、私は彼と知り合ったの」と、日菜子ちゃんは説明した。まるで結婚式で、司会が二人の馴れ初めを紹介しているみたいだ。

「あの・・・、一緒に暮らされてるんですか?その・・・、レズビアンのカップルと?」とエリちゃんは、遠慮がちに質問した。

「ええ。でも、何も問題はないですよ。彼女たちは愛し合っている。私はご飯を作って二人と一緒に食べ、いろんなことを話し、休日にはどこか遊びに行く。そんな感じです」

「た、か、柿沢さんは、普通の人じゃないの。だから、そういう関係の女子高生と暮らしても上手くやってけるの」と、日菜子ちゃんがつっかえながら説明した。

「あの・・・。本当に、気にならないんですか・・・?」

 エリちゃんは、納得がいかないようだった。まあ、それが普通だよな。私はいつもの説明を繰り返した。

「私は仕事でうつ病になって、男として不能になったんです。いわゆる性欲と無縁なんです。だから夜たまに、彼女たちのエッチの声を聴くこともありますけど、だから何?という感じで眠れます。コオロギが鳴いてるようなもんです」

 そう説明したせいで、エリちゃんの混乱はかえって増した。しまった、いつもの説明はこの人に通用しないのだ。だって、日菜子ちゃんは私が好きなんだから。

「あの、不能とのことですが、大変なことと思いますけど、私には正直わからないです」と、エリちゃんは言った。

「それは、その通りだと思います」

「つまり、女性に魅力を感じないということですか?」と、エリちゃんは私に聞いた。つまり、彼女は日菜子ちゃんに性欲を感じないのか、とたずねたい訳だ。今の私にとってはどうでもいいことだが、もちろん若い頃は違ったよなあ。でもこの答えは、思い出話ですむ話じゃない。今の私を曝け出すしかない。

「魅力を感じないわけじゃないです。極端にいうと、女性の性器に執着したり自分の精力を誇示することから解放された感じはあります。でも女性を守りたいという意思は、以前より高まった気がします。大月さんに何かあったら、私は全身全霊をかけて守ります。身体から、猛烈なエネルギーが湧いてくるんです。今ここにいるのも、半分はそのせいです」と私は言った。

 しばらく、誰も何も言わなかった。例によって日菜子ちゃんは、私の話についてこれないようだった。隣でキョトンとして、私の方を向いていた。うーむ、学歴はすごいんだけどな。きっと日菜子ちゃんは言うだろう。大学入試も反復練習でクリアできると。おんなじことを、千回繰り返せば覚えられると。だがそれでは、突然の急カーブに対応できない。自分の知力と、運転技術の限界を見極めておかないと、急カーブをどれだけのスピードで抜けるかの解は出ない。

「柿沢さんのおっしゃることは、私にはよくわからないです」と、エリちゃんは絞り出すように言った。表情は、苦渋に満ちていた。

「大丈夫!私も、わかんないから」と、日菜子ちゃんが明るく言った。お前、今それ言うか?だがエリちゃんも、こんな日菜子ちゃんを愛したのだ。はっきり言って頭の回転は良くないし、気も効かない。でも人を明るく照らし出す、松明みたいな力が日菜子ちゃんにはある。でもそれを、30歳になっても上手く発揮できていないけれど。

「佐藤さん。少し話題を変えましょう」と私は言った。「佐藤さんは気分を少し害されるかもしれませんが、大月さんは、私になんでも話してくれます。そして私は今日、木曜日の出来事を聞きました。佐藤さん、あなたがしくしくと泣かれたことまでです」

 それを聞いたエリちゃんは、文字通り凍りついた。しばらくピクリとも動かなかった。呼吸もしていなかった。当たり前だと思う。自分が泣く前に日菜子ちゃんに何をしたか、私が知っていることを意味するから。とんでもなく恥ずかしいことだと思う。私はエリちゃんが、そういった余分なものに思いを巡らす前に、次の話を始めた。

「佐藤さん。私は大月さんから、中学時代からの佐藤さんとの親友というかお付き合いの話を教えてもらいました。それを知って『佐藤さんと会え』と、大月さんに言ったのは私です。大月さんは、日菜子ちゃんは私との約束を守ってくれました。それが、三日前の木曜だったんです」

「そう・・・、だったんですか・・・」

「佐藤さん。冷静になって考えましょう。あなたは当事者だから、見えないものがあるんです。灯台下暗しです。灯台は海をどこまでも照らしているのに、灯台の真下にいる人はその光に気がつかない。日菜子ちゃんは私に、去年の暮れに佐藤さんの話をしてくれました。佐藤さん、おそらくあなたはそこまで日菜子ちゃんがあなたを想っているとは、考えてないんじゃないですか?」

 またしばらく、部屋を静寂が包んだ。構わない。誰だって、考える時間が必要だ。

「そんなこと・・・、全然考えてませんでしたね」と、エリちゃんは答えた。私はさらに個人的な世界へ、その人の人生に斬り込むことにした。なぜならば、そうしないと最大の不安を取り除けないからだ。つまり、エリちゃんが自ら命を絶つことだ。私はこの道を塞がねばならない。エリちゃんのために。日菜子ちゃんのために。

「佐藤さん。高校に入学する前の春休みの話をしましょう」と私は言った。エリちゃんは、椅子から飛び上がった。

「ヒナは、そんな話まであなたにしてるんですか?」

「はい、私たちに隠し事はないんです。そして、あの夜が佐藤さんと日菜子ちゃんの分岐点です」

「・・・はい。その通りです・・・」と、エリちゃんは、途切れがちに小さな声で答えた。

「あの夜、あなたと日菜子ちゃんは肉体関係を持った。佐藤さんにとっては、長年夢見たことの実現だったでしょう。でも日菜子ちゃんには、そうではなかった。正直に申し上げましょう。私たちは大人ですから。日菜子ちゃんは、『気持ちよかったけど、それを上回って怖かった』そうです」

「・・・」

「佐藤さん。相手のことがどんなに好きでも、私たちは相手に、受け入れられなくてはなりません。すれ違った心のままでは、日菜子ちゃんも傷つくし佐藤さん、あなたも傷つくんです」

「・・・」

 エリちゃんは黙ったまま、両目を力一杯閉じた。そして苦悶の表情を浮かべて、背筋を伸ばした。彼女は今、沸き起こる様々な思いに耐えている。だが私は、彼女が一人で考えることに信用を置いていなかった。

「佐藤さん。申し訳ありませんが今日の午後に、木曜に起こったことの一部始終を日菜子ちゃんから聞きました。聞き終えて、私は『やばい』と思いました。直感ですが、私は佐藤さんの生命の危険を感じたんです。だから、ご迷惑を承知で突然お家まで押しかけたんです」

 エリちゃんは目を閉じたまま、身体を左右にゆっくり揺らした。私の言葉は、彼女の心に届いただろうか?そんなことはわからない。ダメならば、話し続けるだけさ。

「それがあなたのおっしゃる、『女性を守りたい』という思いなのですか?」と、だいぶ経ってからエリちゃんは目を開いて聞いた。

「おっしゃる通りです」

「わかりました」と、エリちゃんは答えた。「私は自分が、こんなに人に心配をかけているとは、恥ずかしながら気づいていませんでした。だからここ三日くらい、電話も全て無視してたんです。すみませんでした」

「あなたが追い詰められてたどり着いた場所に、実は私も行ったことがある。うつ病のせいですけどね。そこは一切未来のない、ただ過去の失敗を思い出して自己嫌悪になるだけの世界だ。そんなところにいても、何にもならない。Get Out! だ。さっさと出て行きましょう」

「うふふふ」と、エリちゃんは少しだけ口元を緩めて笑った。「確かに、あそこはそういう場所ですね」

 少し緊張感から解放されたエリちゃんは、思い出したように目の前のワインを少し口に含んだ。そして、話を続けた。

「私の人生は、柿沢さんがおっしゃる自己嫌悪の世界を出たり入ったりの繰り返しだったんです」

「わかります。多分、わかります。私と一緒に暮らしている女の子が言っていました。『自分がレズビアンと気づいて、途方もない孤独感に襲われた。ネットで同じレズビアンの仲間と知り合わなかったら、多分死んでた』と。

 佐藤さん。あなたは自分一人で、物事を考え込んでしまう方のようだ。でもね、それは間違いです。あなたは周りの人を頼っていいんですよ。これからつらいことがあったら、私に電話をください。いつでも、構いません」

 私はまた名刺を出して、余白にプライベートの電話番号を書き込んだ。そして、エリちゃんのワイングラスの横に置いた。

「ヒナ、柿沢さんって、いつもこういう方なの?」エリちゃんは、日菜子ちゃんの方を向いてたずねた。彼女はまだ、半信半疑の様子だった。

「そう。いつもこの調子だよ」と、日菜子ちゃんはニコニコして答えた。

「佐藤さん。もう一つお願いがあります。お付き合いされている方がいたら、今ここに呼んでいただけませんか?」

「えっ、どうしてですか?」

「日菜子ちゃんと私で、その方にご挨拶をします。そして、佐藤さん、あなたのことをその方に頼みたいんです」

 エリちゃんは、突拍子もない私の提案に明らかに困惑した。まあ、当然だろう。長年諦められなかった親友と、今の恋人を会わせようというのだから。だが私の頭は、そうすべきだと判断した。エリちゃんの今の恋人に、日菜子ちゃんを知ってもらう。そしてエリちゃんが過去の記憶で押しつぶされそうになったとき、今の恋人が事情を理解してエリちゃんを救えるようにしたかった。全ては、エリちゃんの命のためだ。

「それなら、もうまもなく彼女は家にきます。一緒に夕食を食べる約束をしているんです」と、エリちゃんは答えた。

「それは都合がいい。夕食の最初に、挨拶をさせてください。お邪魔をしないように、私たちはすぐ帰ります。それで、よろしいでしょうか?」

「わかりました。私は頭が悪いので、それが良いことなのかよくわかりません。でも、じきに彼女は家に来ます。彼女の判断に、全部任せることにします」

「わかりました」

 喋りすぎて喉が乾いた私は、冷茶をゴクリと飲んだ。時計を見ると18時だった。涼ちゃんと真理ちゃんは、俺たちのことを心配しているだろうな。試験前日に、申し訳ないことをした。だがあと一歩、足場を固めなくてはならない。そこまでしないと、今日ここに来た意味がない。

 エリちゃんと日菜子ちゃんは、ワインを飲みながら二人の世界に入っていた。あの木曜の寂しい別れが、これで幾分和らいだはずだ。日菜子ちゃんのエリちゃんへの想いも、私を通して伝えることができた。これでエリちゃんも、二人の過去が今までと違って見えるはずだ。

 玄関の鍵を、ガチャガチャと開ける音がした。すぐに扉が開き、金髪の若い女性が入ってきた。彼女は合鍵を持っているのだ。彼女は土間に立ち、私と日菜子ちゃんを見てびっくりした。靴も脱がずに、しばらく口を開けていた。

「マイ、今日は突然のお客さんが来たの」と、エリちゃんが説明した。

「どちら様ですか?」と、マイちゃんは私を見て聞いた。

「エリの子供の頃からの親友です。日菜子と申します。こちらは柿沢さん。私の大事な人です」と、日菜子ちゃんが私の代わりに答えた。

「あら、まあ・・・」

 マイちゃんは、実に健康的な女の子だった。大柄で体格も良く、きっとスポーツをずっとしていたタイプだ。彼女はこの寒い日に、ミニスカートを履いていた。上は分厚いダウンジャケットを着ているのに。彼女はまだ、25歳より下に見えた。

「さあ、寒いから早く上がってよ」と、エリちゃんがマイちゃんを急かした。マイちゃんはようやく、ロングブーツを時間をかけて脱いだ。

 マイちゃんは靴を脱ぐと、すぐに冷蔵庫に向かって缶ビールを取り出した。そして、「今日も疲れたあ」と、エリちゃんに向かって愚痴を言った。

「彼女、マイは、小さなテレビ制作会社のADなんです」と、エリちゃんは説明した。

「マイは、どんな字を書くんですか?」と、私は聞いてみた。

「舞うっていう、一文字です」と、舞ちゃんは答えた。「おじさんたちは、どうして今日突然来られたんですか?」

「午後に佐藤さんの話をしていて、ちょっと心配になって千葉から来たんです」と私は説明した。

「千葉から?」舞ちゃんは、とても不思議そうな顔をした。「心配になったって、どうしてです?」

「電話が全然繋がらなかったんです」

「私、昨日から電話無視してたから」と、キッチンに立って何かを調理し始めたエリちゃんが答えた。

「あー、それよくあるんです。エリちゃんは落ち込むと、音信不通になるんです。私は毎度のことだから慣れてるけど、みなさんはびっくりされたんですね」と、舞ちゃんは納得した様子で言った。

 しかしそのことは、つまりエリちゃんは今でも外界を遮断して自分の殻に閉じこもることを意味した。それは決して、いいことではない。そして、とても危険なことだ。

「ADさんなんですね。大変そう」と、日菜子ちゃんが言った。

「もうね、地獄ですよ。昼も夜も、男も女も関係ない。今週も家に帰れたの、二日かな?」

「それは、すごいですね」と、私は相槌を打った。

「まあ、それがテレビですからね。よく早朝のテレビで『静岡県の、三保の松原から中継です。富士山が綺麗です』とか、よくあるじゃないですか。あれ、私たちが真夜中にこっち出発して、暗闇の砂浜で準備して、早朝に生中継してるわけです。そりゃ、労働時間なんてメチャクチャですよ」

 言われてみれば、その通りだった。そしてその話ぶりに、舞さんの快活な性格が窺えた。時々落ち込んでしまう、年上の彼女を支えるには適任に思えた。

「バスケの上手い、大月さんですよね?」と、舞ちゃんは日菜子ちゃんに恐る恐るたずねた。

「まあ、ほどほどです」と、日菜子ちゃんは答えた。

「すごおい!本物だあ!」と、舞ちゃんは大きな声を出した。「私も、中学、高校とバスケやってたんです。弱小チームでしたけど。で、エリちゃんと付き合い出して大月さんのビデオ見てびっくり!小さいのに、こんなすごい人いるんだと思いました」

「ビデオって、大月さんの高校時代のビデオですか?」と、私は聞いてみた。

「高校から、大学までですね」と、舞ちゃんは言った。「前のエリちゃんの部屋は、大月さんを記録したSDカードから昔のビデオテープまで、散在してたんです」

「ちょっとお、やめてよ。もう」と、調理中のエリちゃんが照れ臭そうに抗議した。

「私は仕事柄、この状態はほっとけないと思って。データを全部ハードディスクに落としたんです」

舞ちゃんはテーブルの隣にあるテレビの電源を、リモコンを操作して入れた。そして入力を切り替えると、MacOS X の画面に切り替わった。舞ちゃんは、テーブルの端にあったマウスとキーボードを自分に引き寄せ、Mac の Finder を操作した。

まず「大月日菜子プレー集」というフォルダが現れた。その下には西暦のフォルダがあり、その下に月があり、最後に日にちのフォルダがあった。舞ちゃんがあるフォルダを開くと、練習試合_対NN高校戦.mp4 というファイルが現れた。ここまで整理するのは、大変な作業だったろう。とても一日、二日でこなせる量ではない。

「私が好きなのは、このプレー」舞ちゃんはそう言ってファイルを開き、時間の目盛りを真ん中まで進めた。つまり舞ちゃんは、この試合の何分に日菜子ちゃんがどんなプレーをしたか、覚えているということだ。

画面がパスケットボールコートの、半分くらいを映し出した。ちょうど攻守が変わり、攻撃側のチームが猛スピードで敵陣になだれ込むシーンだった。その先頭を走っているのが、若い日菜子ちゃんだった。コートの一番奥から、ロングパスが日菜子ちゃんに出た。日菜子ちゃんはスピードを全く緩めず、ほぼ後ろ向きでボールを受け取った。そしてまだゴールは遠いのに、彼女は飛び上がった。飛べば飛ぶほど、さらにその小さな身体は天へと昇った。それから日菜子ちゃんは、もう目の前のゴールに上からボールを押し込んだ。怒ってるのかな?と思うくらい、激しかった。

「あのスピード、あの高さ。この身長でダンクやるか?びっくりだよ。NBAじゃないんだよ。女子高生だよ」舞ちゃんは、興奮気味に解説してくれた。

「走ってスピードついてたからね。それから、相手のディフェンスの戻りが遅かったの。だから好きにやれたって感じ」と、日菜子ちゃんは答えた。

「でも大月さん、ディフェンス破るのもすごいじゃないですか」

舞ちゃんはそう言って、別の年のフォルダのファイルを開いた。Wの文字がユニフォームに入っていたので、大学時代だとわかった。ちょうど早稲田が攻めているシーンだった。

「ゴール下で、ボールを持っているのが大月さん」と、舞ちゃんが解説してくれた。日菜子ちゃんを囲む女性たちは、びっくりするほど大きかった。大学ともなると、全国の一流選手が集まってくるんだろう。コートの中にいる女子大生はみんな180cm以上に見えた。日菜子ちゃんだけ、飛び抜けて背が低かった。

日菜子ちゃんは敵にしっかりブロックされて、打ち手がないように見えた。仕方ないので、日菜子ちゃんはサークルの外にいる味方にパスを出した。と、誰もがそう思った。でも、ボールは日菜子ちゃんの手に残ったままだった。彼女はパスを出す仕草だけして、実はゴールを狙っていた。

多分敵チームどころか、会場の全員が騙された。騙されたと気付いたとき、日菜子ちゃんはもう二人のブロッカーの間をすり抜けてゴール下にいた。後は、優しくシュートするだけだった。

「すごいでしょ!すごいでしょ!」と、舞ちゃんはさっきより大きな声を出して騒ぎ出した。「試しにね、コマ送りにして見たの。それでも速い。どうやったら、立ってる状態からトップ・スピードに変われるのか謎だよ」

「あれもね、中学の頃から何千回も練習してるの。もう、うんざりするくらい繰り返してるの。ほんと言うとね、あれはゴールできたけど最初の一歩が遅れてるの。自分では失敗に入る。もっと強いチームだったら、止められてる」

「うっそー、これでも遅いの?最初の一歩?うーん、わかったあ。もっとよく見てみる」

舞ちゃんと日菜子ちゃんは、その場面を巻き戻してコマ送りで見直し始めた。

「・・・ここが、フェイクの動きね。ゴールに完全に背を向けて、両腕でパスの仕草をする。ここ!」

舞ちゃんは、日菜子ちゃんの勢いにびっくりして一時停止ボタンを押した。

「ここでターンを開始するべきなの。ほら、ディフェンスの人たちの視線が外側を向いてるでしょ。零コンマ数秒だけど、ここで動き出さないといけない・・・」

舞ちゃんと日菜子ちゃんは、バスケットボール談義に花を咲かせていた。しかし私は、悲しくて虚しくてしょうがなかった。一人でいたら、泣いていたかもしれない。エリちゃんはこの膨大な日菜子ちゃんの映像をずっと保管して、おそらく何度も何度も見返したのだろう。高校生の頃から現在まで、十数年間。それほどの強い想いを抱いて人を愛しても、叶うことはないということだ。そして木曜、せっかく二人で会ったのに、かえってさらに深い傷を負うことになった。

「エリさん」と、私は彼女を名前で読んだ。

「はい?」

「少しお話しても、いいですか?」

「はい、いいですよ」キッチンに立っていた彼女は手を止め、タオルで濡れた両手を拭いた。そして、私の正面の椅子に座った。

「エリさん。私はあなたがどんな想いで、この映像を見てきたかわかる気がします。いや、ものすごく深く、理解できたと思っています」

舞ちゃんも日菜子ちゃんも、おしゃべりをやめて私を見た。

「私は年を取っていますので、この年までそれなりに傷つきました。何度も何度もです。だから心の傷のことは、多少は知っているつもりです」

エリちゃんは黙って、私の目を真正面から見ていた。私はあらためて小柄なエリちゃんを見た。彼女は丸顔のせいか、年令よりずっと若く見えた。そのためか、今彼女が背負っている荷物は、あまりに重過ぎると思えた。

「エリさん、舞さんと出会えて本当に良かったですね」

「はい。彼女にはいくら感謝しても足りないです」

「エリさん。さっきも言いましたが、これからつらくなったり悲しいことがあったりしたら、日菜子ちゃんより先に私に電話をください」

「はい・・・」

「いつでも構いません。夜中でも、早朝でも。今夜でもいいです」

「今夜、ですか?」エリちゃんは、少し呆れたように答えた。でも私としては、彼女に伝えねばならないことだった。

 これ以上は、私は何も言わなかった。これ以上話したら、どこかでエリちゃんの傷に触れてしまう気がした。私が何も言わなくなったので、エリちゃんはキッチンに戻った。

「日菜子ちゃん、そろそろ帰ろう」と、私は言った。

「ええーっ、もっとゆっくりして下さいよ」と、舞ちゃんが訴えた。彼女は、日菜子ちゃんとバスケの話をもっとしたいのだろう。だが私は、エリちゃんに考える時間を与えたかった。それに、明日は大事な二次試験だ。遅くなるわけにもいかなかった。

「ご都合がよければ、いつでもいらして下さい」と、エリちゃんは日菜子ちゃんではなく私に言った。

「わかりました。たまにご連絡するようにします」

「大月さん、また来てね。バスケ教えて下さい」

 エリちゃんと舞ちゃんは、玄関に立って私たちに手を振ってくれた。私たちも手を振り返し、別れの挨拶をしてその家を離れた。

 駅前の駐車場へ向かって歩きながら、私は真理ちゃんに電話をかけた。さっきは涼ちゃんに電話したので、今度は真理ちゃんだ。いつも涼ちゃんに電話すると、ハレーションが起こる。

「大丈夫だったよ。日菜子ちゃんの親友に会えた。今の彼女にも会えた」

と私は真理ちゃんに説明した。

「良かったあ。もう、さっきの拓ちゃんの電話が普通じゃなかったから、涼ちゃんとメチャクチャ心配したよ」

「ごめん、ごめん。でも、やっぱり危なかったんだ。本人と話して、そう思ったよ」

「そうなの?」と、真理ちゃんは怪訝な声で聞いた。

「うん。真理ちゃんならわかってくれると思うけど、誰も涼ちゃんの代わりはできないよね?今日は、そういう問題だったんだ」

「・・・わかった気がする」しばらく考えた後で、そう真理ちゃんは言った。

「これからすぐ帰るよ。悪いけど、シチュウは二人で作ってね」

「大丈夫。でも、ジャガイモ嫌い。皮むくのヤダ」

「わかった。明日は、俺が皮むくよ。じゃ、涼ちゃんに代わってくれる?」

 電話口で、「大丈夫だったってー」「ほんとー!」「日菜子ちゃんの親友と、その彼女にも会ったってー」という二人のやり取りが聞こえた。電話に出た涼ちゃんに、私はほぼ真理ちゃんと同じ説明をした。

「すごーい、ほんとにおんなじ話を二回するのね」と、日菜子ちゃんは感心したように言った。

「ねえ、人は簡単に傷つく生き物なんだよ。自分に教えてもらっていないことがあって、それを身近な人は知っていたら、それだけで傷つくんだよ。日菜子ちゃんも先生なんだから、これぐらい知っときなさい」

「あーん、怒られた」と日菜子ちゃんは、とても生徒には見せられないだらしない顔をして、私に腕を絡ませてきた。私は全体重を預けた日菜子ちゃんを引きずりながら、駐車場へ戻った。

 車をスタートさせて、すぐ首都高に乗った。そして東関道へ分岐した。葛西臨海公園の観覧車を右に見るあたりで、日菜子ちゃんが何も喋っていないことに気が付いた。おそらく私は、またとんでもなく怖い顔をしていたのだろう。実際私は、まだエリちゃんを信用していなかった。舞ちゃんがいても、彼女は壊れる可能性がある。舞ちゃんは舞ちゃんであり、日菜子ちゃんではないからだ。

 日菜子ちゃんは、私の顔色に敏感に反応するようになった。それは私に、ぐっと近づいたせいだろう。私を見て、その反応に一喜一憂している。はっきり言って子供と変わらないのだが。

「ねえ、ミスチルで俺に歌ってほしい曲があるって言ってたよね?」

「うん」

「何?」

「365日」

「ああ、それなら知ってる。ちょっと高いところがキツいけど。かけてごらん」

 日菜子ちゃんはすぐにスマホを操作して、365日をかけた。私は安全運転をしながら、その曲を歌った。


君を巡る 想いのすべてよ

どうか君に届け


「・・・ああ、いい・・・」と、日菜子ちゃんは喘ぐみたいな声を出した。

 でも日菜子ちゃんは気がついてないが、キツい歌詞だった。なぜならたった今、永遠に届くことのない想いを見たのだから。私はますます、やるせない思いになった。だが、私が落ち込んでも何も始まらない。誰のためにもならない。

「日菜子ちゃん、もっとかけて。知ってる曲は歌うから」

 日菜子ちゃんは、まず「 innocent world 」をかけた。これは私の若い頃の曲なので、余裕で歌えた。次は「君が好き」。これも大丈夫。次は知らない曲だった。でもその次は、「終わりなき旅」。OK。気合いを入れて歌った。

「any」、「くるみ」、「足音」、「Gift」、そして「しるし」。私たちは家に着くまで大声で歌って過ごした。

 さて、明日は二次試験だ。キツいなあ。私は歌いながら考えた。でも、自分のことではない。今日だって、エリちゃんは自分のことではない。田所さんだって、涼ちゃんのおじいさんだって、お母さんだって、自分のことではない。私は去年の終わりから、あまりに他の人の人生に深入りしていた。

 それまでの私は、抜け殻のような人生を過ごしていた。誰とも縁を持つことを嫌い、たった一人で生きようとしていた。それを、涼ちゃんと真理ちゃんが一変させた。彼女たちは、私に何も求めなかった。だが私が行動すると、二人は「笑顔」という最上の贈り物を私にくれた。

 今隣に、日菜子ちゃんがいる。彼女は今、私とミスチルを歌うのに夢中だ。彼女は今夜も、私と一つの布団で眠るだろう。これも、涼ちゃんと真理ちゃんが私に贈ってくれたものだ。

 どうしてこうなったのか、この年になってもわからないなと私は思った。だが、私はほんの三ヶ月前の自分と、私自身が変わっているのがわかった。私は、人と係わろうとしている。途切れた線をつなぎ、細い線を太くしようとしている。論理的に考えれば、これは必然的な行動だ。だが、以前の私はそれを避けていた。

 明日早く起きよう、と私は思った。二人の大好きなサンドウィッチをたっぷり作り、校門まで二人を送ろう。私には明日の目的がある。ささやかだけど、絶対に外してはいけない目的だ。私は、ハンドルを強く握り直した。

 明日のために。

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