夜風のメロディ
和泉海
第1話 優しいヒカリ
―彼は一体何者なんだ?
なんだか物寂しく、秋も終わってしまいもう年を越すだけの冬の入り口。俺の視線の先には一人の男がいた。
俺は小野田遥。今年の4月に大学に入学した18歳だ。
俺の両親はいたって普通で、父はサラリーマン、母はパートをしながら家のことをしてくれる。ちなみに今はもう家を出て、彼氏と同棲している姉がいる。
普段は大学にサークルと、人並みに忙しい生活を送っている。もちろんバイトもしている。そのバイト先が、家の最寄り駅の改札内、まあまあ広い構内の端にある総菜屋、「司」である。俺はここで大学生活に慣れてきたであろう5月から働いている。
そこで出会ったのが問題の男だ。
「いらっしゃいませー。」
俺と同じく、ショーケースの中に立っている彼は店の前を通る数少ない人々に気持ちのこもらない声をかけている。
今は土曜の午前中。開店してすぐの時間だ。
駅ナカにある司は、鶏総菜を中心に扱っていて、焼き鳥も置いていることもあり、仕事帰りのサラリーマンや主婦が主な客層となっている。そのため土曜、日曜、祝日の午前中はほぼ売れないのだ。
出来上がっている分の惣菜たちは綺麗に並べたし、掃除も開店前に済ませたばかりで、暇な俺は狭いカウンター内に二人きりの彼と話すこともなく、気まずい雰囲気に耐えていた。
そこにバックヤードから店長が出てきた。
「小野田君、今ちょっといいかな。」
「はい。」
司は一応、食品メーカーが運営するチェーン店であるため、店長はそこの社員である。
「悪いんだけど、明日の朝のシフトに入ってた子が風邪で寝込んでるらしくて、来られないって連絡があったんだけど、変わってあげられないかな?」
「いいですけど。」
「良かった。悪いけどよろしく頼むね。」
「…あの、店長。俺はいいんですけど、渡辺さんには聞かなくていいんですか?その、渡辺さんの方が入ってる時間が少ないからどうなのかなって思って…。」
そうなのだ。俺とカウンター内に立っているまさにその人物の名は渡辺さん。彼は少ない時だと週に一回も来ないときもあって、出勤してきても休憩の入らない四時間シフトのことが多い。大学生に見えるし、忙しいにしても可能な限り入った方が好きなことに使えるお金が増えていいじゃないかと俺は思う。
「ああ、いいんだよ。ね、渡辺君。」
渡辺さんは、ようやくこちらに振りむき、近づいてきた。
「え、何がですか?」
「シフト代わってほしいところがあって、小野田君に入ってもらおうと思うんだ。」
「いいと思います。」
「ね、安心して小野田君。もともと渡辺君は週に1回から2回で契約してるからね。」
「…そうなんですか。」
「じゃあ、小野田君。明日も頼むね。」
「はい…。」
店長はそのままバックヤードの方に帰って行ってしまった。
俺はここでの渡辺さんのこと以外は何も知らない。今までバイト中もあまり話すことはなかった。たまにお互い、作業内容のことで話すくらいだ。
渡辺さんはそんなに忙しいのだろうか。
(まあ大学生でも3,4年になれば、進路についての用事も増えるだろうからな。)
俺は隣にいる渡辺さんの顔をしげしげと見つめてしまった。
「…?俺の顔に何かついてる?」
困ったように俺を見つめている彼はイケメンという言葉が大いに当てはまる。
今は制服の三角巾に隠れてほとんど見えないが、少しグレーがかったブラウンに染められた髪は、モデルのような華やかな顔立ちにはよく似合うだろう。
でもこの人は本当に何を考えているかわからない。モデルのような顔立ちとクールな立ち振る舞いで女性のお客さんにモテモテなのに、今は俺を見ながら自分の頬のあたりを頻りに確かめている。
「ねえ、何かついてるの?」
「…いえ。あの、渡辺さんってバイトの掛け持ちとかしてるんですか?」
「…してないけど、なんで?」
「いや、ここのシフトもあんまり入ってないから他のところで多めに入ってるのかなって思って。そうしないと、お小遣いとかも稼げないし。」
「ああ…。俺あんまり欲しいものとかもないし、そんなにお金使わないから大丈夫なんだ。」
そう言って渡辺さんは俺に優しく微笑みかける。
「…へえ…そうなんですね。」
いやいやいや。欲しいものがないって言っても、大学生たるものランチ代だってあるし、友達付き合いもあるから何かと出費が多いものだ。出勤や退勤の時に見かけた渡辺さんの服装もそれなりのものを着ていたようにみえた。自分で買っているものではないのだろうか。
本当にこの人のことはよくわからない。けれど、渡辺さんの優しい笑顔で和んでしまっている部分は否定できない。
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