第37話 根拠は、ない

 まだ少し寒さが戻ってきていたようで、窓全開にしてたら風邪を引いた。

 両隣の建て替え工事がしばらく静かだと言っていた。ありがたい。土台を作り、コンクリが落ち着くまでは煩くないらしい。なので、今日は病院へ行ってそのまま寝ようと思う。

 受付を済ませて長椅子に座る。はぁ、喉が痛い。

 市販薬でもよかったのだが、薬局に行く手前に病院があるのだ。意外に、病院で薬もらったほうが安かったりするし、で、病院へ来た。

「だからね、あたしこの人嫌いなのよ」

 思わず顔を上げた。あたしのことか? と思ったが、それは、受付に備え付けられているテレビを見ての話しだった。

 朝のワイドショーに出ている人で、コメンテーターの女性だった。

「この人ってさぁ、えらそうなこと言うけど、結局どっちつかずじゃない?」

 あたしはテレビを眺めた。どちらにもとれるようなあいまいなことを言う。そんな記事をネットで見たが、第三者がいい加減にどちらかの肩を持つのはよくない。無難な意見だとあたしは思っていた。だが、後ろにいたおばさんたちはそうではない楽し、ネットの記事のまんまのようなクレームを言っていた。

「なんか、男に媚びた衣装とか着てねぇ」

 そうだろうか? 淡いオレンジの服はなかなか似合っていて初夏にいい感じに思える。

「そうそう、高学歴で女が大学なんか出ると、ほんと鼻につくわよね。可愛くないわ」

 娘に同じように言って大学進学をあきらめさせただろうか? 今時、大学ぐらい出てないと、仕事後ない。と言って無理やり受験勉強させなかっただろうか? とか思っていたら、名前を呼ばれたので診察室に行く。

「まだ、窓全開は寒いですね」

 若先生に言われ苦笑する。

「まぁ、三日分の薬でよくなりますよ。お大事に」

 首をすくめて受付に行く。

 高らかに笑い声がして、意識を集中させる。

 ご夫婦のようだ。年は、六十台だと思われる。

「だからね、良枝さんのA型は得手勝手なのよ」

「いや、あれは生粋のAじゃない」

 生粋のA型? 血液型の話しだろうが、生粋ってのは何だ?

「そうね、確か、よっちゃんはO型だったわ」

「そうだろ? あれはまがいもんだ」

 血液型にまがい物とかあるのか?

「俺のAが生粋なんだ」

「A型ってのは、得手勝手なのよ」

「いや、良枝さんのようなやつがそうなんだって」

「そんなことないって、A型は自分の都合のいいことだけしかしないんだから」

「そりゃ、良枝さんのような人はそうだよ」

 奥さん、あんたもだよ。という目で見た。(ご夫婦は前の長椅子に座っていた)

「でもね、A型ってのは、本当に得手勝手だわ」

「そんなことはない。繊細で、神経質だ」

 どこが。って顔で見てる。奥さん。

 どうも、A型の良枝さんがとてもいい加減だという話から、あれがA型なのが信じられない。ということなのだろう。


「そういえば、ほら」

 あたしの斜向かいに座っていたご夫婦の旦那さんが言い出した。暇を持て余していたらしい旦那さんが、ぼそっと口を開いた。雑誌を読んでいた奥さんが顔を旦那さんのほうにむける。

「あの看板、」

「看板?」

「道路の、案内のやつ」

「青いやつ?」

「そう。あれおかしいな」

「おかしい? なんで?」

「田畑川(この近所に流れている川。それほど大きくはないが、確かに案内の青い看板はあった)あれの下にローマ字があるだろ?」

「そう? 気づかなかった」

「あるんだよ。なんて書いてると思う?」

「Tabatagawa?」

「だと思うだろ? Tabatagawa riverってんだよ」

「ふぅん」

「ふうんじゃなくて、たばたがわりばーだぞ」

「だから?」

「リバーってのは川だろ? だから、田畑川川って書いてんだよ」

「何よ、それ」

「ほらぁ、おかしいだろ?」

 おかしいよねぇ。でも、それって、田畑川って名前の川ですって意味なんですけどね。ローマ字は日本人にあてたものじゃないんで、直訳しちゃいけないんですよぉ。とは言わずに黙っていた。

 薬ができたので、あたしは早々にそこを出た。今日は梅雨空全開のような、どんよりとした空だった。

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