フィロソフィ・ゴースト ~Philosophy Ghost~
瀬海(せうみ)
Philosophy Ghost
えびふりゃー・ごーすと
1 限りなく透明に近い人
「今日は幽霊について考えたいと思うの」
いつものように。
果てなく広がる空に最も近いその場所で――要するに学校の屋上で――昼食を囲んでいたぼくたちは、鳴花の宣言に箸を止めた。
ぼくは抗議の声を上げる。
「……昼くらいは静かに食べさせてよ」
「ほうでふよ、部長。お昼は大事でふよ」
続いて、後輩の佐奈ちゃんが口元をソースで汚しながら同意してくれる。今日のお弁当は特大のエビフライみたいだ。えびふりゃー。
それを「ごくん」と尻尾まで飲み込んで、佐奈ちゃんは不満そうに続ける。
「幽霊なんて、そんな」
「何よ佐奈。文句でもあるの?」
「だって怖いじゃないですか。食欲なくなっちゃいます」
そうなのだ。佐奈ちゃんは「食べる」ということに対して、並々ならぬこだわりを持っているのだ。
屋上でご飯を食べる、というぼくらの不文律も彼女のこだわりによるところが大きい。食事の献立だけではなく食事の状況にもこだわる――佐奈ちゃんが佐奈ちゃんたる所以である。
「そう、一般的に幽霊は怖いわね。でもあたしたちは、どうしてそう考えてしまうのかしら。……ねぇ」
しかし、鳴花はぶれなかった。長い髪を揺らめかせ、大きな瞳を見開いて、猫みたいに四つん這いで身を乗り出してくる。近っ、ちょっ、近い。
「存在そのものが怖い? それとも幽霊の持つ性質が怖い? ……理解できないから怖いって言うのなら、理解できたら怖くなくなるの? そもそも幽霊って、いったいどういうものなの?」
「こ、怖いから怖いんですよ!」
「それだと佐奈、あなたが考えている『幽霊』には、あらかじめ『怖い』って性質が含まれていることになるわよね。あるいは幽霊が怖いのではなくて、怖いものだから幽霊だと思う。つまりあなたの頭の中だけに――」
「え、いや、その」
へどもどする佐奈ちゃんを尻目に、ぼくは頭を抱える。
一度こうなってしまったら、鳴花は譲るということを知らない。その証拠と言っちゃ何だけど、そろそろ話に着いていけなくなっている佐奈ちゃんを相手にして、我らが部長はオーバーキル気味の論理を押っ広げ始めていた。
食事へのこだわりが佐奈ちゃんの所以だとすれば。
哲学へのこだわりこそ、鳴花が鳴花たる所以なのである。
「じゃあ、ここで話を最初に戻しましょう」
「……ハイ ワタシ モドシマス」
頭から煙を上げている佐奈ちゃんから身を退くと、鳴花はゆっくりその場に立ち上がった。何だか佐奈ちゃんが可哀想だったので、ぼくはその口へエビフライを運んでやる……おぉ、こんな状態でも食べる食べる。
「一般的に幽霊は怖いもの。どうしてあたしたちはそう思ってしまうのか――」
鳴花は明後日の方向へ視線を向けて、そうのたまう。本当にぶれないなぁ。
そして髪を掻き上げ、鳴花は何でもなさそうな様子でその手を空に伸ばすと、
「あそこの幽霊を実例に、ちょっと考えてみましょう?」
――フェンスの傍に漂う、なんか透けてる人を指さした。
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