パラドスフィア物語 ~神秘の水~

みゃも

~神秘の水~

 むか~し、昔のその昔。

 この王国には、とても意地悪でイタズラ好きな妖精がおった。


 ある日のこと、そんな妖精が一人の男と出逢う。

 その男は、呆れるほどに人の善すぎる男で。妖精からすれば、間抜けで愚かで。挙げ句の果てに、人を助け、代わりに自分が事故に巻き込まれ、そのせいで手足を悪くする始末。


 それでようやく懲りるかと思えば、そうでもなく。相も変わらず呑気に、他人のことばかり気にしおってからに、自分の命を粗末にしておった。


 妖精は、そんな男を呆れ顔の半眼に見つめ、こう思った。



『そんなにも要らぬ命ならば、この私が喰ってやろう』


 ところが、そう思った矢先。今回に限って男は、珍しく欲を見せた。

 だけど、その内容がとても滑稽でおかしくて、妖精は堪らずその場で笑い転げてしまう。


 何せこの男は、あの事故に遭い、今では手足も悪く。それで生きる為に大切な仕事さえもクビにされ、明日をも知れない流浪の身。そのクセに、この王国の王女になんと恋をし、今では夢中になっておる。


 相手にされる筈もない。


 人が善すぎるかと思えば、今度は身の程もわきまえぬ愚か者だな、と妖精は大いに笑いに笑って『一つ懲らしめてやろう』と、いいことを思いついた。


 妖精は早速、その男の前に現れ、こう言ってやる。



『なんでも一つ、お前の望みを叶えてやろう。その代わりに、この私に喰わせておくれ』


 思った通り、男は妖精の話に簡単なほど乗った。


 噂には聞いていたが、恋は盲目だとはよく言ったものだ、と妖精は男の前から消え去ったあと、お気に入りのいつもの場所である高い山のてっぺんで胡座を掻いて座り。上手くしてやったと思い出す度に、クックッと腹を抱えて大笑い上機嫌。


 しかも、男の願いは呆れたモノだった。



「彼女と幸せな時を、共に過ごしたい」



 これが願いか? しかも、命をかけるほどの?

 《この国の王になりたい》ならばまだ解るが、実に下らないものだ。そのくらいの願い、この小指一本でも十分にできるぞ、と妖精は呆れながらもその願いを聞き入れ直ぐに叶えてやった。


 男が余りにも愚か過ぎるので、妖精は男の命を貰うまでに、多めに三年間の猶予を与えることに決めた。


 ところが、これが困ったことになる。


 男の人の善さは、王となったそのあとも相変わらずで。自分の幸せよりも、他人の幸せの心配ばかりをやっておる。

 男はこの私に、「彼女と幸せな時を――」と願っていた。

 それなのに、これでは幸せになるどころか、不幸ではないのか?と妖精は困り顔に腕を組み、そのことで再び山のてっぺんに登り思い悩む。



『幸せになって貰わねば、願いを果たしてやったことにならぬではないのか?』



 考え悩む内に、そう思い至り。それで仕方ないから、妖精は男が幸せになれる様にと、沢山の魔法を使って、男の手助けをしてやることに決めた。


 すると更に困ったことに、男は途端に全てが上手く行くものだから、遠慮もなく調子に乗りおってからに。またしても欲を出し、もっと多くの他人を助けようと、今度は寝る間も惜しんで無茶ばかりしようとしてくれる。


 これには、またしても妖精は困った。



『これでは、とても幸せとは言えぬ。なんと、面倒なやつなのだ!』


 再び、仕方ないから男が幸せになれる様にと、また沢山の魔法を使う羽目にあう。


『まったく割に合わぬ、これでは私ひとりが損するばかりだ。あんな男の命一つでは、とても足りぬではないか!』


 そう思う妖精の目の前では、その男を慕い、集まる人々の実に幸せそうな表情が目に映る。


 その様子をみていて、妖精はなんだか急に腹が立ってきた。



『お前たちなんか、大嫌いだ! お前たちの様な者が居るから、この者がいつまで経っても、幸せになれぬのだ!!』



 妖精はついにそう喚き散らし、その夜は、吹き荒れる激しい嵐にしてやった。


 すると男はまたしても、そうした嵐の中で不幸な目に遭う他人ひとの存在を知り、それを嘆き悲しみ、不幸せそうな表情を見せてくれる。


 妖精は、結局……仕方ないから、またそこで魔法を使い。自分で起こした嵐を、自分でおさめることにし。余計、無駄な力を使わされる羽目に合う。


 そうこうしている内に、こちらもついに疲れ果て、バテて来た。



『こんな身勝手な男に、三年もの時間を上げるのではなかった!』と妖精は後悔しながら、いつもの山のてっぺんでそんな愚痴を零す。



 そうして、ようやく三年の時が過ぎた。


 妖精は、久しぶりに男の目の前に姿を現し、驚かすつもりでこう告げてやった。



『約束は果たしたから、おくれ。いまさら、嫌だと言っても許さぬぞ』


 実を言うと、妖精にはちょっとだけ不安があった。


 本当にこの男は、これまで幸せだったのだろうか?と。

 結局、最後の最後まで終始他人のことばかりで、自分がまるで無い。たまにあったかと思えば、よくよく考えてみると、それもやはり他人の為ばかりで呆れてしまう。

 この男からは、こんな調子で、何度も騙され続けた。


 『この私を騙すとは、いい度胸だな』と妖精は何度となくそう思ったものだが。それを言うと、こんな愚かで間抜けな男にまんまと騙されてしまった自分が居たことを認めてしまうことになるので。悔しいが、仕方なく騙されていたことを黙って置くことにする。


 そうした苦々しい日々も、ようやくこれで終わるのだ。


 ホッとするが、何やら寂しい気もしてしまう。なぜ寂しいかなどと思ったのかは、よく解らぬが。


 だけど男はこの時、意外なほど幸せそうな顔を見せ、こう言いおった。


「本当は、この子達の成長を見届けたかったけど……君との大事な約束だからね。わかってる。守るよ」

『……』


 ベットの上には、まだ一歳にも満たない男の子と女の子の双子が何も知らずに眠っていた。

 これから自分の父親が、私から喰われるというのに、怒りの表情一つ見せもしない。なんという、親不孝な子供達なのだ!


 妖精はそう思うと、途端に不愉快な気分になる。


 そもそもこの子供達にしても、この男が望んだものではなかったではないか。


 この男の妻である王女が望み、それをこの男が願っていたから、つい叶えてやっただけのことなのだ。

 あとになり冷静に考え直してみたら、またしても騙されていたことに気づき。あの時は悲しくなったものだ。


 だけどこの男は今、ようやくこの私に、一つ面白いことを言ってくれたな?



『そうか、それがお前の本当の望みか? ならばそれを、叶えてやろう!』


 こう言えば、きっと喜ぶだろうと思っていた。信じていた。なのに、この男はまたしても意外なことを言ってきおった。


「嬉しいけど、それは断るよ。だってそれじゃ、君が余りにも可愛そうじゃないか」


 ……か、かわいそう? この、私がか?!


『失礼なコトを言うな! この私は、この王国で一番、力のある妖精なのだぞっ!!

私が願えば、その願いは何でも叶う。そんな私が、可愛そうなものか!』

「しかし今の君は、何だか辛そうだ。今にも泣きそうだし、疲れ果てた顔をしている」


『そ――それは!! お前がこの私に、苦労ばかりさせてきたからではないか! 私はいつだって、迷惑しておったのだ。それもこれも、お前のせいなのだ!』

「そうなのか? だったら、妖精は人の命を喰らえば元気になれるのだと聞く。こんな命でいいのなら、早く喰って、精を付けておくれ。

だけど、痛いのは嫌だから、一息で頼むよ」


『……』

 妖精には、この男がまるでバカに思え、呆れ果てた。

 何故かは解らぬが、腹も立ってきた。



『いいから、この私に任せておけ! このままでは、こっちの気が済まんのだ!!』



 妖精は、男の手をもう強引に引っ張り、時空間の扉を開け、中へと入った――。



 通常とは明らかに違う、時の流れに、男は動揺していた。

 一歳にも満たない自分の子らが、もう三歳になり、五歳になり、あっという間に十六歳にまで育っていった。


 その間に子供達は、笑い・泣き・喜び・悲しみ・怒りと、色々な表情を上手いことこの男に見せてくれる。

 男はそれらの表情を見つめ、感慨深げに幸せそうな表情をまんまと見せておる。


 今回ばかりは、私の勝ちだな、と妖精は勝ち誇った顔をして見せた。


 そうして男の娘が、結婚とかいう人間がたまにやる不思議な儀式を行う、この日。もういいだろう、と時の流れを止める。


 実を言うと、初めは自分の力だけを使っていたのだが。ついには足らなくなり、この男の魂の力も、勝手に借りていた。

 おかげで今のこの男の姿は、すっかりと年老いた老人のそれ、になっている。


 これでは妻子が見ても、まさかあの男だとは誰も気付くまい。気の毒なことではあるが、しかし心配はするな。

 どの道、老い先短い命だ。この私が、直ぐにでも喰ってやろう……。


 ところが不思議と、この男の妻は男をひとたび目にすると。急に近づいて来て、そのあと互いに確認し合い、今では驚いたことに再会を喜び合っておる。


 なんとも奇妙な話ではあるが、どうやら幸せになれたらしい。きっと、これで思い残すことは、何もあるまい。


 妖精は満足げに、そう考え思う。


 最後の最後で、この男に勝ったし。思わぬことではあるが、幸せにもしてやった。


 妻子との再会で、尚更に幸せであったろう。


 だから約束通り、遠慮無く喰わせてもらう。それで今度は、この私の方が、幸せになる番なのだ――。



 だけど……そうではなかったことに、あとになって気がつく。

 男の命を喰ったことで、失われていた力は元通り。だから今は、自分が幸せである筈なのだ。


 事実、力がみなぎっていた。


 それなのに、何故か……両方の目から、否応なく涙が溢れ出し。ポロポロとこぼれ落ちて、不思議と止まらぬ。


 倒れ息を引き取ったあの男を、目の前に見ていて。何故だか急に堪らなく寂しくなり、知らず知らずの内に男の体を揺さぶり、いつものように大きく声を掛けていた。



『ホラ見ろっ! お前はまた、そうやって他人の為に、不幸になろうとする!!

お前のせいで、この私までもが、幸せになれぬではないか!』



 だけど、それでも何も言い返してこない男の骸を、妖精は怒った顔で見つめ。悔しい表情で歯ぎしりをし、一旦受け取っていた男の塊を、自分の中から強引に取りだし。男の体の中へと、無理やりに戻そうと、グイグイと押し込んでみた。


 やがてそれは、男の体内へと入ってゆく……妖精は、それでホッとする。

 でも男は、いつまで経っても、息を吹き返してくれない。


 妖精は、それでまた悲しくなった。


 ポロポロと泣いて泣いて泣き続け、『生き返れ!』とばかりに、力を使いまくり。ついに妖精の力は衰え初め、それでもまだほんの少しばかり残されていたその力さえも、使い果たし。次第に、手指から、腕から、足から、体までもが零れ落ちる涙と共に、青白く輝く結晶となり果て間もなく弾け飛び、やがてこの大地の一部となる──。


『あのイタズラ好きだった妖精が、遂に死んでくれた。きっと、天からの罰が当たったのだろうさ』と誰しもが、そう思い囁き合った。


 ──が、それから間もなくのこと、唐突に異変が起こる。

 この大地一面が仄かに青白く光り輝き出し、不思議な霧が立ち込み、濃く深く覆い始めたのだ。


 その後しばらくして、死んだ筈の男は、急に息を吹き返し。

 妻はそれを見て、感激し涙し、子と共に抱き合い喜び合う。しかも、その姿は不思議と……妻と共に『』のだという。


 それはまるで、失われた時を、巻き戻したかのように。



 それ以後……この大地には、不思議な水 《精霊水》が湧き出す様になり。この大地に住む人々の生活を、より豊かなものにしていった。


 そうして、いつしかあのイタズラ好きだった妖精になり代わり。実に優しげな女神様が、この大地の人々を暖かく見守って下さるようになる。

 だけど、その女神様は……不思議と、あの意地悪でイタズラ好きだった妖精に、どことなく面影が似ていたのだと、噂に聞く――。



   『パラド=スフィア物語』

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